怒りん坊に、プロポーズ









『真子ぃいいぃぃい!!』


日差しが暖かい、春麗。

我が家では怒声が飛び交っております。


「何やねん。大声あげt―ッヘブゥ!!!」


振り向けば、右頬になまえの平手。
乾いた音と激痛。
弾け飛ぶ体、強制終了された言葉。


何が起こったのか理解する前に、まだ揺れる脳に再びなまえの怒声が響く。


『真子のバカ!阿呆!!』
「ちょ、待ちィ!俺が何したっちゅうねん」


胸ぐらに掴みかかるなまえの顔は般若のように、怒りに引きつっている。
何や、新手の妖怪か…?!


『思い当たる節は?』
「……え、なまえが怒るようなことはほんまに身に覚えがな―…」
『しらばっくれる気!?』


このぉおお!と胸ぐらを掴んだまま俺を揺さぶる。
脳みそがシェイクされたみたいに、思考も記憶も全てがぐちゃぐちゃに混ざっていく。

…俺、ほんまに覚えがあらへんねやけど。

誰?この子怒らした人。
怒ると手に負えへんねんで。


「いやァ、しらばっくれるつもりはほんまにあらへんねやけど…もし俺が何かしてしもたんやったらちゃんと謝る」


ええ加減目ェ回ってきよったから、なまえの腕を掴んで取敢えず離れる。
俺を振り回し、揺さぶり、ひっぱたいたなまえは相当疲れたようで、肩で息をしていた。


『ハァ…ハァ…ん!!』


なまえは口を一文字に結び、黙って冷蔵庫を指差した。
そういや冷蔵庫の前で何か探しとったなァ…。


冷蔵庫、冷蔵庫、冷蔵庫…


あかん。脳みそシェイクの所為で全然思い出せへん。

まず、今日何食べたか思い出すとこから始めなあかん。


「ん〜〜…」


眉を顰め、腕を組んで真剣に考えていると、再びなまえの鉄拳が下った。


「ゴフゥッ!!」


鳩尾にクリーンヒットしたなまえの拳。
なんやねん、お前のその拳。
中に鉄でも入ってるんか…えらい硬いぞ。


『ほんっと信じられない!! 私のプリン!!食べたでしょう!』
「ぷ、りん…?」


これでもか、というくらい頬を膨らませたなまえは、再び冷蔵庫を見つめると膨らませた頬をしぼめ、悲しげに目尻を下げた。


『プリン……めっちゃ楽しみにしてたのに…』


もう帰らぬ人となった奴( プリン )を思い、悲しみに暮れるなまえ。

プリン、プリン、プリン…
あァ、そういや冷蔵庫に卵の殻に入ったプリンがあったような…
後からカラメルソースをかけるタイプのやつで、卵の味がしっかりする割にふんわりまろやかで。
口の中でとろける様な柔らかさに、舌の上に残る甘味。


「あれ、めっさ旨かったなァ……あ。」


記憶の中のプリンは味まで蘇ってくるかのように、鮮やかで。
思わず口をついて出てしまったのが運の尽き。


『やっぱり…アンタだったのね!!!』


霊圧がこれでもかというくらい上昇していくなまえ。


「待ち、なまえ!話せば分かる」
『あのプリン、現世でも限定品で中々手に入らない上に高いのよ…』
「いやァ、お値段以上の味やったけども…お値段知らんけど」
『パッケージにちゃんと名前、書いておいたわよね?食べたら殺すって』
「……書いてありました」


思い出せば、パッケージにデカデカと殴り書きでなまえの名前は書いてあった。
その下の注意書きにも、「食べたら殺す」って書いてあった。

確かに書いてあったけど…

そんなにレアな物だとも、高いものだとも知らへんかった…


「し、知らへんかったんや!! 知らんことはそないにも罪なことか!?」


逆ギレもいいとこ。
懸命になまえの圧から逃れようと喚くが、もう遅いらしい。

一瞬、なまえの霊圧が下がり、なまえが笑顔を見せた。


『無知は罪』


語尾にハートマークがつきそうなくらい、甘い声でそう告げた瞬間。
俺の顔面に膝がめり込んだ。


声を出す間もなく、俺の鼻が凹んで俺自身が壁にめり込んだ。


『真子のばか。ばかばか。折角…折角、松本副隊長と虚討伐したご褒美で買ったのに…』


そう呟くなまえは、小さく子どもみたァに震えとった。
壁にめり込んだ俺は、どうにかそこから這い出ながら揺れる脳で考えた。
っちゅうか、脳みその形保ってられてるんかいな。

そんなことより…虚討伐…?









―…あ。


思い出した。



なまえは新米隊士の中でも極めて優秀やったから、入隊してわずか一週間で討伐部隊に抜擢。
直前まで恐怖と不安で震えとったなまえを、励ましたのは他でもなく俺やった。


「大丈夫、なまえやったら出来る。帰ってきたら前に言うてた現世のプリン買いに行こな」


そう言うたのは俺やった。
あのプリンをずっと食べたい言うてたのも、俺と一緒に現世に行くのを楽しみにしとったことも、知っとった。

―…知っとったのに…。


仕事に追われ、仲間内で飲みに行ったりで、結局一緒には行かれへんかった。

新米隊士は原則、現世に行く許可は取れへん。
せやからさっき、乱菊の名前が出たんやな…。

どないな気持ちで、乱菊に頼んだんやろう。
どないな気持ちで、現世に行ったんやろう。
どないな気持ちで、プリン買うたんやろう。


俺は、なまえを裏切ってしもたんや。

さっきの一瞬見せたなまえの、悲しげな表情が全てを語っていた。




「―…ほんま、堪忍」




俺は立ち上がり、震えるなまえを腕の中に引き寄せた。
小さく震えるなまえは、静かに静かに泣いとった。


怒るときはあないにも大きな声で怒るのに、

泣くときだけはえらい静かで。


おこりんぼうななまえを、泣かせているのは紛れもなく俺で。




「堪忍…」


せめてこの震えが止まれば良え。そう思て、なまえをきつく抱きしめた。


『バカ…。約束、忘れやがって…』


俺の腕の中で、なまえは嗚咽混じりに吐き出す。



「ゴメン」


子どもみたァに泣きじゃくるなまえを、俺はただ抱きしめて謝ることしかできへんかった。

約束忘れて、プリン食べて、怒らせて、泣かせて。

ほんまに酷いことをした。


「次は、一緒に行こ。絶対や」


月並みの約束。
忘れた直後やから、余計にうすっぺらく感じる約束。


『どうせ、次も忘れるんでしょ…!』


腕の中で、涙に濡れた瞳をきつく尖らせて俺を睨むなまえ。
あァ、俺はどないして、この子を怒らすことしかできへんのやろ。


「……良えこと教えたる」


こないなときに、言うつもりやなかってんけど。
しゃァけど、もうこれ以上悲しませたない。
怒らせたくもない。

最高に唐突で、

最高に脈絡のない話。


どうか、この言葉で笑顔を見せて。


俺は元々、怒ってるなまえの顔よりも、笑った顔が好きやから。



「なまえとずっと一緒におるっちゅうのは、前々から決めてたことやけど…」


俺の声は、どことなく震えていて。
それでも決意は固まっていて。

唐突な話に、怪訝そうな表情をして俺の腕の中で固まるなまえ。

なまえの前髪をそっと撫でると、前髪の分け目から涙目のままの瞳に俺が映る。
潤んだ瞳に映る俺はえらい歪んでいて、そして情けないくらい揺れとった。

怒らせたいわけやない。
泣かせたいわけでもない。


ずっと、笑っていて欲しいだけ。


「この先も、ずっと一緒に…いてくれへん?」
『……え』


涙目の瞳は少し大きく開かれて、俺を見据える。


「俺は、お前のこと泣かせたいわけでも…怒らせたいわけでもあらへん。ただ…俺の隣で笑っていてほしいねん」


きょとん、と俺を見上げる視線は自然と上目遣いになっていて。
潤んだ瞳が余計に愛おしさを倍増させる。


あァ、笑うてくれへんでも、怒ったり泣いたりするよりもその顔の方がよっぽど良え。


『ど…何で、急に…』


大きな目ェをくりくりさせる。
その瞳に映る俺は、さっきの様に揺れとるわけでも歪んどるわけでもない。

ただ少し困ったように笑う俺が居った。


「…なまえを、泣かせたないからな」


腕の中から少しだけなまえを離し、なまえの華奢な小指を俺の小指に絡めた。


「プリン、買い行こな」


優しく笑えば、なまえも笑った。

目尻に涙が滲む、柔らかな笑顔。



―…あァ、俺はその顔が見たかったんや。









( 時々怖いくらい甘いよね )( 良えからはよ返事せェ )

りん坊に、プロポーズ
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気怠い声で約束を。


( それは永久の誓い )

15.03.18.23:06




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