乙女の悩み事4








『うわぁあぁあああ!修兵のバカぁぁああ!』
「な、何だ何だ、どうした!」


子どもが泣き叫ぶような声が、俺を罵倒する。
俺は何もしていないぞ。












慌てて駆けつけたのは、脱衣所。
脱衣所の中から声がする。


「どうしたんだ、なまえ!入るぞ!」
『は、入ったらアンタの命、刈り取っちゃうんだから!!』
「じゃァ俺にどうしろっていうんだ!」


脱衣所の扉を隔てて、喚き合う。
扉の向こうで何が起きているんだ。
もし本当に俺のせいだとしたら、現状確認して謝らなきゃいけないし。
何かが壊れてしまっているのなら、悪化する前に直さなきゃいけない。


そもそも命を刈り取るっていうのは、俺のココイチの台詞なのに。
横取りされた感じに少しムッとする。



「……取敢えず、お前自身は無事なんだな」


安否を確かめると、中からは曖昧な返事。


『無事、と言えばそうだし。無事じゃないと言えばそうだし…』


なんだそれ、と眉をひそめながらも質問を続ける。


「怪我は?」
『心に重症を負った』
「何か壊したか?」
『壊れていてくれたら、と心底思ってる』
「お前に危害はあるのか?」
『大いに大ダメージを与えてくれた』


ダメだ、こりゃ。
完全になぞなぞ化している。


「どうしたらここを開けてくれる?」


という質問に対しては少し間が空き。


『……もう少ししたら、出るから待ってて』


さっきまでとはうって変わり、やけに大人しい声色。
何がどうしたっていうんだ。

俺は小さくわかった。と扉に声をかけ、居間に向かった。



心に重症…

大ダメージ…


そして冒頭の俺への罵倒。


今、あいつを悲しませているのは…俺のせいか…!?



居間を抜けて陽当りの良い縁側に腰掛る。
途端に頭に冷静さが戻り、なまえの放った言葉の数々をつなぎ合わせる。

そして最後の悲しげな声。


「お…俺は一体何をしてしまったんだ……!!」


透き通る空、通り抜けていく春風。

爽やかな陽気の下で、頭を抱えた俺の心情が場違い。









『う、わぁぁああ……引くわァ…』


足元の数字を見つめ、目を見開く。
口もポカンと開けたまま、身動きがとれなくなった。

金縛り…なのか、本当に指先一つ動かない。


近頃、私の周りで太っただの、ダイエットだの、そういった類の話があとを絶たない。
かくいう私も、久しく体重計には乗っていなかったため、興味半分で乗ってしまったのが運の尽き。


ここまで大幅に増えていると、誰が予想しただろう。


確かに、ここ最近虚の出現率が低くて戦闘には出てないし。
弥生は決算があるから事務処理でひたすらデスクワークの残業月。

おまけに冬は美味しいものがいっぱいで、ついつい食べ過ぎちゃう。

カロリー消費よりも、明らかに摂取量の方が多いのだから太るのは当たり前。
でも、私が太った大元の原因は…


『修兵の美味しい料理のせいだ…!』


修兵は料理が上手い。
べらぼうに上手い。

私なんて修兵に比べたら虫けらみたいなものさ。


和洋中、なんでもござれの修兵。

ついつい食べ過ぎてしまう。


『修兵のバカバカ。料理が上手いなんて本当に反則』


体重計の上にしゃがみこみ、膝を抱えて顔を埋める。


明日から炭水化物抜こう。そうしよう。
それから朝少し早めに起きて、阿近三席と市丸隊長の彼女さんと一緒に散歩しよう。

よし、早速今日の夜から炭水化物抜こう!


私は思い立ち、漸く脱衣所の扉を開けて居間に向かった。


『しゅーへー、今日の晩ごは…って、修、兵…?』


陽当りの良い筈の縁側に、一際暗い影ができている。
負のオーラをまとわりつけているのは、年中無休のノースリーブマンこと私の彼氏様。


『し…修兵?』
「!!」


恐る恐る声をかけると、勢いよく頭をあげて私の方を向く。
修兵の綺麗な黒髪が、春の日差しに透けて淡く光る。


「お、」
『お?』
「俺はお前に何をしてしまったんだ!?めちゃくちゃ考えたけど思い当たる節がなくて!でもきっと、俺の何かがなまえのことを深く傷つけてしまって、なまえに取り返しのつかない大怪我をさせてしまったんだろう!?俺はどうしたらいい?どうしたら、今まで通りお前の傍に居られる?」


冷静沈着な修兵が、ここまでパニクっていることと。
寡黙( むっつりスケベともいう )がテンパり過ぎて早口に何かをまくし立てているという珍しい光景に、思わず黙り込んでしまった。


「ッあぁあ!やっぱり俺が何かしたんだぁぁぁあああぁ」


黙っている私を、これでもかというくらい情けない顔をして暫く見つめた後、再び頭を抱えて負のオーラに飲み込まれた。

普段の冷静な修兵がここまで取り乱していることに驚きを隠せなかったが、何か言わないと修兵が壊れてしまうんじゃないかという恐怖感が勝って口を開いた。


『し、修兵の美味しい料理がいけないの!』
『ぁあぁあああぁ……ぁ?』


涙目でゆっくり視線を私に戻す修兵。
何この生き物、可愛い。


『修兵の料理、美味しいんだもの!食べ過ぎちゃうのよ!』


私が太ったという事実すら知らない修兵は、私が唐突につきつけた理由に混乱しているようだった。


「……それは、いいことなんじゃ…?」


片眉を器用に上げて私に問いかける。
子どものように、目の前の問題にひたすら疑問を抱いているような表情に、私は惨敗。


『私、太ったの』


がっくりと肩を落とし、修兵の隣にすわった。


「太、え?」
『だーかーらー、太ったの。修兵の美味しい料理食べ過ぎて』


開き直ったかのように、はっきりと修兵の目を見て言い放つ。


『あんたがどうしようもなくお人好しで、優しくて、私の好物ばーっかり作るから!』
私は、食べ過ぎちゃうのよ…


最後の一言はため息と共に吐き出した。
春の陽気に溶け込んでしまうほど、小さく薄く。

落ち込む私の隣で、修兵が静かに笑った。


「良かった」
『…はァ!?乙女に向かって、よくも太って良かったとか!!』
「た、タンマタンマ!太ってって意味じゃない」


修兵は両手を顔の前で振り、怒れる私を制する。


「俺が、なまえのこと傷つけたんじゃんくて良かった。って意味」


俺の言葉が足りなかったな。と少し困ったように笑った。


「まァ、傷つけたのには変わりない、のか?」


ははっ、と自嘲気味に笑う修兵に、私も静かに微笑んだ。


『ごめんね。それは八つ当たりよ。食べ過ぎちゃったのは本当だけど…太ったってこと自体は私の怠惰な生活が原因だしね』


修兵に向き直って、もう一度ごめん。と一言謝ると、修兵も優しく笑った。


『今日からヘルシーなの作ってね』
「ははッ 結局俺が作るのかよ」
『当たり前でしょ?私は、修兵の料理が一番好きなんだから』


へへ、と少し子どもっぽく笑えば、修兵も一緒になって笑った。


春の時間は酷くゆっくり流れていく。

私たちの愛も、

春風に乗ってゆっくりと流れていく。









( よし、じゃァ今日から野菜オンリーだな )( えッ!! )
- Syuhei -
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ゆっくり、じっくり


( 私たちの愛と春の旨みを閉じ込めて )

15.03.06.13:27




春のダイエット企画。
冬は食べ過ぎ注意。




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