第十九章:護るべきもの


















雨は降った。
大粒の雨が、空が
ボクと一緒に泣いた。
雨は地面に弾かれて
雨はボクに触れて

雨は

血を洗い流してくれた












どの位、そうしていたかは分からない。
唯、冷たいイヅル、冷たい雨とは対照的に、温かいなまえちゃんの温もりに甘えきっていた。
貪る様に、味わう様に。
なまえちゃんの体温を感じていた。






―ザッ…



嫌な霊圧と足音だけは、
雨は消し去ってくれへんかった。


「―…ああ、やっぱり君では役不足だったみたいだね」


ボクの後ろ。
正確に言えば、なまえちゃんの背後でした声。
振り向けば、雨の中ですらその存在感を嫌という程放つ、穏やかな男。




『藍染―…隊長…』


その男の口許には、微かに笑みがあるだけ。
ボクからゆっくりと離れ、わずかにボクの羽織を掴んだなまえちゃんの手は震えていた。


『何の…事ですか…』


何時も通り、強気な声も震えている。
藍染隊長の霊圧に、すっかり中てられてしもてる。


「結局、君にギンは殺せなかった」
『…っ』


なまえちゃんの羽織を握る手に、力が籠る。


「父親を殺した彼に、躯を赦し、脚を広げ…
挙句の果てには心まで。
今の君を、父親が見たらどう思うだろうね」


唯押し黙るなまえちゃん。
視線だけで見上げれば、下唇を噛み、ひたすら耐えようとする表情。





―…ボクの視界の端で、藍染隊長が動いた。




「君はもう用無しだよ」



そう言った彼の手には斬魄刀。
その切っ先は、なまえちゃんの首元



















『ッ…!!』


―ギィン!!!


高い金属音が鳴り響く。
ボクの手が痺れる。

藍染隊長が、距離を取った。


『…ッハァ…ハァ…ッギン…?』


なまえちゃんの驚いた瞳が、ボクに向けられる。
刀から解放された安堵の所為か、呼吸の荒いなまえちゃん。

ボクの掌には、短い短い、斬魄刀。
何時も誰かを殺してきた斬魄刀、神鎗が握られていた。

ボクはさっき、咄嗟になまえちゃんの首元に有った鏡花水月を弾いた。
その時の痺れが、まだ掌に残っとる。



誰かを護る、という恐怖。

もし、護れへんかったら。

もし、ボクが死んだら。

そんな恐怖が取り巻く。




それも、長年付けとった仮面のお陰でバレへんで済んどるけど。
ボクは斬魄刀を構え直し、藍染隊長を見据えた。

そして、ゆっくりと口を動かす。


「…あんたやろ?
大虚を大量に連れて来はったのは」
「どうかな」



不敵な瞳はそのまま、藍染隊長は微笑む。


「まァ、答えなんか求めてへんわ。
イヅルを死なせたのは、ボクの所為や。
弱さ、無力さ。イヅルはその犠牲や」



面白くなさそうな表情の藍染隊長を余所に、ボクは座り込んでいるなまえちゃんを背中で庇う様に前に立つ。


「なまえちゃんは、死なせへん。































ボクが護る








- 136 -







「護る…?
面白い事を言うね、ギン」
「居場所は…勝ち取るモンでも、作るモンでも、奪うモンでも無い。
居場所は―…」






イヅルの顔が、浮かんだ。
あの、優しい微笑み。

そして、なまえちゃんの顔―…























「居場所は、護る場所や…」


藍染隊長は、下らないとでも言うかの様に笑った。


「護る…
そんな事は戯言だよ、ギン」
「あんたが教えてくれたんや。
最初で最後やけど、あんたに感謝したい位ですわ」




―ギィン!!




どちらからともなく、刀を交えた。
激しくぶつかり合う刀。

頬を掠り、袖を掠り、死覇装は破け、羽織は朱色に染まる。


「其処までして、護りたいのかい?
あんな一人の女を」
「たった一人の女やから、助けたいんや。
あんたには到底理解できひんやろ」




切っ先を避け、致命傷を避けるのが精一杯。
こないにも強いなんて。


でもな、
気付いたんや。


失って、取り戻せへん怖さ。
護れへんかった時の悔しさ。


せやから、ボクは…
精一杯護りたいんや―…












「何をしている」


凜とした声が、空気を震わせた。
次の瞬間、重苦しい霊圧は消え去り、ボクは荒く息を吐いて地面に両膝を着いた。


「ハァ…ハァ…ッッ…」


そのまま仰向けに倒れる。
雨は何時の間にか止んでいて、雲と雲の隙間から僅かに日が差しこんどった。


『ッギン…!』


なまえちゃんが、駆け寄って来る。
あの、甘いシャンプーの香りを引き連れて。


「今度は…護れたわ」




イヅル…
護れへんでごめん。
ボクを…
受け入れてくれて…


「ほんま、おおきに…」


空に向かって、呟いた。



= こちらこそ =


イヅルの優しい声が、聞こえた気がした。







雨は止んだ。
代わりに、ボクの傍でなまえちゃんが泣く。
綺麗な涙を、ボクの頬に落として。



『…意味分からない。
あたしの事、あれだけ傷付けて、追い詰めたくせに…』


白い白い頬を、涙が落ちる。
雨よりもずっと、温かい雫。


「せやかて…護りたかってん…
もう、目の前で居場所を失いたなかった…」


その白い頬に手を伸ばせば、拒もうとしないなまえちゃん。
指先が、触れた。


『…父の仇なのに…殺したい程、憎いのに…
嫌じゃないなんて…』


ボクはその言葉にゆっくりと微笑んだ。


「―…ボクの居場所に…なってくれるんやろ?」


憎くても、良え。
愛して、なんて綺麗事言わへん。


せやから、ボクの傍に居って。



なまえちゃんは頷く。
小さく、小さく。

何度も頷いた。


「おおきに…」


今度は…護る。
ボクの、護るべきもの…






第十九章:護るべきもの
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誰かのための、ボクでありたい。


(気付いて初めて、人になれた)





 

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