章:憎しみの果てに














「一体どういう事だ」


タイミングを見計らって、空気を震わせるのは六番隊長さんの声。


「今のは、藍染の霊圧だった」


切れ長な瞳に見据えられ、なまえちゃんは黙り込んだ。
ボクは何時も通り、仮面を貼り付けた。


「どうもこうもあらしまへんて」


唯そう一言だけ言う。
朽木さんは暫らく黙り、ゆっくりと瞳を閉じた。


「そうか。
兄がそう言うのであれば、何も問うまい」


何時もはしつこく理由を聞いてくる癖に。
今日はえらいあっさりしとるなァ…
なんて考えを巡らせているボクを余所に、なまえちゃんがボクを見つめた。


= 隊長には、支える人が居なくては =


何処からともなく、イヅルの声が聞こえた気がした。



「―…なァ、朽木サン。
見逃してくれるついでに、もう一個頼み事があるんやけど…」
















『ギン!?』


驚くなまえちゃん。
そして、瞳を閉じたまま動かない朽木サン。





「なまえちゃん…
ボクんとこの副隊長にくれへん?」





なァ、イヅル。
ボクはイヅルが居てへんかったら、今、生きてるんやろか。
イヅル…

ボクはどうやら、自分で思っとったよりもずっと…
臆病みたいやねん。

せやかて、一人で生きていた無いんや…

ボク、何時も誰かに支えられて生きとったけど。
それがボクの居場所なんやとしたら、居場所が無いと、ボクは生きられへん。


イヅルの事を忘れる訳やない
イヅルの穴埋めにする訳やない


ボクの生きる理由を
ボクの居場所にしたいだけやねん。



「……良いだろう」
『ッ朽木隊長!?』


長い事黙っとった朽木さんが、静かに唇を動かした。


「兄はみょうじの事を大切に思っているのであろう」


その言葉に、何故か真っ赤になるなまえちゃん。


「みょうじさえ良ければ…私は構わぬ」


ボクよりもずっと、嘘の無い瞳がなまえちゃんに向けられた。


「みょうじ…副隊長とは、そう簡単になれるものではない。
滅多に回って来ない話だ。
お前にとっても、良い機会であろう」
『副……隊長…』


不安気な瞳で、ボクを見つめる。



ボクの、傍に居って。



そう、縋る様に見つめ返せば、なまえちゃんの瞳に優しさが灯った。


『わ…分かりました』


その返事を聞くと、朽木さんは


「では、必要な手続きは済ませておく」


とだけ述べ、立ち去ろうとした。


「…朽木さんには、優秀な副隊長が居てはりますやん」


そう冗談っぽく言えば、立ち止まった朽木さんから聞こえたのは、憐みの言葉。


「兄は……残念だったな…
惜しい人物を亡くした」


それだけ呟いて、瞬歩で消えた。


なまえちゃんの肩を借りて、ゆっくりと立ち上がる。
血まみれの金色。
閉じた瞳の周りには、今までの苦労の代わりに滲み出たクマ。

ああ、こないにも苦労かけさせとったんやね。

血色の悪い唇は、最早生気をも無くし。


「イヅル…イヅル…」


呼び掛ける。
勿論、意味等無い。
この声に応えてくれる事も、もう二度と無いのだから。
イヅルはもう少し経ったら、霊子になって尸魂界の一部になる。

それまでのほんの少しの間。
その大切な存在を、この身体に刻みつけさせて。
忘れてしまわない様に
雨に流されてしまぬ様に



大切だった
誰よりも、傍に居た君へ。



永遠に旅立つイヅルに。





「ほんま…堪忍な…
イヅル…おおきに…」


心からの謝罪と
心からのお礼。

そして


「…ッ…く…ッぅ…」


忘れかけていた涙を


「ッわああ…ッ」


全て、君に。
その冷たい身体を抱き締めて













さようなら
大切な人。















『ッ……ッ』


ひとしきり泣いたボク。
そないボクの背中に、温もりが伝わった。


『…ッギン…
これからは…あたしが傍に居るから…ッ』


同じ様に泣き、まるでボクまでも消えてしまぬ様に。
なまえちゃんがボクの背中を包む。


忘れへんよ
イヅルの存在。


せやけど、新たな居場所を作ろうと思う。
イヅルかて、そう望んどったやろ…?


『吉良副隊長の代わりにはなれないけど…
あたしが…居場所になるから』



出逢った頃が、嘘みたいやね。
なんて。
そないな冗談が言える程、ボクには余裕が無くて。


噛みつくみたいな物言い。
憎しみを全て詰め込んだ瞳。


それが全て、こうして温もりに変わるなんて。
誰が予想した?





夢物語は、お終い。



そう言っていた頃は
唯、夜だけが優しくて。



夢物語はゆっくりと幕を上げて。
ボクを憎しみと死が踊る舞台へと引き上げた。

其処にあったのは
紛れも無くあの夜の残像で。

その刃に殺されるのは何時か。
そないな事ばかり考えとった。

運命の手駒でしか無いボク。
踊らされて 狂わされて
子どもみたいに無邪気に笑う運命に翻弄されて。

ボク等は出逢い
ボク等は間違い
ボク等は問い掛け
ボク等は





―…恋に堕ちた






夢物語は何時しか幕を閉じて。
憎しみと死は、その舞台の後ろに閉じ込められた。

美しい事実は
残酷な死を持って現れたけれど。

運命は刃を突き付けて笑うけれど。


ボク等は、手を繋いだ。


はぐれへん様に
見失わへん様に
間違えへん様に



ボクの隣は
君の居場所になり

君の隣は
ボクの居場所になり

ボク等の間は
手を繋ぐ場所になり



遠回りをして
泣いて
狂って
壊して

ボク等は
答えを見つけた。



居場所は
護るべきもの。



ずっとずっと、この手で護って行く。
ボクの居場所。

そう、ボクの…
ボクだけの居場所。


憎しみの果てに
二人、辿り着いた時。

ボク等は
互いを求め合った。

憎しみの果てに
在ったのは、紛れも無く"愛"そのもので


愛に飢えたボク等は
互いに惹かれた






憎しみの果てに

在ったのは酷く不器用な愛





--------------------
憎しみは愛と紙一重


(だからボク等は愛するが故に憎むのだ)

11.07.29.22:46
憎しみの果てに [完]

→アトガキ




 

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