乙女の悩み事2










「おー、ちょっと良いか?」
『き、来ちゃだめぇえ!!』


研究室の扉を開けようとすると、向こう側からものすごい力で押し返された。
そんな抵抗があるのは予想外だったから、完全に油断した。

扉はあっけなく閉まった。










―ガチャ。



……おまけに鍵までかけられた。



( ほォ。これは面白くねェな )


新米研究員として俺の下で忙しなく働いていたなまえ。

気がつけばただの下っ端から部下になり、

俺の右腕となり、

そして今や、俺の隣で愛を囁く関係にまでなった。

もっと詳しく聞きたい?
あァ、それはまたの機会に管理人のびす汰にでも言っておけ。(び:え…?!;)


と、それはまァ置いておいて、だ。


こんな風に明らかに拒否されると、俺としては面白くない。

…いや、頑なな態度を無理矢理服従させるのも悪くはない。

だが、俺なりに可愛がり、俺に懐いて尻尾をブンブン振っていた仔犬が急に背中を向けると、その理由を知りたくなる。

この研究室の分厚い扉一枚隔てた向こうで、なまえは何をやっているんだ…




「男……か…?」



小さな疑問がポツリと浮上し、一瞬で俺の胸の内を侵食した。
嫉妬?そんな可愛い感情じゃない。

もっとどす黒い。言うなれば、支配欲。
俺に愛想を振りまいていたアイツが、ある程度育ったら他の奴にまで尻尾振り出したのか。


「んなこたァ、許さねェ」


俺は扉に向かって待ってろよ。と唱え、廊下をたまたま通りかかった女性研究員に声をかけた。









『あーん、どうしよう…』


薄暗い研究室。
薬と真新しい紙、ダンボールの匂いが混じった独特な匂い。

きっと私の白衣にも染み込んでいる。



背中に伝わるひんやりとした感触は、鋼鉄の扉。

段々と私の体温を奪い、暖かくなっていくその扉の向こうには最愛の人。
何で押し返してしまったかというと。


時は半刻ほど遡る。
私は研究室の部屋の掃除をしていた。
古い書類の整理やサンプルの廃棄。

公共の場は綺麗に、自分の部屋は後回しタイプのA型女子。
いざ来客。ってときは死ぬほど綺麗にして、え?いつもこんなんだよぉ〜面する私。


明日は来客予定だったから久しぶりに部屋の掃除をしていたら、見つけてしまった。

書類を整理していたラックの下で、冬眠よりも深い眠りについていた埃被った私の旧友「体重計」さん。


体重を気にしているときは毎日乗っていたんだけど、いつの頃からか乗らなくなった。
被っていた埃を払い、恐る恐るつま先を乗せる。

ゆらり、赤い針が動く。
そしていざ、片足に体重をかけると予想の遥か上の数値を軽々と越す赤い針。
両足を乗せると、暫くメトロノームのようにゆらゆらリズミカルに揺れて、ある数字のを指した。


『ッッひ…!』


息を呑む、とはまさにこのこと。
一瞬息が詰まって呼吸を忘れる。

赤い針が指した数字は私が最後に見た数字よりも大幅にズレていて。
それが軽くなった方なら大いに大歓迎なんだけれど、明らかに重くなった方で。

赤い針が、私の今まで怠惰な生活を送ってきていたことを、厳しく指摘するかのように。
容赦なく、過去最大の数字を指し示していた。

目の前が真っ白、所謂ホワイトアウトする。

脳が混乱して、立っているのか座っているのかすら曖昧になったとき。



「おー、ちょっと良いか?」


愛する阿近さんの声。


『き、来ちゃだめぇえ!!』


咄嗟に体重計から飛び降り、鋼鉄の扉を勢いを殺さずに押し返した。
すると、扉は思っていたほどの抵抗もなくすんなりと閉まった。

私は再び開けられるのを恐れ、深く考えないうちに内鍵を閉めてしまった。


『―…イマココ、と…よし、整理できた―……って!!』


混乱すると紙に時系列に物事を書き出す癖のある私。
イマココ。にきたところで筆を放り投げ、頭を抱えた。


『どうしようどうしようどうしようどうしようry…これでは完璧に私が嫌な奴になる。というかなっている。阿近さんのことだから確実に私の想像し得ないことを考え挙句の果てには実行不可能なお仕置きまで考えている。しかもその不可能を可能にしてしまう男、それが阿近さん。そういつだって阿近さんは不可能を可能にしてきた。それはとても尊敬できるところだけれども今回ばかりはそんな男であったことを心のそこから後悔している。簡単に想像できるよ、あの鬼の様な形相。鬼のように見えているのは何故か額に生えているツノのせいなんだけど、ああ、額のツノ格好いいなァ。目つき悪いし眉毛ないし声低いんだけどそこがまた堪らんデヘヘ』
「……何をふじこってるんだ」
『いやァ、私の愛する彼氏様はとてもステキで格好良い上に本当に天才なんだけどその反面、鬼畜すぎるという話で、え!!?』



ガバッと勢いよく頭を上げる。
頭を抱えていた両手は、置き去り状態。

両腕で影になっていた分、顔を上げた時の蛍光灯の眩しさに一瞬目がくらむ。


『ぎ、ぎゃぁ―「叫ぶのは、お仕置き後にしろ」あぁぁ……はい』


ほらねやっぱり、お仕置きがあるんだ。
としょんぼり項垂れていると。

阿近さんは私から一旦離れ、戸棚やクローゼットを開けたり、ソファーの下を覗き込んだりするという、予想外の行動に出た。


『あ、阿近さん…?ナニシテマスノ』
「間男を探してんだよ」
『間男…?』


阿近さんの言動に漫画表記なら頭上に「?」マークが浮かぶ感じ。
何を仰っているのかしら。


『そんなものは居ませんけども』
「嘘つけ。お仕置きが厳しくなるだけだぞ」


ははーん、これは何か勘違いをなさっておりますな。


『どうしてそう思うんですか』
「俺が入ろうとしたのに、お前が抵抗した。お前がだ。俺が手塩にかけて可愛がったお前が、俺に反抗した」


俺が入ったらヤバイ状況だったんだろう。


ドスのきいた低い声。
ただでさえ低いのに、そんな低い声出したらマジで怖いッスよ。

て、いうかそれって。。。


『嫉妬、ですか?』


私の言葉に、阿近さんの動きが止まった。


「あァ?」
『ひィっ…鬼だ…!』


阿近さんは最高に睨みを効かせて、ゆっくりと私に近づいてきた。
ひぃいいぃ。喰われる…!


「よし、素直に答えろ。答えなかったら拷問だ。いいな?」
『ご、拷も……』
「いいな?」
『イエッサー!!!』


一際低い声に、敬礼付きで返事をする。


「じゃァ、まず最初の質問だ。俺に見られたくない奴はどこに隠した?」
『か、隠していません!!』


私の返事に、阿近さんは低い声でほォ。と眉をひそめる。

いや、ひそめる眉ないんですけど。


「じゃァどこにいるんだ?あァ?」


あ、阿近さん。完全にヤクザっす。

私は観念して震える指で部屋の隅に置いてある体重計を指差した。


『見られたくなかったのは、あれです…!』


私の指先を辿り、目標物に視線を送る阿近さん。
そしてそれを怪訝そうに見つめる。


「体重計…か?」


体重計から視線を逸らし、再び私に向ける瞳は子どものように疑問で満ちていた。


『ふ…太っちゃったんです。大幅に。自分でもショックで…。勢いで扉閉めちゃっただけなんです』
「あァ、漸く気付いたのか。お前ここ1年くらいで相当顔丸くなったよな」


それ、なんて衝撃…!


『き、気づいてたなら!』
「言って欲しかったか?本当に?俺ァあんまり言葉選ばねェぞ」
『す、すみません…』


阿近さんのきつい言葉でどストレートに言われたら、ちょっと立ち直れないかも。


「まァ、間男じゃないなら良かった」


珍しく阿近さんが素直に安堵している様子に、思わず二度見。
可愛い。なんて言ったら私の明日は永遠に来なくなりそうだから、黙っておく。


『それはそうと、阿近さん鍵はどうやって開けたんですか』
「あ?あぁ、廊下で通りすがった女にヘアピン借りてちょこちょこっとな」
『そ、それ犯罪です!』


相手がお前なら、良いだろ?
なんて、悪人面で笑っても許してなんてあげないんだから。


頬を膨らませていると、不意に阿近さんの骨ばった長い指が突き刺さった。


「で、何キロ太ったんだ」
『い!?それ、聞きますか?!乙女に!?』
「乙女である前に、俺の彼女だろ」
『いや、そうなんですけど、でもそれとこれとは別で―…』
「ほォ。折角ダイエットサプリ作ってやろうと思ったのに、別かァ。じゃあ仕方ねェな。頑張れ」
『え、あ、ちょッ!そんな!ワタクシはあなた様の彼女です、閣下!』
「…調子良いヤツ」






嫉妬?

いやいや、支配欲。


お前の全てが、俺のモノ。









( で、何キロなんだ? )(ぅ…●7kg…)( …!! )
- Akon -
--------------------
貴方は獣。


( 餌(ワタシ)を太らせ、いつか食すのでしょう )

15.03.03.23:01





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