強がりな君に、静かな優しさを






なんてこった。予想外だ。


( 一歩も動けない…… )


春です、麗らかな春です。
淡い桜色に染まる季節。

私は今、

玄関で蹲っています。



『ぅ、うぅう…』


鳥肌が立つ。
あまりの痛さに目眩すらしてきた。
冷や汗が止まらない。


何故、こんなにも苦しんでいるかというと。
私が女である限り、月に一度ご対面しなければならない。

―…女の子の日なのです。



下腹が重い。腰が痛い。骨盤がミシミシと音を立てる。
この下腹は子宮がある部分なのか…
子宮に重りを入れられたような感じ。
背中は丸めようが伸ばそうが、どっちにしろ痛い。
頭痛もするし、最悪な場合は吐くこともある。

何を隠そう、私は生理痛が重いタイプなのだ。


生理予定日は明日だから油断していた。
就業中、なんとなく下腹部に違和感を覚えながらも仕事をしていたが、午後にソレは突然訪れた。
ドロっと、出て来る感触。女子ならばみんな経験があるだろう、そう、あの感覚。

ヤバイ!!と本能で分かる、アレだ。

トイレに駆け込めば、下着も襦袢も残念なことに。


それから暫くはどうにか耐え忍んだが、夕方にもなると下腹部の重みは限界を迎える。
背筋を伸ばして立つことも儘ならず、元々貧血体質の私はみるみる顔が白くなっていく。

漸く就業時間が終わる頃には、話すことすらできず、弱々しく微笑む以外にリアクションが取れなかった。

普段は頼まれてもいないのに残業をしていくけれど、今日は終業の鐘と共に誰よりも早く執務室を出た。
帰る先々で声をかけられたりしたけれど、どれにも応えている余裕はなかった。

唯ひたすらに、自宅への路を歩いた。



―…そして、現在に至る。




自宅の鍵を開ける手さえも震えだし、これはいよいよ末期症状。
自宅に滑り込んだ瞬間、緊張という名の糸が全て切れた操り人形のように。
自身の体を支える術がなくなり、その場に崩れた。



どのくらいそうしていたかは分からない。
痛みと目眩の所為で、時間の感覚が狂った私はもう数時間もそこに座っていたような気がした。
下腹部を抱え込むように、これでもか、というほどに背中を丸めて小さく小さくしゃがんでいた私の背後で、扉が開かれた気配がした。


「あーらら。何してるんスか」


聞こえてきた声に安堵し、一瞬痛みさえも消え去った気がした。


『き、すけェ…』


痛む体を無理矢理動かし、ゆっくりと振り返る。
私の後ろには、眉尻を下げて困ったように笑う喜助がいた。


「なまえさん、こんなところで座り込んでたら余計に体冷えますよ?」


優しさに包まれたような、耳に心地よく響く声。


「薬、飲まなかったんスか?」


喜助の質問に、首を横に振るだけで答える。


「全く、貴女という人は…」


少し呆れたような、ため息混じりの声が頭上から降ってくる。

だって、予定では明日の筈だったんだもん。
と、心で不貞腐れる余裕はあるけど、それを声に出す余裕はなかった。

喜助は下駄を脱ぐと、するり。私の横を通り抜けて室内に入る。
視線を再び喜助から地面に向けた。

足音は私から遠ざかり、部屋の奥へと消えていった。


( 喜助の薄情者め… )


動けない私を、玄関先に放置して自分だけ部屋に入るなんて…

もう顔を上げる体力すらない私は、恨めしく地面を見つめるだけしかできなかった。

仕方なく室内の音に集中していると、忙しなく動く足音と、衣擦れの音。
それから―…


……あ、こっちに来た。


俯く私の狭い世界に、喜助の形の良い足が現れた。


「少し、揺れますよ」


そう言うと、喜助は静かに私の横に回り込み、膝をついた。
そして私の肩を抱いて、するりと膝の間に腕をすべり込ませた。

鼻腔をくすぐったのは、少し薬臭い喜助の香り。


喜助は軽々と私を抱き上げると、そのまま寝室へと運んでくれた。
揺れないように、優しく、静かに。


寝室には布団が綺麗に敷いてあって、さっきの衣擦れの音の正体を知った。
そこに、壊れ物を扱うかのように優しく私を下ろすと、手ぬぐいに包んだ湯たんぽを、私の下腹部の上に置いて布団をかけてくれた。


「湯たんぽ作ってたんで、お迎え遅くなったんスよ。すみませんね、寒い玄関先に置き去りにして」


少し頼りなさげに笑う喜助に、私は静かに首を横に振った。
喜助の骨ばった長い指が、私の前髪をなでた。

指先から香る、喜助の匂い。


「寂しかったでしょう、あそこに独りにされて」


私を見透かしているかのように、少し意地悪に微笑んだ。
悔しいけれど、その表情も好き。


『…ありがと』


たった一言を絞り出すだけでも、下腹部がズクズクと痛む。


「良いんスよ。大事ななまえさんに、何かあってからじゃ遅い」


いつもの茶化した口調じゃなくて、もっと真剣な声に心臓が跳ねた。


「薬、作って来ますね」


そういって立ち上がろうとする喜助の、死覇装の裾を引っ張った。


『行かないで…』


小さくねだるその声は、熱を出した子どものように弱々しい。
でも、喜助はそんな私に嫌な顔一つせず、ただ優しく微笑んでくれるから。
私も、つい甘えてしまう。


「なまえさんがそう言うなら、仕方ないスね」


喜助は元の位置に戻って、私の前髪を撫でる。


「眠るまで、傍にいますよ」


喜助のその言葉はまるで子守唄のようで。
あまりに心地良いものだから、私は貧血も相まって瞼が重くなり始めた。


ああ、でも。
このまま寝てしまったら、喜助はいなくならないだろうか。

ずっと傍にいてくれるのだろうか。

私が目覚めた時に、傍に居てくれなかったら嫌だなァ…


なんて、自分でも子どもじみた我儘だとわかっているけど。
体調悪い時はどうにも押し殺せない、このさみしさ。


それでも容赦なく夢は私を引っ張るから。
私は瞼が徐々に落ちていくのに抵抗すらできない。

視界が暗くなり始めた頃、喜助の甘い声が降ってきた。


「手、繋いであげます。貴女が起きるまで、ずっと」


そう言って私の右手に喜助の温もりが触れたから、私は安心して瞼を閉じた。
瞼を閉じると、待ってましたと言わんばかりに猛スピードで夢が私を連れ去っていった。






「―はァ…」


漸く眠りについたアタシのお姫さんは、どうにも人に頼ることができないらしい。
朝から顔色が悪く見えていたのは、アタシの気の所為だけじゃなかったんスね。
朝に強引でも休ませておけば良かったッス…。

意地っ張りで強情で頑固。
クソが付くほど真面目ななまえは、目を離すとすぐに限界突破してまで動き続けてしまう。

そんなんじゃァ、何時壊れてしまうか分からないほど。
人一倍早く、忙( セワ )しく動くものだから、過保護なほどに心配してしまう。

けど、彼女は誰よりも負けず嫌いだから、人が助けの手を伸ばしても、それに縋ろうとはしない。
本当は死神を辞めさせて、家の中にいてほしい。
それがダメなら、せめて自隊の十二番隊に引き抜いて手元に置いておきたい。


「…きっと、どれも嫌だと言うんでしょうねェ」


アタシは独り、なまえが眠る部屋にそうぼやいて、なまえの前髪を撫でた。
眉下で切り揃えられた前髪は、元々童顔の彼女をより一層幼く見せる。


触り心地の良いサラサラした髪が、

大きな瞳が、

少し丸い輪郭が、

柔らかな体が、

強気な声が、



全て、


「大好きッスよ」


彼女の前髪を避けて、現れた白い額に唇を押し当てた。
少しくすぐったそうに眉を顰めたなまえの夢に、一瞬でもアタシが出てきたら良いのに。


そう願わずにはいられない、今日この頃。

春先の風は、まだ少し冷たい。








春先の淡い夢の中に、
強がりな君に、静かな優しさを
--------------------
貴方がいてくれたら。と強く願う。


( ひたすらに甘々な浦原さん )

15.03.11.21:13







 

[back]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -