第十三章:仮面の裏の凶器















「迷惑」そう言われるのが怖かった。
何故かは解らない。
あれだけ求められていたのに。
「もう要らない」と言われるのが怖い。

何故、何故。
浮かんでくるのは、疑問、疑問。

自分が見えない。

"憎むべき相手"だった筈。

でもいざ、手を離されたら…

あたしは、息をするのも
忘れてしまいそう。

どうやって生きて行けば良いのか
解らない。

だって、恨んで、憎んで。
そうやって生きて来たのに。

翼をもいで、空を奪って。
どうやって飛べば良いの。



何で…怖いの…









―カラッ

窓が開いた。
夜風の匂いが掠めて、頬を撫でる。
ふと目を開けると其処に見えたのは、もう随分見なれた白い天井。
窓を開けたのはきっとアイツ。
そう思って向けた視線の先には、鮮やかな赤。


―え…


『阿…散井…副隊長…』


そう言うと同時に、阿散井副隊長がスッと近寄って来て、あたしの首元に触れた。
チクッとした痛み。
やばい。と感じた時には遅かった。
全身の力が抜ける。頭が痺れる。
声が―…出ない…


「悪ィな、みょうじ」


笑った気がした。
でもすぐに目隠しをされて、視界は闇に囚われた。


脚が開かれた。
ざわざわと心が騒ぐ。
嫌だ、イヤだ、いやだ。
頭がガンガンと痛む。
熱く猛ったソレが宛がわれた。
グッと腰を押し進め、広がる感覚。
吐き気が込み上げる。

ふと、脳裏にアイツが浮かんだ。
今なら、アイツが家に居る。
嫌だ、いやだ…助けて、お願い。


―…助けてッ…




タンッと襖の開く音がして、空気が揺れる。


「…っ?!」


あたしの上に居る阿散井副隊長が、驚いて肩を震わせた。


「…何しとるの…阿散井君」



声が震えている…?
何時もより、ずっと低い声。
こんな声、知らない。


グンと霊圧が上がって、息が苦しい。
その対象となっている阿散井副隊長は、もっと息苦しいだろう。


「い…ち丸…隊長…」


そんな中、辛うじて絞り出した声。

其処に居る人物が、暗闇の中、明らかになる。
ああ、やっぱり…
こんな時、アイツを頼るのは情けないけれど。

それでも沸き起こるこの感情。
ああ、助かった。
そう、安心したのを、自分でも不思議に思った。

目から温かい液体が溢れる。
全て目隠しに吸収されて、頬は伝わないけれど。



『…ぁ………ギ……』


ああ、やっぱり。
声はまだ出ない。
息が苦しい。

指一本ですら、動かない。

僅かに漏れた言葉。
その瞬間、霊圧が下がった。


「ッうおぉおおぉぉッ」


思い出したかの様に駆け出す阿散井副隊長。
しかし、何が起こったのか直ぐに阿散井副隊長が床に倒れる気配がした。


「ッてェ…」


そう聞こえたと思うと、すぐに


―ゴッ!!


と鈍い音がした。


「ぐぅ…ッ」


くぐもった声がするまで、その音が何の音なのか解らなかった。
五回程音が響いた所で、ハッと我に返る。
きっと今、アイツの拳は血で紅く染まっている。
それでも構わず殴る姿。
胸が苦しい。

あたしの為に、アイツの拳は汚れていく。
喉に力を入れて、叫んだ。


『ギンッ』


音が止んだ。
何かが動く気配もしない。


『…ギン…もう、止めて…』


もう一度、そう呟く。
ひぃ、と情けない声がしたかと思うと、慌ただしく動く気配。
ああ、逃げたのか。
目隠しされているあたしに、確認する術は無いけれど。

暫らくして、アイツが近付いてきた。
そっと頬に触れて、目元の忌々しい闇を解く。

薄い月明りに少し目が痛かった。
溜まっていた涙が、頬を伝った。
目隠しの所為で涙が流れなかったからか、温かい筋が、やけに懐かしく思った。


「なして止めたんや」


少し震えている、右手。
何時もとは違う、少し哀しげな表情。

何故、そんなに哀しげなの。

何故、そんなに声が震えているの。

貴方は今、何を考えているの。




「もしかして…阿散井君の事、好きなん?」


肩が震えた。
何故、あんな奴が好きだと?

それよりも、貴方にそう勘違いされた方が哀しかった。
そう、純粋に。


『ち、違うッ』


あたしは―…


「何が違うの。
大体、ボク等恋人同士や無いねや。そない否定せんでも良えよ」


その言葉は、凶器ですか。
何故、こんなに胸が痛いの。


『だから、違うってばッ』


何故、あたしはこんなに必死に否定しているの。


「ムキになればなるほど、怪しいで?」


そう言って、薄く笑う。
違う、違うけど。
何故必死に否定しているのか、自分でも理解出来ないのに。
説得力が無い。

でも、その自嘲気味な表情が痛い。
仮面の裏側は、凶器だったの?
痛い、痛い。

何故、今日に限ってそんな顔を…


「ボクとキスせェへん理由が分かったわ。
なして急にボクの部屋に来るようになったのかも。
ボクの名前を呼んでくれへん事も…」


そんな言い方、しないで。
胸がえぐられそう。


『違う、訊いて!』


何を?
何を訊いて欲しいの。


「…もう、良え…」


弁解の弁解を捜すあたしの視線を振り払って、空きっ放しの窓からアイツは出て行った。

何も無くなった部屋が、唯息苦しかった。












珍しく貴方が見せた
仮面の裏側。
貼り付けた笑みの向こう側。

それが痛い程あたしを刺す。

痛い、痛い。

笑顔を見せて。
偽りでも良い。

笑顔を見せて。

貼り付けた、何時もの笑顔を。

痛いの、その哀しげな表情が。

あたしを見る、その瞳が。


貴方の仮面の裏側に隠れた
もう一つの凶器。

それはまだあたしの喉元にすら届いていなくて。
貴方がやっと、その断片に触れ始めた。

気付きたいのか
気付きたくないのか

気付いてからでは遅いのか
それとも、まだ始まったばかりなのか

貴方が気付いた、
その凶器に。
今宵、月明りの下に
落とした貴方の自嘲の中に。

その凶器が確実にあたしの運命を狂わすとして。
その凶器に喉元を切り裂かれたとして。

あたしはそれでも
貴方を殺すと言えるだろうか。













第十三章:仮面の裏の凶器
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見失ったのは、凶器、狂気


(見つけたのは…)





 

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