青くて青くて、甘ったるい
「もォすぐインターハイだから」
そう言った荒北は、図書室に来ることはなくなった。
恋心を自覚したばかりの私に、荒北がいない時間は唯々苦痛でしかない。
誰もいない放課後の図書室で、やる事もない私は、荒北の指定席に座ってみる。
そこから見えた青空。立体的に低く浮かぶ雲が、空の夏色をより色濃くしていた。
日が経つにつれて、暑さは増して行く。
彼は今日も愛車に跨ってこの青い空の下を走る。
( ベプシでも買って行ってあげようかなあ )
空から視線を下ろすと、視界の端に自動販売機が写った。
荒北を思い返すと、常にそばにベプシがあった気がする。
図書室で勉強中は机の上、友達との談笑時には右手に、部活に行く時にはカバンから頭だけ覗かせて、私と話す時も、やっぱり右手にベプシ。
ベプシばっかり。スポーツマンのくせに、健康管理には興味ないのかな。なのにあんなに細くて。それでいて筋肉質で。
男の子って狡い。私が毎日ベプシばかり飲んでいたら、3日で3kgは太る、絶対に。
荒北はそのくらい飲んでも太らないくらい、運動量が多いんだろうなぁ……あ。
私はふと思い立って、図書室のパソコンブースに移動する。
自分の学生番号とパスワードを入力してログインすると、すぐにウェブサイトの大先生に質問してみた。
クリック1つで膨大な量の情報が出て来る。
その中から1番自分の質問の答えに近いものを選択して、食い入るように画面を見つめた。
ウェブの先生に質問した内容は、ロードバイクの消費カロリー。その数字は素人が見てもピンとは来ないけれど、成人男性の1日の消費カロリーを大幅に上回っていた。
『こんなに消費してるんだ…』
開いた口が塞がらない、とはこのこと。
ぽかん、と口を開けていると、口の中の水分がなくなってどんどん乾いていく。
これは1日何本ベプシ飲んでも足りないわー。
そりゃあ、あんだけ細いわけだわ〜。
はぁ、と吐き出した溜息は、一人きりの図書室では誰も拾ってくれない。
「なァに溜息ついてんの?」
と、溜息に気づいてくれる言葉も、
「そんなに溜息ついてると、今より老けるんじゃナァイ?」
と、バカにする言葉も、
「どォした?」
と、柄にもなく心配する言葉も。
何も聞こえない図書室はあり得ないほど静かで。
遠くに聞こえる、これでもかと遊び倒す男子たちの笑い声。
似たような容姿が群れる、女子たちの笑い声。
その全てが、テレビの向こうの遠い国の出来事みたいに感じる。
多分、この喧騒の中、静かに時が過ぎる私だけが場違い。
『よし』
私はぼーっと見つめていた画面を閉じて、新しい検索ワードを打ち込む。
最近まで、心の端っこで埃を被っていた恋心。
漸く探し出した小さな恋心にしては、かなり大胆な思いつきだと思う。
それでも、折角奮い立ってくれた恋心を踏みつけるような真似はできないから。
どうせ今日は誰も来ないだろう、と。私は戸締りとパソコンのシャットダウンを確認して、図書室を閉めた。
青空の下、汗も気にせず炎天下を駆け抜ける。
見上げれば、透けるような青。
いつの日か見た夏色の自転車を思い出す。
私は、あんなに早く走れない。
風になるどころか、追いかけることもできずに、風に置いていかれる。
それでも、全速力で青空の下を駆ける。
首筋を汗が伝うし、息が苦しい。
でも、どこか楽しくて。
夏の青空が気持ちよくて。
生まれたての恋心はきっと、今日みたいな夏の空の色をしてる。
爽やかで、透き通っていて。
それでいて色濃く存在している。
この胸の昂りが、内側から叫ぶ。
恋してる、恋してる。
細胞が叫ぶ。
貴方が、すき。
青くて青くて、甘ったるい
16 09/21
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