恋と願いと矛盾と、





恋を恋と呼ぶことを、自覚してから貴方のいない時間を数日過ごした。
あの日、恋色した夏空の下を駆け抜けて、私は荒北のために人生初の "お弁当作り" に奮闘している。


『ぬ、ぅ…』
「熊と戦ってるような顔してる」


卵焼きをひっくり返す工程に死ぬほど苦戦してる私に、憐れみの眼差しを送ってくるのは我が母。

母は料理が得意どころか、料理教室で生計を立てているくらい大得意。
父は料理はてんでダメ。私は母のDNAを受け継がなかったらしい。


『それって…よ!…どんな顔?……っく、』
「……料理中の女子の顔じゃないわな」


どんまい、とトドメの一言を突き刺して、母はキッチンから出て行った。
料理に関心のなかった私がキッチンに立つ、というのが嬉しかったらしく、あれこれ教えてくれていた母は早々に私の才能の無さに気付いた途端にお手上げ状態。

料理教室で教えているくらいなんだから、母の教え方は悪くないはず。その先生に呆れられるくらい、私の腕前が残念すぎるってこと。


「あー、肉。唐揚げとか」


荒北の言葉が脳裏を過る。
お弁当といえば唐揚げだし、荒北が唐揚げ好きなら入れない理由はない。


『お母さん、最後!最後だから唐揚げ教えてぇー!』


どうにか悪戦苦闘しながら取り繕っただけの卵焼きをお弁当箱に詰めたところで、嫌がるお母さんを無理矢理キッチンに連れ戻した。


「いーやー、あんたに教えてると、生徒さんから月謝貰うの嫌になるもん!自信喪失!営業妨害!」
『お願いお願い!私の青春がかかってるのー!唐揚げだけは成功させたいのー!』


お願い、を何度も連発して漸く諦めたように冷蔵庫から材料を取り出してくれた。
1つ1つ丁寧に、私の進み具合を見ながら進行してくれる。
そこそこ人気教室( らしい )お母さんを独り占めしてマンツーマンなんて、かなり贅沢。娘特権乱用。

なんやかんやでお弁当が出来上がったのは開始してから3時間経った頃。


「粗熱が取れたら冷蔵庫入れておくから、あんたは風呂入ってきなー。あと、今の時期だと痛むの早いし、明日は保冷剤入れておきなね」


お母さんはそう言うと、明日の教室の準備を始めた。
私はお母さんの言葉に甘えて、脱衣所へと向かう。

いつもの手順で体を洗って湯船に体を沈める。
明日、あのお弁当を荒北に渡したら一体どんな顔するんだろう、なんて言うんだろう。
想像しただけで息が苦しい。


( もう一回体洗おうかな )


私は勢いよく水を引き上げながら湯船から出て、再び指の間まで綺麗に洗った。荒北と話して、隣を歩いて。その時に少しでも良い匂いがしたなら、荒北もちょっとくらい意識してくれる?

お風呂上がりは念入りにパックして、お気に入りのボディークリーム塗りたくって。
好きな人にお弁当を渡す。
たかがそれだけ、されどそれだけ。
人生最大のイベントのように、私は自分の乙女パワーを使い切った。

ベッドに入ってからは、明日お弁当を渡すシチュエーションやら荒北の反応やら。甘ったるい妄想が次々と襲い掛かってきて、とてもじゃないけれど眠れなかった。
心臓がうるさい。小学生の時の、初めての遠足の前夜。
同じような胸の高鳴りを経験した。

初めてで、不安で楽しみで、心の中でミキサーを回しているみたいに、次から次へといろんな感情が混ざっていく。

そんなわくわくが高校生になった今、また私の胸の内を支配していた。

早く、明日になれば良い。
でも、まだ夜は明けないで。

矛盾した願いが交互に訪れる。
きっと恋って矛盾の連続。

やめて、やめないで。
こっち見て、見ないで。
触って、触らないで。


気付いて、


気付かないで…。


気がつけば私は待ちくたびれた夢に強制連行され、夢の世界へ。
夢に堕ちた今、ミキサーの電源は切れて静けさの戻った胸の中、映し出されるのは好きな人の顔。

どうか、夢に出てきて。


これは、恋する乙女の小さな願い。



恋と願いと矛盾と、

16 11/3


 

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