嫌な奴+嫌な奴=好きな人







『い、行ってきまあぁぁああすぅう…!!』
「あい、気をつけてー」


なんてこった、こんちくしょう。
普段は大人しいくせっ毛が、こういう日に限って下克上を起こす。
寝癖直しスプレーでも治らなくて、考えあぐねいた結果逆に巻いてみる、という結論に達した。
慌てて巻くも、慌てているせいで手元が狂う。

そんな奮闘をすること一時間。
少し早めに起きたとは言え、これは最早タイムロス。

それでも今日は荒北にお弁当を渡すというイベントがあるから、手は抜けない。
だからという訳ではないけれど、いつもはしない、淡い淡い、つけてるかつけてないか分からないくらい淡い色のリップを塗った。

アイメイクとかはあからさますぎるから、バレない程度の薄い恋を唇に塗った。


小さくよし、と頷いてリップをポケットに。
大事なお弁当箱を鞄に入れてローファーもきちんと履けないまま、寝起きの母を背に玄関を飛び出した。


駅までの道中、昨晩ベッドの中でしたシュミレーションを頭の中で展開する。

昼休みまで待っていたら、荒北はきっと売店に行ってしまう。
だから午前中に荒北をとっ捕まえる必要がある。



A案は、朝練後に部室から出てきた荒北を捕まえる。

B案は、べプシ補充のため、中庭の自販機にきたところを捕まえる。


A案は新開くんや福富くんの目線もある上に、最悪東堂くんが声高らかにからかってきそうで怖い。

B案は、荒北のベプシ補充のタイミングが分からない。一人で自販機にくる保証もない。



どちらも、人様の目に晒される可能性がある。
こういうとき、アドレスなり電話番号なり知っていれば連絡手段として使えるのに。

恋愛セカンド初心者の私は、連絡先を聞くタイミングが分からなかった。
恋愛教科書に書いておいてくれるか、ゲームのコマンドみたいに [ アドレスを聞く? ] って出てくれてれば良いのに。

改札を抜け、目的のホームへと続く階段を上がっていると、乗車予定の電車の発車ベルが聞こえてきた。


( え、嘘でしょ! )


これを逃したら完全に遅刻、と頭を過ぎった言葉に全身の毛穴が開いたような焦りが襲う。
私の両隣にいたリーマンおじさんたちも慌てて駆け出す。
私も負けじ、と若さを全面に押し出して階段を二段飛ばしで登っていく。

最後の一段に足をかけ、そのまま踏み抜いて反動をつけ、閉まる寸前の扉に滑り込んだ。


『はぁ…、はぁ…ッ…セーフ』


荒く呼吸をくり返し、肩で息をする。
膝に手をついて吐き出す呼吸と共に声を漏らして、上半身をゆっくりと起こした。


『―…お、』
「ヨォ」


扉と席の間の神スペースに、イヤホンをつけて気怠そうに立っているのはうちの制服を着た男子。

…しかも良く知っている奴。



『ぁ、…荒北…!』


混み合う車内で大きな声を出す訳にもいかず。
表情ばかり大げさになり、目を見開いて荒北を見つめた。


「なァに、面白い顔ォ」


くく、と笑う姿に胸がきゅんとして痛い。
久しぶりの荒北スマイル、殺傷能力高すぎィ!


『あ、荒北、なんで電車に乗ってるの』
「あー、今日オフだからァ、たまにはちゃんと体休めようと思ってェ?」


自分でもその理由で正しいのか分からないらしく、語尾に変な疑問符がついていた。


『そっか、今日オフなんだ』
「福チャンが、休むことも練習の内だっつーから俺も休むしかないじゃナァイ?」


こうして話を聞いていると、荒北の福富くんに対する信頼感が伺える。
絶対的に、全面的に、荒北は福富くんを信頼している。

福富くんとの出会い方は穏やかなものではなかったらしいけど…。
それでも、今こうして荒北が好きなものに一途になっているのは福富くんのおかげだから。
私が言うのも変だけど、福富くんに感謝している。


「それよりも、なんでそんなに鞄重そうなのォ?」
『え、あ…えっと…』


荒北の視線は、完全に私の鞄をロックオンしている。
どうしよう、この中に貴方のお弁当と私のお弁当と二つ入っているからよ、ウフ。
なんて言えっこない。まさかの強制C案に移行されそうになり、完全パニック状態の私。

どうしよう、白状するべきか否か。考えていると急に電車が大きく揺れた。


『きゃ、』


油断していたから、踏ん張りが効かずにぐらりと体揺れる。


「ッぶねェ」


そんな私の腕を荒北が掴んでくれたおかげで、どうにかこの混雑した電車で尻餅をつくという失態は避けられた。


『ご、ごめん』
「別にィ、ちょっと混んでるし、こっち来れば?」
『え、あ…ありがとう』


荒北はそう言うと、壁によりかかっていた上体を起こして私を内側へと入れてくれた。
つまり、荒北との立ち位置が反転。私が壁際、それを庇うように荒北が正面に立っている。


( うわ、何これやばい… )


予想以上に荒北が近く感じる。


『なんか、意外。荒北ってこういう繊細な気遣いもできるんだ』
「あァ? 噛むぞ、コラ」
『ごめん、声に出てた?』


心の中で唱えたつもりが、うっかり声に出ていたらしい。
荒北に睨まれつつも、笑って誤魔化した。

すると再び、電車が急ブレーキをかけた所為で車体が大きく揺れた。
一瞬でざわつく車内。混んでいるから各々が踏ん張りきれずにドミノ倒しのように人が押し寄せてきた。

絶対潰される、と覚悟して、私は鞄を胸の前で抱えてぎゅっとキツく目を瞑った。
しかし、数秒経っても衝撃は襲ってこない。
そろり、薄く目を開けると。


「ッテェ…」


荒北が両腕を突っ張って庇ってくれている姿。
壁ドン( 両腕バ-ジョン )に、心臓が締め付けられる。

やばいやばい、嬉しい。恥ずかしい。



『あ、荒北大丈夫?』
「それは俺の台詞ゥ」


ハッ、と笑う荒北に、キュンキュンが止まらない。
なんだこれ、やべぇ。ズルいよ荒北。


[ ―…ガガッ…誠に申し訳ありません。車内点検のため、一時停車いたします ]


急ブレーキで止まった車内に車掌独特の声色でアナウンスが流れた。
車内では、嘘でしょ、なんだよ、など様々な声が飛び交う。


「チッ…遅刻か」


荒北が面倒くさそうに舌打ちをする。
遅刻を避けたくて階段を駆け上ったのに、荒北が傍にいるせいか、遅刻でも構わないなんて思ってしまう。


『…仕方ないよねぇ』
「新開にメールして、担任に遅刻伝えてもらうわ」


そういうと荒北はポケットから携帯を取り出して、メールを打ち出した。
ここで初めて、[ アドレスを聞く? ]のコマンドが出た気がした。


『荒北もメールとかするんだ』
「そりゃオレだって、メールくらいするっつーの」
『私、荒北のアドレス知らなかったから、携帯すら持ってないのかと思ったわ』


うむ、我ながら自然か?
恋愛下手にしては中々上手く流れを作ったと思う。


「…」
『な、何』


荒北が私の顔を覗き込むと、ニヤリと笑った。


「ふゥん、オレのアドレス…知りたい?」


その意地の悪い顔たるや。悪代官もびっくりだわ。


『べ、別に!』


あァ、しまった。
この口め。どうして素直に知りたい、って言えないんだ。

でも今のは荒北も悪い。そんな聞き方をして、知りたいって素直に言える女子ってかなり少ないと思う。


「オレは知りたいけどォ、バァカチャンのアドレス」


くく、と楽しそうに笑うから。
耳の先まで熱くなる。


『…なにそれ。狡い』
「いいから、携帯出せ。おまえも友達に連絡しておいた方が良いんじゃナァイ?」


そう言われ、それもそうだと鞄を開けて携帯を探る。
あれ、この辺に入れておいたはず…。ごそごそ探すが、何分お弁当が二つも入っているから中々見つからない。


「…何で弁当箱が二つもあんのォ?」
『ぅ、え?』


私の手元を見つめていた荒北が怪訝そうに眉を顰めた。
あァ、見つかった。強制C案だ。


『こ、これは…』
「…好きな男でもできたァ?」


ちょっと低い声。
いつもの荒北の声じゃない。

違和感を覚えて顔を上げると、荒北は面白くないとでも言いたげな表情を浮かべていた。


「その弁当箱大きいし?確実に自分用じゃないだろ」


荒北が適切な推理をするもんだから。
野生の勘…というか、鼻?は侮れない。
私は観念して強制C案に移行した。


C案、お弁当の存在を伝える前に荒北にバレる。


私はそっと鞄からお弁当を取り出して、荒北に差し出した。


『…だってこれ、荒北のだもん』


唇を突き出して、思い切り不服そうな表情をしてみせる。
こんな筈じゃなかったのに。知り合いがいないとはいえ、混雑した車内で公共の目に晒されてお弁当を渡さなくちゃいけないなんて。

生き恥晒してる気分じゃ、コラ。

荒北はまさに、ポカン。とした表情でお弁当箱を見つめている。
そんな間抜けな顔してないで、さっさと受け取れ。


『…何よ、その顔』


間抜け面のまま固まる荒北に、不安と不満を混ぜた声色を向ける。
もしかして、嫌だった?

差し出した手前、引っ込めるには決定的な理由に欠けているお弁当箱は宙ぶらりん状態。
どうすれば良い?どうすれば正解?
もう諦めて引っ込めようかと思ったそのとき。


「サンキュ…」


荒北はそう言って漸く私の手からお弁当箱を連れて行った。
お弁当箱が完全に荒北に移り、私の手から重みが消えてから荒北を見上げた。


『…っ』


見上げた荒北は、驚く程顔を赤くしていた。
それはそれは、午前の紅茶のパッケージもビックリなほど真っ赤に。


「何でオレに?」
『や、ほら…インターハイの練習大変だろうし…。ロードってカロリー消費半端ないんでしょ?だから、少しでもカロリー摂取した方が良いと思って』


カロリー爆弾弁当。と笑って付け足すと荒北の表情も漸く緩んだ。


「何、ロードのこと調べたのォ?」


意地悪く笑う荒北は何時も通りの笑顔で。
少しだけホッとした。迷惑じゃなかったみたい。


『ちょっとだけね。今まで遠い遠い世界の競技だと思ってたけど、実際ロードやってる人が近くにいると調べたくなっちゃって』
「…ナァ、知ってたァ?おまえ、図星刺されたり、誤魔化そうとすると饒舌になるの」
『え゛』


何そのクセ。ていうか、人のこと分析してんなよ。


「まァ、あンがとねェ」


素直に感謝するなら、最初から最後まで素直で通せよ。
なんで途中で意地悪を挟むんだ、嫌な奴。

嫌な奴、嫌な奴。

嫌な奴って反転して好きな奴。

この絶対無敗の方程式を作ったやつの圧勝。


「で、オレのアドレス要る?」


改めて顔を覗き込まれ、私は羞恥心をどうにか押しのけて頷いた。
荒北が大事そうにお弁当を仕舞って、携帯を私に差し出す。

少し震える指先で、その携帯を受け取って。
私の携帯のあ行に一つ名前が増えたのは、遅刻が決定した通学途中の電車の中。



嫌な奴+嫌な奴=好きな人

16 11/11






 

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