第章:過去


 










は朱くて
は汚くて
は...

ボクのの色






ボクは何時だって、誰かに蔑まれて生きてきた。




「おい、訊いてるのかよ!」


まだ声変わりのしてへん高い声が、ボクの鼓膜を揺らす。
言葉と同時に背中に衝撃が走った。
どうやら、壁に背中を打ち付けられたらしい。


「お前、目ェ紅いんだってな。
開けてみろよ」


典型的な苛めっ子。
ガキ大将、とも言うのか。
兎に角、ボクはそいつに胸倉を掴まれていて、背中を打ち付けられた所為で、呼吸も苦しい。


「訊いてんのかよ、蛇男!!」


何時の間にか、そう呼ばれる様になっていた。
肌は冷い
情は無い
舌先で獲物を捜して
這い回って

気に入った奴を
まる呑みにする…

そない生きものや。
まさしくボク。

そう、ボクは蛇。
ボクの何を考えとるか分からへん、気味の悪い笑顔は確かに蛇や。
ボクの存在。
それ自体が蛇。

「…目…開けたからって何やっていうの」
「あ?」
「良えの?開けても。ボクの眼は呪われとるさかい…
―…見たら死ぬで?」
「??!」


口元を歪めて笑うと、途端に顔を青くするガキ大将。


「ほな…開けるで…?」
「う…
うわぁあぁぁあ!!!」


バッと、ボクの胸倉を離して、ガキ大将は取り巻き達と消え去った。
ボクは溜息を吐いて、叩き付けられた反動で落としてしもた干し柿を拾い上げた。

ボクは霊力が有る所為か、持ってへん奴等から疎まれてきた。
お陰でボクは居場所を失い、大切な人や思い出を作る事すらも許されへんかった。

何時だって、ボクは一人で。
何時だって、一人きりで。

誰にも蔑まれへん場所が欲しい。
大切な人を作る場所が。
思い出を作れる場所が。

この霊力を利用して、ボクの存在を認めてくれる場所を―…

ふと見上げた空。
清々しい程晴れ渡っていて、この空の下、ボクは一人取り残されていて…

遥か遠くに見える街。
瀞霊廷や。
死神や貴族が住まう、流魂街とは比べ物になれへん街。

あそこやったら、ボクの居場所も出来るやろか。
そう思うたボクは、無意識の内に歩き出していた。
死神になるために。

自分の居場所を見つける為に。

.

真央霊術院は居心地が良かった。
誰もボクを疎まへん。
蔑んだりもせェへん。
皆霊力を持っとったし、ちょっと変わった奴なんてゴロゴロ居た。

ボクは此処に居っても良えねや。

初めて居場所を見つけられた気がして、嬉しかった。

でも、気が付けば霊術院でやる事は無くなっていた。
もう卒業して、死神になる日がやってきた。
霊術院から出なければならない・と思うと、少し寂しい気もしたけど。
新しい思い出を作るのだと思えば、少し楽しみに感じる自分も居て。

ボクは死覇装に袖を通した日の事を、生涯忘れへんと思う。





「新入隊士の市丸ギンや。
宜しゅう頼みます」


其処に居た皆は、背が高くて。
ボクなんかより全然大人で。


(…チッ…全然子供じゃないか)
(…天才だか何だか知らないけど…)
(こんなガキが、俺等の上司かよ…)


色々な所から漏れて来る声。
…可笑しいな…
死神になれたら、ボクは認められると思うとったのに。
居場所を見つけられると…
そう、思っとったのに。

どうやら、ボクは此処でも思い出を作る事は許されへんみたいや。


「…っちゅう事で、新入隊士の紹介は終わり・や。
皆それぞれ自分の仕事に戻りやァ」
『はっ』


金髪パッツンで、やる気の無さそうな顔をした隊長の言葉に、皆蜘蛛の子を散らす様にそれぞれ居なくなった。


「惣右介ェ。
お前、暫らく新入隊士の事宜しゅう頼むわ」
「はい、分かりました。平子隊長」


"惣右介"と呼ばれた人物は、ボクに近付いて来て微笑んだ。


「やァ、宜しく。僕は藍染惣右介。此処の副隊長だ」


笑っている。
けれど、怖い。

ボクと同じ仮面の笑顔。
何処までも深い、暗闇を抱えた男。

関わるな・と、本能が叫ぶ。
でも、此処で居場所を見つけるためには、ボクより上の立場の人間が必要やった。
思い出が欲しかった。
心が温まる感触を、知りたかった。
記憶に有る事を思い出して、微笑んでみたかった。

唯、それだけやったのに…





「みょうじ三席、今夜時間有るかな?」
「今夜…ですか。
子供たちが家で待っているので、出来れば早めに切り上げたいのですが」
「大丈夫。
君の実力次第で、それほど時間は取らせないよ」
「私の実力……ですか…?」
「引き受けてくれるだろう?」
「はぁ…分かりました」


その会話を聞いたのはボクだけ。
至って普通な、上司と部下の会話。
せやけど、ボクの肩から腕にかけて、鳥肌が立った。
なしてやろうか。
普通の会話やのに、今夜嫌な事が起きる。
そう直感した。


運命は此処から狂いだしたのか。
はたまた、最初から狂っていたのか。

それとも、狂っていたのは
ボク自身なのか…

ボクの瞳は紅い。
もしかしたら、ボクは生まれた時から運命の掌で転がされ続けていたのかもしれへん。

運命のお気に入りになってしもたボク。
ボクが慌てふためく姿を見て、運命は笑う。
無邪気に笑い声を上げて、笑う。
それは子供の様に、愉しげに…


「今夜、空いているかい?」


不意に声を掛けられたボクは、黙って彼を見上げた。
穏やかな微笑みの向こうに見える、狂気。
それが何時顔を出すか、ボクは不安で仕方なかった。


「空いてますよ」


ああ、なして。
此処で『空いてへん』て・言えへんかったんやろう。
そしたらボクの未来は少しでも変わっていたやろか。
でも、一人は嫌やった。
居場所を失うのが怖かった。
その為には、この人の存在が必要やった。

この時、ボクはまだ何かに縋り付いてでしか、生きていけへんかったんや。


「そうか…では、今夜僕に少し付き合ってくれないか」


此処で嫌や・て。
言えたら…


「君の実力を見たいんだ」


そう微笑んだ。
実力を見せれば、ボクは此処に居ても良えやろか。
副隊長レベルに認められれば…
居場所を作っても、良えやろか。

ボクが考え、思い至った結果


「はい、分かりました」


それは残酷な運命の、幕開けを知らせるベル。
自分の言葉に、運命の幕は上がり、ボクの人生は狂い始める。

この時、既にボクの人生は終わってしもたんや。
ああ、今夜は良ォ晴れとる。

月が良く見えそうやな。



案の定、月は良ォ見えた。
ボクは今、藍染副隊長に連れられて、五番隊の隊舎裏へとやって来た。


「お待たせしてすまない。
みょうじ三席」
「いえ、そんなには」


其処には、月明りを浴びて微笑む男の姿。
漆黒の髪が、闇に溶けてしまいそうで。
白い肌が月の光を反射させる、何とも幻想的な光景やった。
こないな事言うたら失礼かもしれへんけど、男の人やのに妙に綺麗な人やった。


「では、この子の実力を見てやってくれ」
「はい。斬魄刀の名前は、分かるのかい?」


低くも、綺麗な声がボクに向けられた。


「はい、神鎗言います」


ボクは腰に差しといた斬魄刀を手に取り答えた。


「凄いな。その歳でもう斬魄刀の名前が…
これは期待できますね、藍染副隊長」


それはそれは綺麗な笑顔で。
藍染副隊長に微笑みかける。
藍染副隊長は相変わらず、裏の見えへん笑顔で、そうだね。とだけ呟く。

ボクの頭の中を、先程の会話がテープレコーダーの様に流れた。





「彼を殺すんだ。良いね?」

「なしてですか」


彼の微笑みに、一瞬泣きそうになるくらいの恐怖を覚えた。
ボクは子供ながらに、その恐怖を疑問に変えて体の外に発した。


「君の居場所を作るためさ」


彼の言葉に、肩が震えた。
居場所。
それは、誰しもがこの世に存在した時点で、必ず有る物。
ボクには無かった。
居場所を作る事を許されへんかった。
それがどんなに苦しい事か…
考えるだけで、胸がキリキリして、吐き気すら覚える。


「君は今五席だ。
そんな中途半端な立ち位置では、君の居場所は無いに等しい」


ドキンッと心臓が跳ねた。
此処でも、ボクは居場所を作る事を許されへんの?
そんな考えが、胸を締め付ける。


「第三席は、副官補佐。
君の歳でそこまで上り詰めれば、文句を言う人は誰も居ない。
それだけの実力を証明できる立場なんだ。
君は今の三席を殺して、代わりに三席になる。
悪い話ではないだろう?」


正直、この人がなしてこないにもボクにこだわるのか、分からへんかった。
でもこの人が言っている事は、正論な気がした。

居場所は待っていても訪れへん。
居場所が欲しいなら、自分で掴み取れ。

…そういう事やろ?
ボクは居場所が欲しかった。
ほんまに、唯それだけ。
それだけやったのに。


「…そろそろ時間だ。
行くよ」

「はい…
藍染副隊長」


心は真っ黒やった。
ボクは刀を握り締めて、彼の後ろを歩いた。
今から、待ち望んだ居場所が手に入る。
そう考えると、まるで今から遠足前の子供みたいに、胸が高鳴った。
興奮すらした。

ボクの顔は、決して今から人を殺しに行く様な顔や無かった。





「じゃあ、構えて」


彼の言葉に、ボクは心臓が痛い位ドキドキしてるのが分かった。
緊張や無い。
これは興奮。
運動会前の子供が、布団の中で感じる様なドキドキ。
目を閉じても眠れそうにない、あの興奮が、ボクの胸を内側から叩く。


ボクは右手で斬魄刀を持ち、前屈みの体勢を取る。
刀を庇う様に、左腕を胸の辺りで曲げる、という神鎗の能力故の独特な構えを取った。


「それが君の構えかい?不思議な構えだ」
「せやろ?」


頭の中が真っ黒やった。
先程まで、あない鮮明に映っとった彼の綺麗な顔も、墨を零したかの様に黒く塗り潰されとる。


―…今思えば、あれはボクの防衛本能やったのか。
彼の顔を今ではハッキリ思い出せへん。
彼の顔を忘れる事で、ボクは罪の意識を少しでも和らげようとしたんやろか。


「ほな、見てて下さい。
ボクの斬魄刀の能力」

刀を握り直すと、チキ…という独特の高音が鳴った。


「…まァ、見えれば・の話ですけど」
「え?」
「―…射殺せ・神鎗」


物凄い勢いで刀身が伸びて、彼の斬魄刀ごと貫いた。


「……ゴフッ…」


彼の口元から、真っ赤な鮮血が吐き出された。
ガクガクと震えとる彼は、まだ倒れてへん。
ボクは神鎗を彼から引き抜き、縮めた。
それと同時に、彼の胸から血飛沫が上がる。
ドシャッと音と共に、その場に崩れる様に両膝を付いた。
ボクの銀色の髪に、朱い血がベッタリと付着した。


―…月明りに、光る刃。
刃先からは血が滴り落ちる。

飛沫が上がる。
それは他でも無く、彼の。

銀色の輝きと、紅色は
月の光と刃の輝き、飛沫を上げた血の色は

皮肉な程、綺麗で。
そう、それは正に芸術で。


「ぐああぁぁぁ!!」


倒れ込んだ彼に止めを刺す。
彼の綺麗な声とは裏腹に、悲痛な叫びが木霊した。
その後、何かを小声で言うてたけれど、今のボクには聞こえてへん。

彼の綺麗な肌には、血がこびり付いとった。
唯、それだけが鮮明やった。





もし、雨が降っていたなら。
今になってそう考えてまうのは、ボクの悪い癖で。
せやかて、もし、雨が降っていたなら。
あのこびり付いた血も
咽返る様な鉄の匂いも
全部、全部
洗い流せてしまえたやろう。
……あの日の残像も…

彼の綺麗な顔立ちが、ハッキリ見えた気がするのに。
そしたら、少しでも
ボクは変わっていたやろか。

.

「…良いね」


血まみれのボクに、彼が笑う。
穏やかな顔で。
目元は一切笑わずに。


「噂以上の腕だ。
もう一度
名を訊いておこうか」


彼の言葉に、胸が震える。
ああ、居場所が見つかる。
もうすぐで、ボクに居場所が。


「ギン。
市丸ギンや」


咽返る様な鉄の匂いが、鼻孔にこびり付いとる。
せやけど、それがボクの居場所が出来る事を強く物語っとった。


「どうだった。
うちの三席は」


どうもこうもあらへん。
綺麗な顔は、相変わらず鼻から上を、墨を零した様になっとって。
朱い血と、漆黒の髪が、綺麗や。


「全然あかんわ。
話んならん」


ボクの言葉に彼はまた、怖い位穏やかな表情を浮かべとった。


「そうか。
それは何よりだ」


あの時、どうすれば良かったのか。
ボクなりに考えてみたけれど答えは出ェへんかった。
ボクは居場所が欲しかっただけ。

でも、この時のボクには選択肢は無くて。
居場所を勝ち取るか
孤独と共に居るか
どちらを選ぶか・と訊かれたら、もう答えは決まっとって。

要はボクが臆病やったから。
孤独に魅入られ、運命に弄ばれたボク。
夜すらも、ボクを見放しとったけど。
その優しさに甘えて、声を闇に溶かして泣いた。

居場所は出来た。
せやけど、これはほんまに望んだ世界やったのか。
こない苦しゅうて、寂しゅうて
胸を締め付ける様な
これは…ほんまにボクが望んだモノやったのか。

答えは出ェへんけど。
それでもボクは、また明日を歩く。
居場所が出来た筈の明日は真っ暗で、色も付いてへん世界やけど。

孤独と共に居った頃の方が
光は有ったのと違う?

そう考えてみたけれど
思い出すら作れへんかったボクに
100年以上前の事を思い出す術は無くて…

結局また、光の差さへん明日を手探りで歩く。
光の無い居場所は、何時消えてまうか分からへんさかい、ボクは必死でしがみ付く事しか出来ひんけど。



「―…あの三席が、失踪…ねェ。信じられへんけど、まァしゃァ無い。
後の事はお前に任せるで」
「はい、分かりました」


ボクは正式に三席になった。
藍染副隊長の傍に居れば、誰も何も言われへんかった。
これがボクの居場所なんやと。
信じて疑わへんかった。

ボクに居場所が出来たあの晩に、ボクが殺した人にとって紛れも無く大切な"誰か"が泣いとる事も知らへんで。
彼女が泣く事になった訳は、あの人が関係しとる事も知らへんで。
彼女がボクを憎む様になったのも、あの人が関係しとる事も知らへんで。

そう、確かにあの晩。
あの人は彼女に『哀しみ』と『恨み』、そして『憎しみ』を持って訪れた。
それはそれは、死神と呼ぶにはふさわしい姿で。

そうや無かったら、彼女はボクに恨みを持つ事もあらへんかったのに。

だってせやろ?
ボクが殺した・て。
誰かが教えへん限り、彼女はボクに恨みを持つ事すら無かってんやから。

……そう、彼女がこの
死の舞台の観客で無い限り…は。





第三章:過去
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忌々しい過去に蓋を。


(そして死の舞台の幕開けを)





 

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