仮初







言葉にすれば良え。

そう、たった一言、君に伝えれば良え。




せやけど、そのたった一言がこの仮初の関係を壊してしまうとしたならば。

ボクは容易にその言葉を言えると、誓えるやろか。






_________





「なァ、なまえちゃん」
『なんでしょう、市丸隊長?』


呼びかければ、優しい声色で返してくれる。
光に透けると仄かに桃色に透ける短く、柔らかい髪。

白い肌、左頬に小さなほくろ。
薄い唇、少し小さめの瞳に長い睫毛。

三番隊第三席のみょうじなまえちゃん。

ボクの仮初の恋人。


「女の子来よるから、こっち来てほしいねんけど」
『ええ、構いませんよ』


にこり、柔らかく微笑んで快諾するなまえちゃんの手をとり、ボクの元へと引き寄せる。


なまえちゃんの細い華奢な指にボクの指を絡ませると、すぐ傍を通り過ぎていく女隊士。



( ―…ねぇ、市丸隊長の隣 )
( 本当にみょうじ三席と付き合ってるんだね )



こそこそと、聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の声で、わざとらしく口元を隠して通り過ぎていくのは、自分で言うのもアレやけど、ボクのファンやった子たち。


鬱陶しくて、鬱陶しくて、敵えへんから。


でも、それはボクの中では唯の口実でしかなくて。
心の中で燻る、炎の種を君に打ち明けるのはまだ早くて。





「市丸隊ちょーぉ」


語尾にハートマークがついても可笑しない高い声。
明らかに地声とは違うその声に不快感を覚えながらも笑顔で一人、また一人と躱していく。

その日はやたらと声かけてくる子ォが多くて、甘い甘い人工的な香りに酔ってしもたボクは、ふらふらと渡り廊下を歩いとった。



『―…しつこいです』


凛とした声が空気を震わせた。


「少しぐらい付き合うてくれても良えヤン」
『い・や、です』


凛とした声には聞き覚えがあった。
思考を巡らせればすぐに出てくるその人物の名前は、


( ああ、三席のなまえちゃんやないの )


渡り廊下の向こうで押し問答を繰り返すのは、なまえちゃんと似非関西弁を操る他隊の名前も知らん男隊士。


向こうからボクは死角になっとって丁度見えへんのを良えことに、ボクはそのやり取りを凝視しとった。




「僕の何が嫌ナン?」
『すべて、です。貴方のその偽物の関西弁も、偽物の作り笑顔も、すべてが嫌なんです』


そうきっぱりと吐き捨てるが、男も中々しぶとい。


「手厳しいね、やっぱりなまえちゃんは。せやけど、そないなとこもかわええよって」


所々おかしなイントネーションが交じる似非関西弁に、聞いとるだけのボクにも不快感を与える。


『―…市丸隊長の真似をなさっているおつもりでしょうけど、今すぐにでも市丸隊長に謝罪すべきです』
「真似なんかしてへんよ〜?あっちが僕の真似しとるだけやん。僕の何考えとるかわからへん感じとか、関西弁とか」



なまえちゃんの瞳が、キッと彼を睨みつける。
そろそろ潮時やね。



「ボクんとこの子ォに何してはるの」




低い、低い声でそう撫でるように言い放てば、呼吸すらも止める男。



「い、ちまる…隊長…」


黒目が震える。
それは恐怖か、緊張か。


「何や可愛がってくれたみたいやね、ボクの彼女」
『っ市ま―むぐっ』


反論しかけたなまえちゃんの口を手のひらで覆い、声を閉じ込める。


「そ、んな…なまえちゃん、彼氏いないって―…」
「誰に許可貰て、"なまえちゃん"なんて気易く呼んではるの」
―…なまえちゃんは、ボクの。


ぐん、と霊圧を上げれば息苦しそうな男隊士。
これ以上上げると、なまえちゃんにも負担がかかるためギリギリのところで抑える。


「ひっ…」


殺気立ったボクの霊圧に震える呼吸。


「次、は。死ぬの覚悟してな」


そう言えば、声にならない声を残して情けなく逃げ去っていった。

そしてボクの手のひらをバシバシ、となまえちゃんが叩き、ボクは思い出したかのように手を離した。


「ご免なァ、忘れとった。苦しかったやろ」
『はァ…、どうしてあのような嘘を…』


唇を尖らせる彼女の声は、先ほどまでの凛々しさを無くし、透明感のある声に変わった。
それを聞いて、彼女はあのとき、緊張しとったのだと知る。
あまりにも凛々しく、平然と立っているものだから。


「こないやったらもっと早よ声かけとったら良かったわ」
『? なぜです?』


眉を潜めて怪訝そうな表情をするなまえちゃんを他所に、ボクはなまえちゃんの手を握った。


『っ、たいちょ』


指を絡めた直後に、渡り廊下を駆けてくる足音。


「いっちま〜るたいちょ〜お」


甘い甘い、作った声。
甘い甘い、作った香。

ああ、また来よった。


「市丸隊長、み〜っ……け……」


ひょっこりと顔を出すのが、可愛え想うてるのか。
角からボクを見て、栗色の緩く巻いた髪を揺らす。

その化粧で作られた瞳が捕えたのは、ボクとなまえちゃんの絡められた指。

厚塗りされたお粉。
濃くひいた紅。


『…ぁっ』


慌てて手を離そうとするなまえちゃん。
逃げようとする手を、ボクは逃(ノガ)さへんよう強く握る。


「―…何、ボクに何か用?」


冷ややかな声に、震える唇。


「そん、な。市丸隊長…彼女いないと…」
「それは勝手に君が勘違いしとっただけやろ?ボクはずっとこの子一筋やで。一度でも、君の気持ちに応えたことあった?」


君の偽りの外見から生み出されるのは、腐り果てた果実たち。


そないなものに手を伸ばすほど、ボクは愛に飢えてへん。


「ボク、前からこの子と付き合うてるで」


そう言い切れば、なまえちゃんは赤面して俯く。
その様子を見て、泣き出すわけでもなく唇を噛み締め、拳を握る女。


「なん、で……っ」


そう言い残し、彼女は走り去った。
残り香すらもキツイ、人工的な香り。


『よいのですか、このような誤解を招いてしまって』


申し訳なさそうに目を伏せるなまえちゃん。

ああ、君はわかってへん。

ボクは君の手を、こうして握るだけでも胸の奥を鼓動が叩くのに。
どうしてこれを誤解と言えようか。



「―…良えやん、ボクの彼女になって」
『っえ…』


ボクの言葉に驚愕するなまえちゃん。
ああ、あかん。
臆病なボクが顔出した。



「仮初、ってことでどない?ボクも女の子躱すの面倒なってきたし、君かて付きまとわれへんで済むやろ?」


とってつけたような理由。

せやけど、君はそれに納得したように。


『ああ、それなら納得です。互いに利点があるのであれば、不束者ですが…』


少し照れたようにはにかんで。


「ああ、ほなよろしゅうに」





そない、些細なきっかけから始まったのがボク等の仮初の関係。



彼女のそばには常にボクがいて、ボクのそばには彼女がいて。
時々、月に一度だけ買い物や散歩などして会うだけで。
その度に細い指にボクの指を絡ませるだけで。


それで良え思うてた。


すっと。すっと前から、君に惹かれとったボクにとって。
ボクの傍で、君が笑い。
君の傍で、ボクが笑い。
君に触れ、君を感じ。
それだけで十分だったはずやのに。


( ああ、なして人はこないにも貪欲なんやろうか )


もっと、もっとと求めてしまう。



『あの、隊長?』


その声に目を落とせば、不思議そうな表情をしたなまえちゃん。


「ん、どないした?」
『いえ、あの…』


そう言って頬を赤らめる。
何やろう思うて彼女の視線を辿れば、そこにあったのは繋がれたままの手。


「…ああ、離さなあかん?」
『い、いえ…』
「ほな、もう少しこのまま」


ボクは今までよりも強く彼女の手を握り締めた。
ほんまはもっと触れていたい。
抱き締めてしまえたら良え。

せやけど、臆病なボクが邪魔をする。

こない仮初の姿やったとしても。
この関係を壊すくらいなら、ボクはこの想い打ち明けへんでも良え。




そう、決めたはずやのに。










―…心臓が、鳴り止まない。


動機が激しい。
息が詰まる。

ああ、血液が廻る。



私は、貴方がとても好きです。







ある日のこと。
一番嫌い、といっても過言ではないほど嫌いな男性隊士に、絡まれていたところを助けられたのが始まり。




「―…良えやん、ボクの彼女になって」
『っえ…』





耳を疑ってしまいそうなセリフ。
私の夢の中で終わるはずだった物語が、急に現実にひょっこりと顔を出した。そんな瞬間。


驚いて何も言えずにいる私は、あなたにどう映ったのか。

私たちの関係は仮初、という形で始まった。




夢のようだった。

いつも、傍に彼がいて、彼の傍には私がいて。
手を繋いだり、お散歩したり。

でも、人は欲張りね。
あなたと触れ合うようになってから、もう季節は一巡してしまった。

あなたを傍に感じるようになって、私は。
あなたにもっと、触れて欲しいと思うようになってしまった。





( それこそ、夢物語なんだろうけど )


はぁ、と小さく春先の渡り廊下にため息を零した。
ここは、私たちの仮初の関係が始まった場所。


考えに耽っていると、背後から嫌な霊圧が近づいてくるのがわかった。



( この霊圧は、覚えがある… )


記憶を引っ張り出してきて、僅かに脳裏を掠めた人物。
ああ、市丸隊長に付きまとっていた子―…


「―…みょうじ、三席ですよね」


渡り廊下の角を曲がり、私の元へとゆっくり近づいてくるたび、鼻腔に入り込む咽せ返るような甘い香り。


厚塗りされたお粉、濃い紅、頬に散らされた桃色の粉。
現世で流行っている、という人工的睫毛、人工的な不自然な色と大きさの瞳。

偽りだらけの彼女は、一歩、また一歩と私に近づく。


「貴方を、どれだけ憎んだことか」


私に向けられて発せられる声と、憎しみ、怒りを込めた霊圧だけが、唯一偽りのない彼女だった。



『私が、あなたに何かしましたか』


私は冷静でいようと心がけた。
しかし、彼女は静かに嗤った。


「憎いのよ、憎いの。あの人の心を奪った、貴方が憎い」


憎い、と連呼する彼女。
その低い声で続ける。


「あの人をずっと見ていたから、わかるわ。あの人はいつでも貴方のことをおいかけていた。あの人の瞳はいつもあなたを捉えていた。それがどれだけ悔しかったか」
―…貴方には、わからないでしょう?


くすくす、と吐息を含んだ笑い声。


「いつかは私のこと見てくれるって信じてた。でも、彼は貴方を選んだ…。でも、この一年あなたたちを観察してわかったの…」


彼女はそこで一度言葉を切ると、作られた瞳で私を見て微笑んだ。


「あなたたち、付き合ってないじゃない」


その言葉に脳が震えた。
何故、なぜ、ナゼ?
どうしてバレたの。

私は彼のように誰にもばれない仮面など、持ち合わせていない。


「ほうらね、やっぱり」


にんまりと笑った彼女は、もう、


私の目の前




「彼のこと、返して」


吐息が唇にかかるほどの距離で、低く唸る彼女。

ああ、こういうとき、何時もなら異変に気づいて彼が飛んでくるのに。


―でも、そんなに上手い話は夢の中だけで。
現実では唯の仮初でしかなくて。

彼が本当に私のことを想っている保証なんて、どこにもなくて。




―…それでも…

彼を手放したくない、と思う私はなんて狡いんだろうか。



『嫌です』



震える声。
それでもきっぱりと。

その否定の言葉を聞いても、彼女の笑顔は崩れない。


「まァ、そういうと思っていたわ」


予想内よ。そう、不敵に嗤う。


「嫌なら嫌って言っても構わないわ。だって、それは貴方の願望でしかなくて、それが叶う、なんて何の保証もないもの。あの人があなたとの別れを快諾したら、あなたのそんな言葉、唯の言葉でしかないもの」


ふふっと、それはそれは嬉しそうに嗤う。

そんなことない、と。
言えるわけがない。

私は仮初の恋人だから。





「結果はどうであれ、邪魔は邪魔だから」


彼女がそう言うと、不意に背後から口を塞がれ手を取られた。


「暫く、姿見せないで頂戴」


口角をあげ、笑った彼女を。
醜いと思ってしまったのはきっと、彼を取られるかもしれない焦燥感のせい―…



景色が流れ、瞬歩だと気づいた頃にはもう、知らない部屋に放り投げられたあとだった。


ドサッ、と鈍い音と痛み。
顔を顰めながら見上げると、そこにたっていたのはいつぞやの似非関西弁男。


「よォ、久しぶりヤナァ」


にやり、嗤う男が気持ち悪い。


「市丸隊長の代わりに、僕がこれからは可愛がってやるよ」
『い、いや…嫌だ…っ』



ぬるり、触れられた箇所が毒を浴びたように痺れて気持ちが悪い。
細胞が叫ぶ、この男は嫌だ、と。


『ッいやああ』














( ―…なまえ、ちゃん? )


ふと、なまえちゃんの声が聞こえたような気がして。
書類に走らせていた筆を休めて天井を仰ぐ。


「どうかなさったのですか、市丸隊長」


イヅルの心配そうな声に、ボクは視線をイヅルに遣る。


「なァ、なまえちゃんの姿を見てへんのやけど」
「ああ、みょうじ三席でしたら先ほど、女性隊士と話している姿を見かけましたよ」


イヅルの言葉に嫌な予感が背筋を走った。


「それ、どないな子?」


ボクのセリフに視線を斜め上に向けて考え込む。


「僕からは背中しか見えなかったのですが、栗色の長い髪と…

離れていても漂う、甘い匂い―…



ボクはイヅルの言葉を全て聞く前に、ちょっと出かけるという言葉を残して隊主室を飛び出した。

タンッと、乾いた音とともに襖が開かれ、駆け出そうとしたボクの目の前には。


「お久しぶりです、市丸隊長」


噎せ返るような甘い匂い。


「…なまえちゃんを、どこにやったん」


彼女の体から僅かに感じるのは、なまえちゃんの不安定な霊圧。なまえちゃんに何かあったのはすぐわかった。


「市丸隊長にお話があります」
「―…」


ボクの質問に答える気ィなんやあらへん彼女の言葉に、ボクは黙った。


「みょうじ三席とはお付き合いされていなかったのですね」
「なしてそう言えるの」
「みょうじ三席が認めました」
「ほんで、それやったらなんなの。別になァんも悪いこと違うで」
「ええ、ですが。彼女はあなたと別れたいそうです」


別れ、という単語が脳を打った。
ぐらり、歪む視界。


「…そういう話やったら、なまえちゃん本人から聞かなあかんわ」
「みょうじ三席でしたら、もう既にほかの男性隊士の元へ行かれました」
「そないな嘘、信じるとでも?」
「嘘だ、と思うのでしたらご自由に。私は事実しか述べておりません」


作られた偽りの顔からは、何もわからへん。


「市丸隊長も別れを望むのであれば、私からその旨お伝え致しますよ」


嬉々としてそう言う彼女に、ボクは冷ややかな視線だけ送った。


「君も、暇なんやね」


それだけ告げると、ボクは彼女の横を通り過ぎて廊下を歩く。
その後ろを小走りでついてくる女。


「なぜ、なんで私を見ないんですかっ」


こんなにも貴方を想っているのに。

腐り果てた果実がまた一つ、偽りの彼女から生み出された。


そない彼女を無視して、ボクは廊下を突き進む。


「どうして…うまく、いかないの…」


彼女の呟きに脚を止める。


「君がなまえちゃんの所為や言うのは、甘えやで。振り向いてもらえへんのを他の人の所為にしたら、それは楽やもんなァ」


ボクの言葉に何も言い返せへんようなったのを確認して、ボクは瞬歩を使った。

まだまだ考えが浅いなァ。

他の男隊士、の言葉。
彼女に移っていたその男のものと思わしき霊圧。

そして、少し離れたところに感知できるなまえちゃんの変わらず不安定なままの霊圧。

本気でボクからなまえちゃんを離したいねやったら、霊圧も

すべての言質もとられへんようにせんとなァ。


ボクは二歩ほどの瞬歩で、なまえちゃんの霊圧の場所へと辿り着いた。

結界も貼ってへん、唯の部屋。
その襖に手をかけたとき。







『ッいやああ』







愛おしい人の声。











―タンッ…



乾いた音が空気を揺らした。
情けないことに、涙で瞳を濡らしていた私の視界は酷くぼやけ、何が起こったのか把握するに時間がかかった。

しかし、入口付近にあるのは、この一年ずっと傍にあった霊圧。



『ぃ、ちま…隊ちょ』


ぐすぐすと、嗚咽混じりの声で彼の名を呼ぶ。
普段とは全く違う、禍々しいその霊圧は苦しいけれど、それでも彼がここにいるのだと思おうと安堵感が私を包み込む。


「ど、どうして此処が…」


息苦しそうな声が頭上から降ってくる。
今、私は両手を頭の上で拘束され、仰向けに寝かされている。
その私に馬乗りになっているのは、似非関西弁男。


「…あーらら。ボク、忠告したやんなァ」


冷たい声。
鼓膜にぬるりと張り付いて、嫌な汗を噴き出させる。


「なまえちゃん泣かすのは、
死ぬゆう意味やぞ
」]


下に組み敷かれている私に、似非関西弁男の震えが直に伝わってくる。
ガクガクと、呼吸すらも許さない圧倒的な霊圧。


「縛道の六十二・百歩欄干」
「ぐ、ぅっ」


複数の光の棒が、似非関西弁男を捕えた。


「なまえちゃん…怖かったやろ」


彼の優しい、大きな手が私の頬を包んだ。
骨ばった指先が、涙の筋を辿る。


「もう、大丈夫や」


彼の宥めるような優しい声色に、私は子どものように泣いた。


「さて、どないしてくれようか」
「ッフー…フー…ッ」


恐怖と縛道により、呼吸が荒くなり汗を流す男。
男を彼の冷めた瞳が捉えて離さない。


「死ぬいうてもなァ…なまえちゃんの前で、手ェ汚したないねん」


どないしよ。
まるで子どもが悪戯を考えているように、至極楽しそうに嗤う。
そして、閃いたように口角を上げた。


「ああ、せや。十二番隊長はんが、新しい人材募集してる言うてはったわ」
勿論、人体実験やけど

「い、いやだ…いやだ、いやだいやだいやだ」


ガクガクと震える唇から紡ぎだされるのは拒絶の言葉。
十二番隊隊長の涅隊長は、残虐残酷で有名。
人体実験にされ、今も生きている人は娘のネム副隊長のみ。

そんな人に似非関西弁を操る彼をやったら、それはもう死を約束されたも同然。


彼はくすくすと笑いながら、手元に地獄蝶を呼んだ。

恐怖に慄き、目の焦点が定まらなくなっている男を見据える彼の元に、ひらひらと舞うのは黒い揚羽蝶。


「人材確保したで」


甘美な声で地獄蝶に囁く。
その後、場所や人体の特徴を伝え再び地獄蝶を放す。


「ほな、ね。君、悪運強そうやから、きっと生きて帰ってこれる思うで」


百歩欄干の所為で身動きひとつ出来ない彼が、悔しそうに吠えた。
獣のように、全てを諦めたかのように吠えた。


そんな男を他所に、寝転ぶ私の拘束を解き、優しく羽織をかけ、そのまま抱き上げる大きな腕。


『あ、市丸隊長…私、自分で…っ』


歩けます、そう言おうとしたけれど市丸隊長が珍しく仮面を貼り付けていない素顔を見せるものだから。


「ほんま、心配したわ…」


はぁ、と深い溜息を漏らす。


「取敢えず、三番隊舎に戻ろか」
『ぇ、わっ』


急な瞬歩に驚いて身を縮めていると、もうそこは既に三番隊舎で。


「死覇装、着直しといで」


そう言うと、隊主室へと私を押し込んだ。
誰もいない隊主室で、私はもそもそと着崩れた死覇装を着直した。

終わったところでタイミング良く市丸隊長が声をかけてきたから、私は戸を開けて彼を招き入れた。


『申し訳ありません、巻き込んでしまって』


そう謝罪を述べたが、彼は私をきつく抱きしめた。
状況の整理が追いつかない脳は、唯々彼の匂いと体温だけを感じていた。


「ボクが巻き込んだんや…なまえちゃんの所為やない」


震えているような、そう勘違いしてしまいそうな声。
子どもがすがるような息遣いに、私は思わず彼の背に手を回して、抱きしめ返す。


「ボクな、怖かってん…君がボクの傍からいなくなるのが」


そう、ぽつり、ぽつりと落とすように話す。


「ほんまのボクの気持ち伝えたら、この仮初の関係ですら壊れてまいそうで…せやから、今まで言えへんかった」
『…隊長?』












君の、涙を見たときに怒りがこみ上げてきた。
ボクの中にも、こないどす黒い感情があるのやと、思い知った。


今、震える腕のなかにはなまえちゃん。
例え、関係が壊れてしもたとしても。

それでも、臆病なボクの所為で君が傷ついてまう方が、よっぽど嫌やと気づいた。

ボクが傷つきたくないから。
ボクの気持ち、今まで言えへんままでおったけど…


曖昧な仮初の関係の所為で、君が涙したから。


ボクの目の前で、君が傷ついてしもたから。


仮初の関係が壊れてまうよりも。
君が泣く姿を見ることが、怖なってしもた。




柔らかな、花の匂いのする髪に鼻を埋める。
鼻腔から肺へと流れ込む、心地よい香り。

白い肌、少し高めの体温。


失いたくは、ない。
せやけど、傷つけたくもない。


君を、大切にしたい。




「大事な話や。もしかしたら君がボクの傍から離れてまうかもしやん。そんな話」


ビクッと、腕の中でなまえちゃんが震えた。


「ボク、ボクな…なまえちゃんのことがほんまはずっと前から好きやってん」
『―…え?』
「あの日、君が絡まれているのを良えことに、この仮初の関係を作ってしもたけど。ほんまは仮初なんや物足りひん」


ゆっくりとなまえちゃんを離し、向かい合う。
君の瞳が僅かに濡れている。

その瞳に映るのは、情けなく微笑むボク。
君の前では、たった一言でさえ言えへんようになってまう、唯の男。


「なまえちゃんの全てが欲しい」
―…せやから




「ボクと、付き合うてください。」




『ッ…はい…!』



強く頷くなまえちゃんを、もう一度きつく抱きしめた。






震える唇で紡いだ
仮初
--------------------
仮初の関係を終わらせるコトバ。


( 続編に続く )

13.12.31.13:20

 

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