第十五章:嘘















あたしに遺されたのは
夢と闇

そして嘘。

全てを奪った
貴方は今何処に…




目を覚ませば、丁度卯ノ花隊長が部屋に入って来るところだった。


「お目覚めですか、みょうじさん」
『はい…
お早う御座います、卯ノ花隊長』


正直、卯ノ花隊長が来る事が嫌だった。
『もう大丈夫です』と言われるのが怖くて。
その言葉は、あたしを一人にさせる。


「顔色も宜しい様で、何よりです」


その穏やかな表情。
優しい口許。
お願い、黙って。


「これなら、仕事に復帰できるで―…」
『あの!』


卯ノ花隊長の言葉を遮り、あたしは上体を起こした。


「い…市丸隊長は…?」


あたしの質問に、目を丸くする。


「市丸隊長…ですか?
朝方、隊舎付近で見かけましたけど…」
『……そう…ですか』


別に、居場所を聞いたからと言って、どうという事は無いけれど。
同じ屋根の下に居ない、と解ると急に寂しくなった。


「それよりも、みょうじさん。
今日は紹介したい人が居ます」
『…紹介したい人?』
「ええ。
どうぞ、入って来て下さい」


襖がゆっくりと開いた。


「やっとですか。
正直、忘れられているのかと思いましたよ」


やれやれ、と言った雰囲気を纏いながら、室内に入って来た。


『貴方は……』
「よォ…初めまして、だな。
俺は技術開発局の阿近だ」


入って来たのは、額に角を生やした鬼の様な男。
目付きも決して良いとは言えない。


『…何故、技局の人が?』


あたしは質問と共に視線も卯ノ花隊長に向けた。


「昨日、みょうじさんの首筋に注射器の跡があったでしょう?
四番隊から注射器も薬の紛失は見られなかったので、他に注射器を扱う所と言えば…
と、消去法で技局という答えが出たのです。
涅隊長は相変わらずお忙しそうでしたので、阿近さんに来て頂いたのです」
「そういう事だ。
まァ、宜しく頼むぜ?
六番隊のお姫さん」


絶対鬼畜だ、と想わせる微笑みを向け、あたしの傍に座り込む。


「卯ノ花隊長から、お姫さんの血液のサンプルを貰った。
それを調べてみたところ、俺が昔、ちょっとした暇潰しに作った薬の反応が出た。
それも二種類だ」


阿近さんは色々小難しい事が書いて有る書類を見ながら、あたしに説明してくれた。
卯ノ花隊長はもう聞いているのか、唯黙って座っていた。


「その薬ってのが、手足の神経を麻痺させる物で、まァ拷問用に作ったヤツだ。
痛みや感覚は微塵も消えない。要は涅隊長の斬魄刀と同じ能力だ」


あたしは頷きながら阿近さんの説明を聞いていた。
あの悪夢の最初の晩、体が動かなかった。


「で、もう一つは完全に遊びで作ったヤツで、声さえも出せなくなる薬だ」


あたしは、ハッと気が付いた。
昨晩は声が出無かった。


「これを作った頃の俺はまだ若かったからな。
血液と融合しても、その成分が消える事無く体内に残っていたんだ。
それがお姫さんの"頭が重い"っていう要因だ。
お陰で薬が何なのか、付きとめられた」


ニヤリ、と笑った阿近さんは、書類を仕舞った。


「で、昔の薬棚を漁って見たら、確かにその二種類が消えてるんだ。
ほんの少量で、注意して見ていなかったら解らなかっただろうな」
「みょうじさん…貴方を襲った人を…
知っているのでは?」
『ッ!!』


脳裏に浮かんだ、鮮やかな赤。
それは、アイツの瞳よりもずっと、汚く映った。













「お早う御座います、市丸隊長」
「お早うさん、イヅル」
「あの…阿散井副隊長の顔、見ました?」


イヅルの少し怖々とした表情が言いたいのは、ボクが昨夜昨日殴った痕の事やろう。
誰に殴られた、何て言える筈も無く、きっと唯の喧嘩だと言い張る。


「ああ…あれな。どないしたんやろうねェ…」


込み上げる笑いを抑え付けながら、ボクは隊長席へと着く。
良え気味。

思わず右手を摩る。
全て、現実。
夢やと願ったモノ全て。

拳に伝わる振動
吹き出す鮮血
目障りな赤……


= ギンッ =



「市丸隊長?
どうかなさいました?」
「ん?ああ、何でも無い」


なまえちゃんは、今…
何してはるのやろ…


「イヅル…ボク、ちょっと忘れ物したわ」














―……此処で、知っていると言ったら、悪夢から解放されるだろうか。
あの、赤を。
アイツの瞳よりもずっと、汚れた赤を。
知っている、と。




















『―……知りません…』



そう呟くだけで精一杯だった。
嘘、吐くだけで苦しい。


「みょうじさん?
貴方は酷い事をされたのです。
今更犯人を庇う必要等―…」
『いいえ…違います。
庇ってなんか……いません…』


そう、庇って等居ない。
あんな奴、極刑にされたって何とも思わない。


『…犯人なんて…あたし自身が知りたいです』
「…そうですか……」


あたしは、怖かった。

一人になるのが?
夜が?
仮面が?
赤が?




………違うの。

アイツから
離れるのが…
唯、怖かった。


こんな事、あってはならないけれど。
あたしは今、アイツを求めている。
そんな自分が一番恐ろしい。


「お姫さんが覚えて無いなら仕方が無いですね。
こっちで俺の研究室に入った人物をピックアップして捜しますよ」
「ええ…宜しくお願いします、阿近さん」


阿近さんはそう言って部屋から出て行った。


「みょうじさん……
本当に知らないのですね?」
『……はい……』


多分、卯ノ花隊長は気付いている。
あたしが嘘を吐いている事に。
けれど、何故あたしが嘘を吐くのか、理由が解らないから責めないのだ。
それを解っていて、嘘を吐くあたし。


「では、私も仕事に戻ります。
どうか、安静にしていて下さい」
『はい。
有難う御座いました』


卯ノ花隊長が部屋を出て行き、あたしはまた布団の上に寝転んだ。
自分が一番解っている。
もう体は大分回復している事を。

それを認めたくない自分。
あたしは自分自身にも嘘を吐く。

= まだ、回復していないの =


そう言い聞かせるようにして、瞼を閉じた時だった。


「なまえちゃん、調子はどない?」


その声に、何故か心が躍った。
それに気付かない振りをする自分。
また嘘、一つ。













「なまえちゃん、調子はどない?」


そう言って襖を開けた。
其処には白い布団に横たわるなまえちゃんの姿。
顔色も大分良ォなってる。


『……仕事は?』
「何や、珍しい事も有るもんやね。
ボクの心配してくれとるの?」
『どちらかと言えば、吉良副隊長の心配』


なまえちゃんは相変わらずふてぶてしい口調やった。
ゆっくりと上体を起こす。
布団から漆黒の髪が引き上げられる。


「顔色、大分良くなったなァ」


ボクの言葉に、ビクッと肩を揺らす。


『……そんな事、無い』


囁く様に落とした声は震えていた。

顔色も良え。
体調も良え。

……なして、ボクはまだなまえちゃんを手元に置いてるの。


「…それだけ言えるなら、元気やろ……」


そう呟くと、なまえちゃんは敏感に反応を見せた。


「もう…なまえちゃんが此処に居てる意味、無い」
『―…ッ』
















畏れていた事が、起きた。


「もう…なまえちゃんが此処に居てる意味、無い」


息が止まる。
来てしまった。
『要らない』と、言われる日が。


『な……んで…急に?』
「なしてって…
せやかて、なまえちゃん、ボクの所になんて居た無いやろ?」


あたしと貴方は
交わらない運命にあるから


「体調良くなったなまえちゃんを、傍に置いておく理由が、ボクには無い」


嫌だ
嫌だ

『要らない』
なんて言わないで


『で、でも…あたし、まだ万全じゃないし…
頭、まだ重いし…体も充分に動かせ無い』


嘘、二つ。


「ほな、それ治ったら帰り?」
『…ま…まだ、夜が怖いの…』


嘘、三つ。


「ほな、誰か女の子に泊まりに来て貰えば良え。
ああ、乱菊に頼もか?」
『そんな…それじゃあ日番谷隊長に迷惑が…
それに、あたし、お酒弱いから松本副隊長の相手出来ない』


嘘、四つ。


「お酒、弱いんや?
それやったら、あれや。雛森君に言うてあげようか?」
『だ、だめッ
あたし、あの人苦手だし…ッ』


ああ、どうしよう。
会った事も無い人を、苦手という自分。


嘘、五つ。


あたしの口は、何時になったら黙るのだろう?


『―…ッ…違うの…!』


苦しい。
何で、涙が出るの。

哀しいの?
寂しいの?
苦しいの?
切ないの?


違う、違うの。


全部、嘘。










第十五章:嘘
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嘘に嘘を重ねて、嘘に縛られ嘘に溺れて


(そして嘘で塗り固める)





 

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