第十二章:月明かりの下の自嘲















見ィつけた。

犯人は見つけた
隠れん坊は、もう終い…




「はぁ…」


一杯の酒を胃の中に落とし、その代わりに重苦しい溜息を吐いた。

なまえちゃんは、部屋で寝とる。
やっと笑う様になってきよったし、ある程度は動けるまで回復した。
卯ノ花サンは回復は遅い言うてたけど、あれから一週間。
もう大分回復した。

―…嬉しい筈やった。
でも、このまま回復したら、なまえちゃんはボクから離れる。
そしてまた、"憎むべき相手"として彼女の漆黒の瞳に映される。
それは嫌やった。

ああ、どうしてこない…
もどかしい…

もしかして、ボクは彼女の事を…?



「―…はッ…アホらし」


自嘲気味に笑て、酒を煽った。

月が良ォ見えた。
夜空に浮かぶ雲が、漠然とした不安を表しているみたいで…



月が良ォ見えた。
月は…

月はボクの髪の色。










―助けて…!!


「…?!」


頭に直接響く様な、布を引き裂く様な。
夜の闇を震わせる声がした気がした。


―…なまえちゃんや


ボクは弾かれた様に駆け出した。
ガチャンッと音がして、おちょこが割れた音がしたけれど、そんなんに構てる余裕は無かった。
決して静かとは言えへん様な音を立てて幾つもの襖を開けて行く。
そして―…



―ッタンッ…



荒い呼吸。
揺れ動く白い脚と、漆黒の髪。
そして、鮮やかな赤、赤。
血と同じ赤。
ボクの眼の色―…








「…ッ?!」


ボクを見て、驚きに目を丸くする男。


「…何しとるの…


   阿散井君」


声が震えそうになる。
怒りで、悔しさで、憎しみで…
全速力で走った所為か、風呂上りに着た浴衣は完全に着崩れとった。


「い…ち丸…隊長…」


ボクの霊圧に苦しそうに顔を歪ませる。
彼の下に組敷かれたなまえちゃん。
拘束されている訳ではないのに、躯を投げ出して泣いとるなまえちゃん。
…いや、目隠しされとるさかい、涙なんて見えへんのやけど…


『…ぁ………ギ……』


だらしなく開いた口から垂れる、透明な液体。
てらてらと光る紅い唇から、僅かに零れた言葉。


"ギン"


胸が、心が、震えた。
どうしようもなく、愛しくて。
視界を奪われ、躯を晒し、ボクを求めるなまえちゃんが、愛しい…。


「ッうおぉおおぉぉッ」


ボクの霊圧が下がった途端、思い出したかの様に叫び、走りだした男。
ボクは阿散井君の退路を塞ぎ、縛道を放った。
ダァンッと音がして、阿散井君が倒れた。


「ッてェ…」


床に打ち付けられた痛みに、眉を顰める。
ボクは彼に馬乗りになって拳を振り上げた。



―ゴッ!!



鈍い音がして、拳に振動が伝わる。


「ぐぅ…ッ」


くぐもった声がした。
それでも構わず殴った。
五発程殴った所で、綺麗な声がボクを止めた。


『ギンッ』


振り上げた拳を空中で止めて、阿散井君を見下ろした。
顔中が血まみれで、痛みに顔を顰めている。


『…ギン…もう、止めて…』


落とす様に、静かに零れた声。
ボクの下に居った阿散井君は、ひい、と情けない声を上げて逃げだした。


ボクはなまえちゃんにそっと近寄って目隠しを解いた。
彼女はやっぱり泣いていて、濡れた瞳がボクを捕えた。
そっと頬に触れてなまえちゃんを見つめる。
きっと今、ボクは情けない顔しとるんやろな…
なまえちゃんに触れた右手が、小さく震えとった。


「なして止めたんや」


穏やかな口調ですら、怒りと悔しさに震える。
犯されて、屈辱を与えられて。
あないな男、消えてしもたら良えのに…


鮮やかな赤、赤…
ボクの瞳。
部屋とキス…
月明りと罵声…

毎日阿散井君が部屋に出入りしとる。
せやからボクの部屋で抱く様になったのに。

―…もしかして…


「もしかして…阿散井君の事、好きなん?」


ビクッと肩が震えた。
ああ、そういう事。
好きな奴に、他の男とヤッてる所なんか見られた無いもんなァ…


『ち、違うッ』
「何が違うの。
大体、ボク等恋人同士や無いねや。そない否定せんでも良えよ」
『だから、違うってばッ』
「ムキになればなるほど、怪しいで?」


首を横に振り続けるなまえちゃんが可笑しゅうて敵わん。
なしてそない否定しとるの。
ボク等、何も無いやない。

せやろ?
唯の親の仇でしか無いボク。
それが気に喰わんで、犯された君。

唯、それだけや。


「ボクとキスせェへん理由が分かったわ。
なして急にボクの部屋に来るようになったのかも。
ボクの名前を呼んでくれへん事も…」
『違う、訊いて!』


悔しい。悔しい。
息が苦しい
息が詰まる程。


「…もう、良え…」


こないにも
君が愛しい…


ボクは"憎むべき相手"。
その事実は変わらへんのに…。
なまえちゃんの"憎むべき相手"が、あの男に移り変わってくれたなら…。
そない淡い重いが、唯痛かった。
"憎むべき相手"が二人になっただけ。
彼女がボクを見る瞳は変わらへん。


―…悪い冗談?
…まさか。


ボクは…


ボクは君が好き。


それだけが
紛れも無い事実やのに。


こないにも
こないに…







「―…なまえちゃんが愛しい……」



転がり落ちた涙。
僅かな月明りが、当たって光ったそれ。

不安と悔しさ
愛しさと切なさ

全てを詰め込んだ、一粒の涙。




「……悪い冗談や…」



人差し指で涙を拭って、自嘲する。




君が
愛しい―…








第十二章:月明かりの下の自嘲
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口角をゆがめて、愚かな自分を嗤う。


(燻っていた炎の原因)





 

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