乙女の悩み事3
そっと、つま先を体重計に乗せた。
赤い針がぐわんぐわん揺れて、ある数字を指し示した。
その数字は言うほど大きく変動していなかったけれど、最近サボっていたツケはきちんと出てしまっていた。
心の中で小さく舌打ちをしていると、脱衣所の外にギンの霊圧。
しめしめ。作戦開始。
体重計の上にしゃがみこみ、数字とにらめっこ。
『うぅううう〜…』
口を尖らせて唸っていると、私の存在に気づいたのか、ギンが動きを止めた。
廊下で静かに私の動向を探りつつ、どうしようかと考えているらしい。
そんなギンが愛しい今日この頃。
春はもう、すぐそこに。
指先に触れる風は少し暖かい。
乙女の悩み事はてさて、どないしたものか…
『うぅううう〜…』
ボクの愛おしい子は、
体重計に乗って唸っております。
ここで、どないしたん。声かけたら平子サンみたァになるし。
気付かんフリして中に入ろうとしたら、阿近サンみたァになる。
はてさて、どないしよ。
もし太ってしもたんやったら、元気づけてあげたい。
せやけど、下手に励ましてもなァ〜…
こういうときの女の子は、言葉の切れ端にえらい敏感になりよるから。
( 知らん顔しとこ )
結局ボクは、脱衣所を開けることも声をかけることもしやんと、くるり、背を向けて縁側へ歩き出す。
春が重い腰をあげ、漸くあと一歩のところまで来た空は、鮮やかに青い。
首筋を撫でる風も、心なしか暖かい。
色のない冬は終わりを告げて、暖かな華の色に包まれる季節。
彼女が、なまえちゃんが好きな季節。
なまえちゃんが好きやから、ボクも好き。
こない心地良え日は、彼女と散歩にでも出かけたいねやけど…
当の本人は、まだ脱衣所から出て来ィひん。
せや。ダイエットに協力したら良えんちゃう?
散歩と称して、少し遠くの甘味処に。。
あァ、あかん。もし太ってしもたんやったら、甘味処なんや唯の拷問や。
小川の綺麗なとこ連れてったら良えかな。
せやけど、まだ弥生の頭。
まだ寒いやろ…
運動したら体あったまるし、そないでもないか?
いやいやせやけど…
いろいろな考えが脳裏を駆け巡るけど、これや。言う案がない。
「…ボク、こない頭悪かった?いや、これは頭悪いのン関係ないしなァ…こればっかりは男が下手に口出すことやないし……」
『どうしたの、ギン』
「いやァな、ボクの可愛い子ォが脱衣所で唸っててん。どうにかして手助けしたかってんけど、ボクは男やし―…って、え!?」
考え事に夢中になりすぎ、口は意識とは関係なく勝手に動いとった。
なんとなく自分が何か喋ったような感覚が、口先に僅かに残る。
そんな違和感と背後に感じる霊圧。
あァ。こらあかん。修復不可能。
『ふぅん……見てたんだ』
「あ、いや、ちゃうねん。あの…何も見てへんよ」
しどろもどろな言葉。
口先で千切れては消えていく。
『乙女の秘め事…見たのね?』
低い低いその声に、一瞬背筋が凍る。
「いや、ほんまに!何も見てへんよ!誓う!神に誓う!あ、ボク死神や!えと、あの!」
『ぷッ…』
「へ?」
『あははッ ギンが!ギンがテンパってる!』
もうダメ、と堪えきれずに大口開けて笑う。
お腹を両手で抱え、ひィひィと苦しげに、至極楽しそうに笑う。
あれ、怒ってへんの?
きょとん、とするボクに、なまえちゃんは目尻に溜まった涙を拭いながら笑いかける。
『ごめんね、ギン。ギンが脱衣所の外にいるの知ってたよ』
私だって三席だよ?と少し誇らしげな表情が愛おしい。
『平子さんの彼女さんと、阿近さんの彼女さんの体験談聞いて、ギンの場合はどうなるんだろうって思って』
試しただけよ。と、悪戯っぽく微笑む。
『そしたら思いの外、テンパるから…ッく、ふふふっ』
笑いが収まらない彼女の声は、笑いを必死に押さえつけているからか、少し震えていて。
状況を理解し始めたボクは、彼女にハメられたことに漸く気づく。
「ふぅん、ボクんことからかったんやね」
少しだけ声色を変えて笑いかける。
すると、なまえちゃんの笑いはピタッと止まった。
『え、いや…そんなつもりは…』
「酷いなァ、ボクはなまえちゃんのこと。心配しとっただけやのに」
ゆらり、立ち上がってなまえちゃんの正面に立つ。
少し後ずさる彼女の右手を、素早く捕まえて引き寄せる。
「あかんよ、悪戯したら。ボクもしたなるから」
引き寄せた耳元で小さく囁くと、ボクの腕の中でなまえちゃんは小さく震えた。
鮮やかな青の下。
麗らかな春の風に包まれて。
ボク等の愛は、少し激しく揺れた。
( ダイエット手伝うたる )( ほんと!? )( ほな、寝室行こか )( !!? ) 乙女の悩み事 - Gin - --------------------
淡い華の季節、私の首には紅い華
( まんまと食された、春の午後 )15.03.04.13:01