![]() ![]() yume-utsutsu..* ◎name change nrt | btl | main 忘却と虚無の中で 49/49 忘却と虚無の中で RRR...... 電話のコール音が切れる。 ああ、また…君の声がボクを縛る。 《 私たちは今、電話に出ることができません 》 "私たち"は、君とボク。 君を失った今、ボクだけになった今。 "私たち"は姿を消して、"ボクだけ"になった。 《 用のある人は、電子音の後にメッセージを残してやァ 》 気怠そうなボクの声。 その隣で君が笑っとる。 ピー…… 無機質な部屋に響く、単調な電子音。 留守電の声、早よ変えなあかん・て、分かっとる。 せやけど、君の声を聞く方法が他にはないから……。 《 ギン?居るんでしょう? 》 聴き慣れた声が、電話越しに聞こえる。 ボクを心配する、乱菊の声。 《 塞ぎこんでばかりじゃ、体に障るわよ 》 ボクに構わんといて。 《 たまには外に出なさいよ。吉良も心配してる 》 良えから、もう、放っといてや。 《 …また、電話するわ 》 乱菊のその声を最後に、電話が切れた。 音が無くなると、急にこの部屋が死んだように思える。 君という存在が、この部屋に息を吹き込み、ボクに世界を与えてくれた。 君を失えば、それは世界を失ったも同然で。 世界を失えば、ボクはどうやって呼吸をするのかも忘れ。 居なくなった君を探して彷徨う亡霊と化した。 君が姿を消すと、温もりを失ったかのように寂しくなる部屋。 日焼けした壁紙は、君との思い出。 撮り貯めしておいたドラマのDVDも、趣味の悪いカーテンも。 少し汚れたソファーも、君が好きだった紅茶の薫り、愛用のシャンプーの匂い。 そして、君の愛用していたCDコンポから流れる、君の好きな歌。 聴き飽きたんや、君の好きな歌。 なんだか甘ったるい愛を、軽い口調で寒々しく歌う。 『私、この歌大好きなんだよね』 君の趣味はたまに分からへん。 そう言って笑えば、少し頬を膨らませる君。 その頬をつつけば、少し照れたように笑って。 幸せには色も形も匂いもないけれど、それは確かにそこにあって、存在していて。 今は何もなくなった空虚な世界で、ボクは破けたビニール袋のように、風に吹かれてその空間を漂い、彷徨う。 破けた所から、君も、幸せも、香りも、全て抜け落ちてしもた。 汚れて、轢かれて、また破けて、それでも宙を舞う。 君が居なくなると、ボクは此処まで弱い存在になってまう。 RRR....RRR... また、電話がなる。 君の声、まだ聴いていたいけれど。 前に進むためには、君の声を聴いてはいけない気がして。 ボクは立ちあがって、受話器を取った。 「―…もしもし」 《 あ、もしもし。吉良ですけど… 》 声だけでも分かる、ボクを心配しとる声。 《 松本さんと呑むに行くんですけど…市丸さんも一緒に―… 》 断られる、と思っとるのか、語尾が弱々しく消えていく。 もう、この彩りを失った世界で独りぼっちになるのは嫌やった。 結局ボクが弱いだけや。 臆病で、酷く弱い生き物。 君 な し で は 生 き て い け へ ん 。 「…何処で呑むん?」 受話器越しに、息を呑むような声が聞こえた。 ぱぁ、と明るくなるイヅルの表情が見えるようやった。 《 あ、えと、場所はですね…… 》 ボクはイヅルの話しを聴き終えると、電話を切った。 行かなあかん。 この部屋を出なあかん。 流れる音楽。 コンポの電源を切って。 電話の留守電も変えて。 この世界から、君の面影を消す時がきた。 忘却と虚無の中で -------------------- 何もかもを忘れ、虚無の中で生きよう。 (市丸さん、こういう系統の話しが多いなぁ) 12.08.26.12:54 [TOP] [ top ] |