第十四章:問い掛け















ボク等は間違えた

何を 何時 何処で。





「みょうじさん…大丈夫…ではなさそうですね」
『…卯ノ花隊長』


襖を静かに開けたには、田中さん。
その向こうに見えたのは、穏やがらも心配そうな表情をする卯ノ花隊長。
上体を起こそうとするあたしを、優しく制し、脈を測る。


「…何か、異常はありませんか?」


穏やかな声が、鼓膜を揺らす。


『まだ…少し頭が重いけど…それだけです』
「そうですか。血液を採取しますね」


そう言って採決の準備を始める卯ノ花隊長。
その手にある注射器を見て、首の痛みを思い出した。


『あ、あの…
あたし、この辺りを何かで刺された気がするんですけど…』


うなじを抑えるあたしを、不思議そうな顔で覗き込む。


「少し…拝見させて頂いても?」


あたしは、はい、と答えて手を退けた。


「……これは…」
『? 何か有りました?』
「ええ…注射器で刺されたのでは?」


卯ノ花隊長の言葉に、記憶を手繰り寄せる。
そういえば、あの時チクッと来た様な…


『見えなかったけれど、多分注射器だと思います』


あたしの問いに、そうですか…とだけ呟く。
その曖昧な返事が、あたしの不安を煽る。


いや、不安なのは、自分の躯じゃない。
不安なのは、自分の心。

今此処に、アイツが居ない。
それが一番、あたしを煽る。


あたしは何を間違えた?
何時から狂わされた?
何処で惑わされた?

何時…夢から醒める?


「―…さん…みょうじさん」
『ッ…はい』
「大丈夫ですか?
顔色が余り宜しく無いようですが」


卯ノ花隊長の心配そうな瞳に、あたしの酷く情けない顔が映っていた。


『あ、はい…』


弱々しく返事をし、引き攣った笑みを見せる。
卯ノ花隊長は、それを見て哀しげな顔をしたけれど、すぐに注射器を腕に当てた。


「……市丸隊長は…この事は…?」
『ッ…』


アイツの名前に、体が反応した。
ビクッと躯が揺れる。
それが、針を刺した瞬間と同時だったからか、卯ノ花隊長は差して気にしなかった様だ。


「……田中さんから連絡を頂きましたので…
今、市丸隊長はどちらに?」
『……知りません』
「そうですか…はい、終わりました。
では、また明朝、伺わせて頂きますね」
『はい、有難う御座いました』


卯ノ花隊長はテキパキと準備をして、帰って行った。
あたしは寝転んだまま、唯窓の外を見つめていた。
きっと今に、アイツが帰って来るに違い無い。

そう、願いにも似た考えを抱きながら、気が付けば瞳を閉じていた。











「ぁ…ッハァ…」


ボク等は、
決して交えない運命の中にあった


「んぁ…ッあ…」


ボク等は、
決して触れ合う事の無い運命やった


「ハァ…ぁあッ…ん」


ボク等は、
触れ合う時は最期の時やと知っていた


「ぃやァ…ッんあッ」


ボク等は、
間違えてしまった


「ぁッあッ…市ま―…」

「喋るな・て
言うたやろ」





何を 何時 何処で…





浴衣の袖に手を通した。
乱れた布団の中には、名前すらも知らへん女。

ボクは一体、何がしたかったのか。

女を抱きたかっただけか
それとも
この甘い感情を否定したかったからか


布団の中で眠る女。
長い黒髪に、紅色の唇。

なまえちゃんの容姿に似とる…


女はボクの腰に足を絡め
もっと、もっと。
とねだってくる。

その白い脚を解き、ボクは目を閉じる。


白い脚に絡まれると、抱いているのはなまえちゃんや・て、言い聞かせるのが難しくなる。
なまえちゃんは、ボクを欲しがらへん。
そう、ボクはなまえちゃんの代わりを抱きながらも、頭ではなまえちゃんを抱いとった。
ボクの頭の中では、相変わらずな罵声が飛び交い、黒い瞳に涙が溜まる。

こんな風に
求めてこない。

明け方、ボクは金だけ枕元に置いて、窓から飛び出した。
瞬歩で家まで向かう。

自室の窓から中に滑り込み、布団の中に潜った。
全て、夢。

長い黒髪も
漆黒の瞳も
紅色の唇も
白過ぎる肌も

全て、全て
夢。

あの赤い鮮血だけが
現実。

ボクの抱いた
なまえという女は
ボクの夢の中の幻想であって
現実には居てへん。

そう、全ては夢
全て、夢


何時からが、夢?

何処からが、夢?


問うた所で、ボク自身が夢へと呑みこまれ、瞼を閉じる。














ボク等は
愛無しでは生きられない。

憎悪無しでは呼吸も出来ない。




「主、主…朝ですが…」
「ん…ああ、田中か…」


朝…言うても、ボクも明け方に帰って来よったし、幾らも寝てへんけど…


「湯の準備は出来ております。
只今死覇装を用意します故、しばしお待ちを」
「ああ、おおきに…」


気怠い体を無理矢理起こして、髪の毛を掻き上げた。

全てが夢だったら…?
んなアホな。

それが出来たなら
あの夜の鮮血も
冷たい微笑みも
憎しみも
愛も

帰る場所も…


全て…今、此処に無い。

ボクの胸にポッカリと空いた穴。
何かが足りてへん証拠。

これは情[ココロ]か
それとも愛か

問い掛けても
返す人は誰も居ない。


「胸に孔…か。
虚やなァ…」


虚より
もっと、醜い。


感情が有る自分は
何よりも、醜い。


美しきを愛に譬ふのは…
愛の姿を知らぬ者―…


そう、愛なんて美しくない


醜きを愛に譬ふのは
愛を知ったと驕る者―…


そう、愛は醜くもない




愛は残酷。
ボク等を追い詰め、切り裂く凶器。






第十四章:問い掛け
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愛は見えない刃…


(そしてボク等を切り裂いていく)





 

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