第十一章:隠れん坊















もういいかい?

まーだだよ。


もういいかい?

もういいよ。














―…見ィつけた。











ボク等が何処で間違えたか。
何処で狂ったのか。

思い返しても解らへんけど。

…この胸の中に渦巻く
甘い炎には
気付きとォ無かったなァ…


ああ…

もう良えかい?






…ほな、捜すで…?

見つかったら
終いや…















なまえちゃんも大分落ち着き、ボクの腕の中で寝息を立て始めた。
そっと横にさせ、布団をかける。

白い頬に、新しく涙の筋が出来た。
なしてやろか。
なまえちゃんの涙なんて、何度も見て来たはずやんか。
せやのに。

ボクはなまえちゃんの頬に有る、真新しい涙の筋を親指の腹で拭う。
胸の奥が、焼ける様に痛い。

ボクは眠るなまえちゃんを置いて、部屋を出た。
部屋の外から結界を張って、外からの侵入を拒む。


「田中、ボクは仕事に戻るさかい」
「はい。
なまえ様はどう致しましょう」
「結界貼ってあるさかい、気にせんでも良えよ。
もし、起きてきて何か要求が有る様やったら、協力してあげてや」
「畏まりました」


そう言って頭を下げる田中を背にし、ボクは屋敷を出た。



「お帰りなさいませ…っていうのも、変ですよね。
今家に居たんですから」


隊首室の扉を開ければ、そう言って微笑むイヅル。


「…嫌…此処がボクの帰る場所やから」
「?」


イヅルはボクの言葉に、不思議そうな顔を浮かべる。
お帰りって。
言うてくれる人が居る。
ボクを迎えてくれる人が居る。

それがどんなに嬉しいか。
きっと、イヅルは分からへんやろうけど。

その時、隊首室にノックの音が転がった。
たまたま扉の傍に居ったボクが、扉を開ける。
其処から覗く、鮮やかな赤。


「あ、六番隊より書類です」
「ああ、おおきに」


そう言って書類を受け取ろうとした時。
ほのかに薫る、甘い香り…
これは…


「阿散井君、香水か何や付けとる?」
「は?…いえ、付けてませんけど」
「さよか」


失礼します、と出て行く六番副隊長サン。
ボクは扉が閉まるのと同時に、口角を上げた。







「―…見ィつけた」














知っとった?
日が暮れてからの隠れん坊は
したらあかん・て。


なしてかって?
みィんな…
鬼に攫われて
消えてまうからや。



日ィが暮れた後の隠れん坊は
したらあかんで。
……帰って来れへんようになるからなァ…


……もう良えかい…?





月が良ォ見えた。
空気が凜としとって
まん丸いお月サンが
良ォ見えた。

月が落とす
明かりに照らされた
鮮やかな赤。

ボクの目の色と同じ。


…ああ。
なんて目障り。

消えてしもたら
良えのになァ…?





「―…あれ、市丸隊長?」
「ああ、阿散井君やないの。
こないな時間にどないしてん」


ボクの薄らと上がった霊圧に気付いたのか、鮮やかな赤を揺らしてボクを見遣る。


「乱菊さんに掴まってたんスよ。
あの人、中々返してくれなくて…」
「そらァ不運やったなァ。
乱菊も良え加減にせなあかんな」


頬も薄らと赤みを帯びて、近寄ると酒臭いのが分かった。
君も随分呑んだのと違う?
と訊いてみれば、解りますか?と、変な眉を顰める。


「…早よ帰って寝な、明日の仕事に影響するで?」
「ええ、今日は早めに帰って寝ますよ」


じゃあ、と会釈して彼は姿を闇に溶かした。
酒の臭いで誤魔化してもあかん。

昼間、ボクの鼻を掠めたあの香り。

しっかり君についとるで?


…知っとった?
日が暮れてからの隠れん坊は
したらあかん・て。

今日はボクが鬼や。
早よ隠れ?

もう良えかい……?






次の日も、その次の日も。
なまえちゃんは休み続けた。
卯ノ花サンにだけは、倒れとったなまえちゃんをボクが保護したっちゅう設定で事情を話し、ボクの家まで往診しに来てくれはる。
卯ノ花サンから、六番隊に"病気"っちゅう事で説明して貰た。

なまえちゃんが望んだ事や。

一人は怖い
外が怖い
あちこちが痛い…

壊れかけたなまえちゃんを、ボクはずっと傍に置いとった。
なまえちゃんが頼れるのは、ボクだけや。
今、なまえちゃんはボクだけを見とる。

漆黒の瞳も、髪も、白過ぎる躯も。
全部ボクが一人占めできる。


「……みょうじさんの容体が、一向に回復致しません」
「何やて…?」
「精神的にダメージが大き過ぎたのでしょう…
私達の体は有る程度自己再生が出来ますが、彼女の疲労度や精神状態からすると…
完治は難しいですね」


其処までなまえちゃんを追い詰めたのは、ボクかもしれへん…
でもボクは臆病やから。
見てみぬフリをして。
あの日なまえちゃんを壊した犯人の所為にしたんや。

今のボクに出来る事は
なまえちゃんを襲った奴への復讐。

なしてなまえちゃんの為に復讐せなあかんのか。
自分自身良ォ解らへんかったけど…

この胸の中の黒くてズッシリと重い気持ちを消すには、それが一番や・て理解した。
スッと立ち上がると、卯ノ花サンに声を掛けられた。


「どちらに?」


ボクは口角を上げて


「隠れん坊しに…」


とだけ言った。






第十一章:隠れん坊
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もう、良えかい…


(まーだだよ…)





 

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