眠り姫に、プロポーズ
ああ、ボクの傍に君がいる。
ただそれだけで、毎日が明るい。
月並みやけど、君と出会えたこと。
それがボクの今日を彩る全て。
笑てまうくらい、ボクの世界は君一色で。
黒よりももっと濃くて、桃色よりもずっと優しい。
そないな色を、きっと人は「幸せ」言うねや。
「なまえちゃん」
『なァに、ギン…まだ冬だから寝てていいのよ』
瞼をぴくりと動かし、それでも頑なに目を開けようとしない寝起きの悪いボクの愛おしい子。
「熊やないねやから、冬眠せェへんやろ」
『うぅ〜…私は冬眠中なの。春が来たら起こして』
布団を無理に剥がそうとすると、いやいや。と首を振って布団にしがみつく。
温もりの残る暖かい布団に顔を埋め、5秒としない内にまた寝息が聞こえる。
暦は弥生。ただそれだけで日差しは暖かく感じ、項を撫でる風も心地よく感じる。
せやけど弥生の頭は春と呼ぶにはまだまだ寒く、窓の外に花の色はない。
「ボクのお姫さんは、いつから眠り姫になったんやろか」
苦しくなったのか、布団にうずめていた顔を出し、至極幸せそうな寝顔をボクに向ける。
そないな寝顔も、
笑ったときの目尻の皺も、
照れたときの頬も、
怒ると八の字になる眉も、
全部好きや。
愛おしゅうて、愛おしゅうて。
ボクのつま先から指の先まで、全てがなまえちゃんで染まる。
寝坊助なボクの眠り姫の額に静かにキスをすると、少しだけ眉を顰める。
なまえちゃんの表情の変化に、小さく笑って、ボクはそっと布団を抜け出してなまえちゃんのためのお茶を淹れる。
現世で浦原サンに頼んで仕入れた、現世のお茶。
花の香りがするこのお茶、名前が難しゅうて覚えてへんけど、なまえちゃんはこのお茶を少し濃い目で淹れたのが好き。
お湯を沸かして、茶葉を急須へ。
準備ができたら再び眠り姫のもとへ。
( 現世のお伽話にも、眠り姫があったなァ )
茨に囲まれたお城で長い間眠りについていた姫に、隣国の王子がキスをすると、姫は目を覚ます。
真実の愛は呪いを解くというけれど。
「ボクのお姫さんの呪いは手強いからなァ」
眠るなまえちゃんの隣で、独り言。
規則正しく呼吸するなまえちゃんの唇に、自分の唇を押し付ける。
少し乾いた唇の感触が伝わって、それと同時に一瞬なまえちゃんの呼吸が止まる。
唇をゆっくりと離すと、名残惜しそうな唇からリップ音が微かになる。
さァ、起きて。ボクのお姫さん。
君に、伝えたいことがあるんやから。
心の中で唱えながら、人差し指でなまえちゃんの唇をなぞった。
『―…ジャスミンの香り…』
まだ少し重そうな瞼をゆっくりと開けて、なまえちゃんが僅かに笑った。
寝起きの少し掠れた声に、思わず微笑む。
君の寝起きで始まる朝は、どんな朝でも愛に彩られる。
「せやで。なまえちゃんの好きなん、用意できとるよ」
肺いっぱいに空気をいれると、小さくため息をついて目を覚ます。
眠たそうに目尻の下がった瞳が、漸くボクを捉えた。
『おはよう、ギン』
桜色のなまえちゃんの唇が、弧を描いた。
あァ、ボクはその顔が一番好きや。
「ようやっと起きたな、眠り姫さん」
『ん―…まだ眠い』
一回一回の瞬きがゆっくりななまえちゃんに、ボクは笑った。
「仕方ないから、一瞬で目ェ覚まさせたる」
『ん〜?』
寝ぼけ眼をこするなまえちゃんの耳元にそっと近づいて、
これでもかというくらい、楽しそうに言った。
「ボクと、結婚しよ」
なまえちゃんの息も、表情も、動きも、何もかもが一瞬止まった。
『―…えぇええ!?』
ガバッと起き上がったなまえちゃんの唇を、待ってましたと言わんばかりに奪い取る。
「ほら、起きたやろ?」
『…か、からかったの!?』
ボクの腕の中から懸命に逃げ出そうとするなまえちゃんを、しっかりと捉えて、今度は正面を向いて言い放つ。
「からかってへんよ。ボクは本気」
さっきまでの寝ぼけ眼はどこへやら。
目を見開いて、焦げ茶色の瞳を朝日に透かせて。
真っ白な肌を赤く染めたら、
君を見据えて、もう一度。
春先まで眠る、眠り姫に。
呪いをとく唯一の魔法をかけた。
「ボクと、結婚してください」
真実の愛で、君は目覚める。
( 起き抜けに言う台詞じゃないよ )( それはそうと、返事は? )
眠り姫にプロポーズ
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君となら、どんな夢でも紡いでいける。
( 眠り姫は初めて、夢の終わりに恐怖する )
15.03.12.20:15