第章:出会い













「みょうじ、これを三番隊へ持って行ってくれ」
『はい、只今』


日課となった資料整理と、書類の分類分け。
それをしているあたしに、書類の束を渡す朽木隊長。
あたしはそれを受け取って、隊首室を出た。

まだ少し慣れない道を抜け、三番隊へと向かう。
渡り廊下を抜け、三番隊隊首室の扉を遠慮がちにノックした。


『失礼致します。
六番隊より、書類を届けに参りました…』


初めて訪れる場所だからか、声のトーンが小さくなり、僅かに震えている気もした。


「ああ、どうぞ」


そんなあたしの緊張を解すかの様に、暖かくて穏やかの声。
あたしは扉をゆっくりと開けた。


「御苦労様」


弱々しいけれど、何処か気品のある顔立ちがあたしに向けられた。


「…あれ、君…六番隊のみょうじなまえ君かい?」
『あ、はい。すみません、申し遅れました…
初めまして、六番隊第四席のみょうじなまえです』


自分の事を知っている。
そう思うと、自然と背筋が伸びて言葉も堅くなる。


「あはは、ご免ね。緊張させちゃったかな…
そんなに堅くならないで平気だよ」


優しい言葉に、少し肩の力が抜けた気がした。


「自己紹介がまだだったね。
ボクは三番隊副隊長の吉良イヅル。宜しくね」
『はい、こちらこそ宜しくお願い致します』


ぺこり、と頭を下げてから気が付いた。
あれ?
この、吉良…?サン、副隊長って言ったよね。
隊長羽織もかけていないし、副隊長っていうのは本当なのだろうけど。
じゃあ、隊長は何処に?

『あの…
此処の隊長は…?』
「市丸隊長かい?
ああ、君は新入隊士だから知らないのか。三番隊の市丸隊長と言えば、サボリ魔で有名な人物だよ。
八番隊の京楽隊長と張り合えるんじゃないかな」


眉尻を下げて微笑む吉良副隊長に、同情心が沸く。
良く見れば隊首室は書類だらけで。
吉良副隊長の顔色の悪さも、垂れ目がちな目を縁取る薄いクマの理由も、全て分かった気がした。


「それじゃあ、みょうじ君。
書類を貰っても良いかい?」


あたしは握りっぱなしだった書類の存在を、今更思い出した。


『え?ああッ
すみません』


この書類だらけの部屋に、更に書類を増やすのか。
と、考えただけでも嫌になる。
書類を渡すのも、気が引ける。
書類を受け取った吉良副隊長は、変わらない笑顔で


「じゃあ、僕は仕事が有るから。
何か有ったら、訪ねて来ると良い」


と告げた。
あたしももう一度礼をしてから、隊首室の扉を開けた。


『は、はい。では…失礼します』


そう言ってあたしは扉を閉めた。
手ぶらになったあたしは、書類を持っていた時よりも、体が重かった。
あの量の書類を、吉良副隊長は一人で…
そう考えると、今からでも引き返して、書類を返して貰いに行きたくなる。
妙な罪悪感に苛まれながらも、あたしは来た道を引き返した。

死神になって、早一ヶ月。
仕事に慣れて来たのは良いけれど、あたしは目的を果たせずに居た。

死神としての、愚痴も有るが、日々楽しく過ごしているこの生活に、ドス黒いモノまで染められそうで。
馴染んでしまうのが恐ろしかった。

六番隊に戻る途中、五番隊の前を通る。
父は、五番隊の三席だった。
何故、父が殺されなければならなかったのか。
理由は分からない。
例え理由が有ったとしても、大切な人の"死"を、ああ、そうですか。なんて到底思えない。
父が悪かったとしても、あたしは許せない。

絶対に許せない。

どうしたものか、この気持ちのモヤモヤは拭えない。
あたしはそのまま、吸い込まれる様に五番隊へと入って行った。

父が死んでいた場所。
其処へと向かう。

其処に行けば、何か見つかる。
何かが変わる。
そんな気がして。

草履越しに、草を踏む感触が伝わって来る。
父はもうこの感触を楽しめないのだ・と、思えば思うほど、強くなるのは『哀しみ』で。

五番隊舎の裏にまで回った。
すると、其処に立ち竦む長身の男。
白い羽織を着て、背中に【三】の文字を背負っている。

あ、もしかして此の人が三番隊の隊長…?

余程考え事に没頭していたのか、今の今まで気付かなかったらしい。
あたしが草を踏む音で、ハッと振り返った。

その顔に、あたしは目を見開いた。

閉じた瞳。
銀色に揺れる髪。
白い肌…


「ああ、君、此処の隊の子?忍び込んでしもて、ご免なァ。ほな…」


そう言った男の顔に、張り付けられた胡散臭い笑顔。
口元の笑みが、まるで飾りの様で。
気味が悪い…

そして、全身で指差した。
コイツだ。
と。
あたしの細胞全てが活発化した様に、一気に血が逆流してくる感じ。


『アンタ…ッ
アンタなのね…ッ』


あたしの静かに押し殺した怒り。
その声に反応して、立ち去ろうとした男は振り返る。


『アンタが父を殺したんだッ!!』



叫ぶあたしに、男は驚いて瞳を開けた。
長い睫毛の奥にある瞳は、燃える様な紅だった。






全てが夢だったなら。
そう思わなかった日は無い。

全てが夢だったなら。
この、胸を突き刺す痛みは何?

全てが夢だったなら。
貴方と違う出逢い方をしていたのだろうか。



自分が弱虫なのは知っている。
そう、誰よりも。
憎しみだけに頼る
あたしは唯の弱虫。

例えばの話。
目の前に、見える刃と
見えない刃が有ったとして。

どちらかを選ぶとするならば
あたしは見える刃を選ぶでしょう。

それはきっと
誰よりも弱虫だから。




「君が…みょうじなまえ?」


訛りの有る声に、名前を呼ばれるだけで鳥肌が立つ。
ぞわぞわと、背筋を這いまわる何か。


『だったら…何』


威嚇する様に、睨みつける。
しかし、相手の飄々とした態度は相変わらずで。


「せやったんか。 ああ、良ォ見れば写真と同じ顔やね」


各隊に配られた書類を、この男も見たと言うのだろうか。
それは一体、どういう心境で。


『…あたしが父の娘だとは?』
「知ってた」
『何時から?』
「書類配られた時」


淡々とした質疑応答だけが繰り返される。


『何故、此処に?』
「それ、答えなあかんの?」
『質問に質問で返さないで。失礼よ』
「君、知っとる?
ボク、一応隊長やねんで。
失礼なのはどっち?」
『怨恨に上下関係が必要ですか、隊長様』


一触即発

とは良く言ったものだ。
火花を散らしかねないこの雰囲気。
いっそこのまま
父が死んだこの場所で、この男を切るのも悪くない。

自分で殺した人の娘に
自分が殺した人が横たわる場所で
刺されるなんて、狂気的で素敵でしょ?

.

運命は、どうしてもボク等を
引き合わせたかったのか。
それとも唯の気紛れか。

ボクの喉元に向けられた切っ先は
確実に其処にあって。

それをどうするかは
まだ、運命が決めてへんだけで。

ああ、ボクは何時になったら解放されんねやろう。
考えただけで、明日が見えなくなりそうで…






今日もボクは、碌に隊首室に行っとらん。
ついこの前、六番隊ン所の副隊長サンがやってきて、イヅルがドヤされとった。

全部ボクの所為なんやけど。
そないボクは、と言うと。
相変わらず、清々しい程澄み渡る空の下、罪の意識に捕らわれたままで居る。

もう、どのくらいこうしとったやろか。
ボクは、あの日、あの事件が起こった場所で、彼が息絶えた場所に立っとった。

五番隊の隊舎裏。
あの日の光景が、此処に立つと蘇る。
それはもう、鮮明に。

それは夢ではない事を明らかにしとった。

月明りに、光る刃。
飛沫が上がる。
銀色の輝きと、紅色は
皮肉な程、綺麗で。

ボーッと立ち尽くすボクの耳に、草を踏む音が聞こえた。
考えに耽っていた所為か、過敏に反応して、後を振り返る。

其処にはきょとん、とした顔で立つ女の子の姿。
吸いこまれそうな、漆黒の瞳と、同じく漆黒の髪。
日に当たらない、白過ぎる肌に乗せた紅色。


「ああ、君、此処の隊の子?
忍び込んでしもて、ご免なァ。ほな…」


ボクはそう言ってその場を去ろうとした。
しかし、彼女の綺麗な声がボクを引き止めた。

冷静に怒気を含んだ声。
立ち止まって、彼女の方をもう一度振り返る。

綺麗過ぎる顔立ちに、見覚えがあった。


『アンタが父を殺したんだッ!!』


無駄に美しい女から出た言葉は、ボクを動揺させるには充分で。
あの日の光景が、また蘇る。






全てが夢やと、願ったんや。
運命は悉く、それを妨げるけれど。

そう、何時だってボク等は運命の元で。
ボク等は運命の手駒の一つで。

全てが夢やと、願ったんや。
夢から醒めて、全てから解放される日が来ると
信じとった。

それすらも運命の掌で転がっとるのに。
自分で歩いていると錯覚してしまうのは、もう嫌やから。





「君が…みょうじなまえ?」


声が震えた。
違う、と言ってくれる事を望んだ。
そう、今更。

せやけど、噛み付く様に言い放たれる言葉はボクの願うものとは真逆で。
ああ、運命が心底憎い。
君は笑って、ボクを奈落の底に突き落とすんや。



ピリピリと、空気そのものが痺れとるみたいな雰囲気。
ボクがあの人を殺したこの場所で、出逢うだなんて皮肉やな。
遺された"誰か"は、彼女で。
彼女はやっぱり憎しみを糧に生きてきて。
ボクが彼女にしてあげられる事は、この期に及んで、やっぱり"死"という単語しか出てこない。

此処で刺されるのも、また運命。
狂気的で、まるで現実味のない。
そんな人生も、素敵やろ?

せやけど。
どうして、何で。

この子がこない綺麗やからか。
胸の奥底でちりちりと何かが焦げる様な。

ボクのこの心だけが、今、この場で唯一の場違いや。







第二章:出会い
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ボクはこの気持ちを知っている。


(運命の悪戯は、いつも此処に)





 

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