木漏れ日と赤面





『結局、お昼になっちゃったね』


電車は一時間毎に申し訳程度に進むだけで、結局次の駅に着くまでに3時間も要した。
8時5分発の電車に乗ったのに、乗車駅のとなりの駅に着いたのは11時15分。

脚は棒みたいだし、背骨や腰が重くて怠い。
ここから学校まではバスを上手く乗り継いで行っても1時間はかかる。
けどその手段も、バスターミナルにできた長蛇の列を見た瞬間に消去法で削除したけれど。


「こんなことならロードで来た方が楽だったな」


はぁ、と深い溜息をつく荒北。
確かに、唯々立って待つ。というのは結構しんどい。
いくら隣に好きな人がいたとしても、3時間立ちっぱなしは単純に身体的負担が大きすぎる。


『いやー、でも一人じゃないだけマシだよ。荒北がいてくれて良かった』


素直にそう言って笑うと、荒北もそうだな、と同調してくれた。
それって、私がいて良かったって方?それとも一人じゃなくて良かったって方?
なんて。とんでもない質問が喉に引っかかったから慌てて飲み込んだ。


「どーする、今から学校行くゥ?」


荒北が面倒くさそうに呟く。
行くとしても、バスを待つ時間を考えると学校に着くのは夕方。
最後の授業が受けられるか受けられないかのレベル。


『んー、荒北はどうするの?』
「オレェ?…今日部活ねェしなァ…」


あ、これ休むパターンだ。
そう確信した私は荒北にちょっと待って、と手で示してから携帯を取り出してお母さんに電話した。


[ もしもしー、電車止まってるんでしょー? ]


ニュースでも見たのか、電話が繋がった第一声が私の現状を表すもの。
流石だ、ママン。


『うん、今とりあえず電車降りれたんだけど一駅しか進まなくてさー。バスも激混みで二時間以上待つっぽいの』
[ そうだろうねー。仕方ないから学校電話しとくし、休めば?帰ってくるのも大変そうだけど ]
『じゃあ、連絡よろしくー。電車動き出したら適当に帰るよ』


はいはーい、と間延びしたお母さんの声を最後に、電話を切った。
振り向くと荒北もちょうど電話を終えたようで、携帯を耳から離したところだった。


『私、休む』
「聞こえたァ。だからオレも休む」


荒北の返答に、心が躍る。


『本当?いいの?』
「交通手段全滅だし、学校行けないだろ」


それもそうか。私が休むから荒北も付き合ってくれるのかと。
そんな甘い妄想したけど、目的地は一緒なんだから結果も一緒になるのは当たり前よね。

荒北の言い方が狡いから、期待しちゃった。


『帰るのも大変だよ』
「どっかで時間潰すしかないんじゃナァイ?」


荒北はそう言うとさっさと歩き始めた。
ついて行って良いのか分からず、荒北の後ろ姿を追いかける一歩が踏み出せずにいると。
不意に荒北が振り返った。


「…置いてくぞォ、バァカチャン」


口角をあげた笑い方はお世辞にも格好いいとは言えないけど。
何とも言えないその表情に、胸の奥がぎゅっと握られたように苦しくなった。


『ま、待って…!』


私は駆け出して、荒北の隣に並んだ。
荒北の隣は何度か歩いたことあるのに、学校の外で歩くのは初めてだから、目に入るもの全てが新鮮に見える。

最寄駅の隣の駅なのに、降りたことのない駅。
馴染みのない土地にいるのも、新鮮に見える理由かもしれない。

…それにしても。
隣を歩く荒北の歩には迷いがない。
まるで知っている土地を歩いているような歩き方に少し違和感を覚えた。


『…どこ、行くの?』
「バァカチャンが好きそうなとこォ」


ハッ、と小馬鹿にしたような鼻にかけた笑いだけが返って来て、私の欲しい返答はなかった。


『荒北、ここ来たことあるの?』
「んー、何か新開がここにあるパフェが食いてェっつーから一緒に来た」
『ほんと、新開くんと仲良いよね』


荒北の口から出るのは基本的に福富くんか新開くん。
時々東堂くんや他の部員、後輩たちの名前。

その中に女の名前が入っていたことはない。
毎回荒北の歩く人がすぐ想像できるから、片思いの天敵、嫉妬やヤキモチという類の感情には出会っていない。


「おまえは隣の駅だろ?オレより詳しいンじゃね?」
『いや、実は降りたことなくて…電車の窓から見える風景しか知らない』


駅の東口には居酒屋のチェーン店が建ち並び、西口にはコンビニと有名ハンバーガーショップがある。
必然的に東口には昼は人数が少なく夕方からはサラリーマンが多くて、西口には学生の姿をよく見かける。

この駅の私の基礎知識はそのくらいしかない。


「ふゥん。じゃー、オレとくるのが初めてェ?」
『まあ、そうなるね』


クラスメイトのびす汰は自転車通学だし、他の仲の良い友達は反対方向。
この駅は1つの路線しか走ってないから、そんなに大きく栄えた駅でもないからわざわざこっちまで来て遊ぶこともない。


『で、どこに行くの?』
「もー着いた」


くい、と荒北が顎で示すのは。
THE☆私好み!な雰囲気の良いカフェ。扉の上から伸びる看板には味のあるフォントで[ Lecture Temps ]と書かれていた。読めないけれど、多分フランス語。
道に面した壁は一面ガラス張りで、本棚が反対側の壁一面に渡って置かれている。本棚に陳列されているのは殆どが古書や小説。柔らかい自然光が差し込み、木で統一された店内のデザインはとても暖かみがある。


『こんなお店が隣の駅にあるなんて』
「分かんねェもんだろ?来てみねーと」


サプライズが成功したような、悪戯が成功したような。
嬉しさと達成感を併せたような表情で笑う荒北。

なにその顔、ちょっと可愛いじゃナァイ。


『…私は確かに好きだけどさ。荒北は苦手な雰囲気じゃない?』


水を差すようで悪いけど。その可愛い顔を崩しちゃうのも悪いけど。
それでも聞かずにはいられなかった疑問をぶつける。

すると。一瞬で荒北の真っ白な肌は紅に染まり、くしゃっと笑っていた目尻はつり上がった。


「ッセェ!オレだってこォいう静かなところくらい来るっつーのォ!」


照れ隠しなのか、起こったような表情では隠しきれない頬の赤みに思わず微笑む。


『はいはい、ありがとう』


隣でごちゃごちゃと怒る荒北を横目に、私はカフェの扉を開けた。
開けた瞬間にふわりと香るのは、珈琲の香りと古書独特の紙の匂い。

冷房も効いている筈なのに、太陽光が降り注ぐそこは底冷えせず心地よい温度だった。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
『はい』


優しそうな女性店員が私と、私の後ろから入ってきた荒北を目で数えて笑顔を向ける。


「テスト期間なんですか?」


私たちが制服なのを不審に思ったのか、席まで案内される途中店員が質問を投げかけてきた。


『あァ、いえ。電車が止まってしまっていて、バスも長蛇の列で乗れなくて』


と、伝えると、そのニュースがまだ店員の耳に入ってきていなかったのか相当驚いた表情で振り返った。


「えェ!?そうなんですか?」
『はい。学校にも行けなくて家にも帰れないので…』
「そうだったんですね、ごゆっくり」


眉尻をハの字に下げて、店員は席を指定すると去っていった。


『…どうしたの荒北。無口じゃん』


雰囲気に合わせているのか、ぐっと不自然に口を曲げてだんまりを決め込む荒北に思わず吹き出した。
平日の昼間、食事系のメニューが豊富ではない店内には二人の客が珈琲を啜りながら読書をしているだけ。
私の笑い声はそこそこ響いたけれど、それを気にする人は誰もいない。


「ッセ!」


うっせぇ、のセ!しか聞えない、もしくは発音していない荒北は不機嫌そうに口を歪めて、頬を赤くしていた。
そのアンバランスな表情が何とも言えず。荒北に気づかれるまでの数秒だけ見つめていた。

すぐにバレて、見ンな!と怒られたけれど。
席に座り、机に片肘をついて手のひらで鼻先から顎まで覆ってそっぽを向く荒北。
白く細い指の隙間から、僅かに見える赤い頬。


ねェ、その顔。
他の女の子に見せたことあるの?


欲張りな自分が、顔を出す。
片思いの天敵は、嫉妬やヤキモチだけじゃなかった。


…自分自身の欲も、かなり天敵。





本当の敵は、実は自分の中にいた。



木漏れ日と赤面

16 11/18






 

[back]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -