早始相愛





オレの隣で、

怒るのも、泣くのも、寝るのも
―…笑うのも。全部、おまえが良い。
というより、おまえじゃないと、嫌なんだ。
おまえの隣も、オレじゃないと嫌なんだ。


( ンなクセーこと、言えっこないけどォ )


ついでに、今年の年の瀬にも隣にいたい、なんていうのは流石に烏滸がましいから夢で見る程度で済ませた。
オレの気持ち全部纏めると、四百字の原稿用紙二枚分くらいにはなるから、結局いつも言えないまま、代わりに溜息を吐き出す。唯の溜息はいつの間にか、空気中で水蒸気に変わって白くなった。
指先は冷たくなり、鼻先は寒さで痛い。あぁ、もう冬か。なんて自覚するまでもなく、北風は襟元からコートの中へと侵入していく。


「寒っみ…」


大晦日、もうあとは神頼み。と言わんばかりの受験生たちでごった返す神社。悲しきかな、オレもその内の一人で、年明けすぐに待ち構えているセンター試験に夜な夜なビビりながら過ごす毎日。


[ 荒北、お前も一緒に初詣行かないか ]


期末テストを終えたオレのLIMEに届いたのは、新開からのお誘い。断る理由は受験前だからという以外になくて、その受験も神頼みだと思えば断る理由はなくなった。二つ返事で行くと答えた。


「…でェ、なーんでみょうじチャンまで居ンだヨ」
「オレなりの采配のつもりだったんだけどな」


バキューンポーズをされて、オレにすンな。とその手を弾いた。いつもの部活のメンバーだと思っていたら、新開の友達やら東堂のファンやらが集まって、それなりの人数が集まっていた。


「てか何で知ってンのォ?」
「オレとおめさんの仲じゃないか」


意味深に、何かを含んだような笑みを向ける新開。そういう表情さえも絵になるコイツに、もう腹は立たなかった。


「答えになってねーヨ」


結局のところ、オレが分かりやすいのか新開が鋭いのかは分からないまま。曖昧な微笑みで許すあたりオレは新開に甘い。


「そんなことより、みょうじに話しかけて来なくて良いのか」
「い、言われなくても行くヨ!!」


急かすような、少しからかうような新開の煽りに、つい乗ってしまったオレはバカだ。でも言ったからには引き下がれねぇ。オレは僅かな緊張を指先に纏わせて何気ない顔を必死に作って、友達と談笑を終えたみょうじチャンに近づいた。


「ンな格好で寒くねーの」
『…わ、珍しいね。荒北から話しかけてくるなんて』


少し驚いたような笑顔でオレを迎えたみょうじチャン。一年からずっと同じクラスで。はみ出しモンのオレを煙たがらなかった唯一の存在。誰に対しても平等に接する姿や、オレにも変わらない笑顔を向けてくれる姿に惹かれて、気がつけば―…っていう有りきたりなパターン。
だけど、そんな淡い想いでも三年も心の中で燻り続ければ、低温火傷したようなじゅくじゅくしたような跡ができる。
絆創膏も貼れないような火傷が痛くて、気持ち悪くて、この想いを洗いざらいさらけ出しちゃえば、この傷も治るンじゃないかなんて思うオレは最上級のバカかもしれない。

そんな自分のバカさ加減にほとほと呆れる、吐息さえも白く凍る寒さの中、みょうじチャンは膝下までしかないブーツと、制服と変わんねーくらいの丈のスカートを履いていた。学校で見る時と変わりないくらいの露出に、見ている方が寒くなる。


「いつもオレから話しかけてねーみてェじゃンか」
『ふふ。でも、本当のことでしょ?』


含むような笑い方はみょうじチャンだからこそ許せる。他のやつにされたら蹴飛ばしてェくらいにはイラッとする。


『因みに、制服よりは厚着してるから心配されるほど寒くないよ』
「…そーかヨ」


それもそうか。ブーツだって明らかに靴下よりは寒さ凌げるだろうし、制服みたいに規定やら規則やらがない分、いくらでも防寒できるよな。そんなことを一瞬で頭で理解すると、オレって今、すげーバカなこと聞いたンじゃね?と変な不安が心を揺さぶるけど。隣で小首を傾げるみょうじチャンは気にしてなさそうだから少しホッとした。


「つーか、何で居ンの?知らない奴らしか居ないなら、つまらないんじゃナァイ?」
『私は推薦で受験終わったし…、東堂くんファンの友達と一緒に新開くんに誘われたから来たの』


来て欲しくなかったの?と、最後に意地悪な質問は忘れないみょうじチャンにはいつも参る。


「楽しいならいーけど」
『楽しいよ。荒北もいるしね』
「バッ、バァカ!」
『ははっ』


みょうじチャンの張った罠に、まんまと掛かった気分だった。耳の先まで赤くしているであろうオレを見て楽しそうに笑うみょうじチャン。宙を白く染める吐息がみょうじチャンの輪郭をぼかして、冬らしく淡く描く。


『それにしても、寒いね』


白い肌は、血の気が感じられずにより一層白く見え、小さめの鼻の頭は赤くなっていた。


「…あー、ちょっと待ってろ」


オレは一言だけみょうじチャンの元に置いて、くるりと背を向けて近くの屋台へと向かう。体の温まりそうなものは何処も行列が出来ていて、その中でも比較的列が短い屋台で甘酒を二人分買った。紙コップ越しに感じる温もりが、じんわりと指先に広がる。


言葉だけ置いてきたみょうじチャンの元へと戻ると、


「おねーさん、1人?」
「はぐれちゃった?一緒に探そうか?」


ナンパなのかただの親切な通りすがりかは、さすがにオレにだってすぐ分かる。必要最低限ギリギリレベルの筋肉がついた細い腕と、だらしない姿勢。まあ、あれくらいならオレだけでもどうにでも出来るだろ。と判断したオレは、みょうじチャンの傍に何食わぬ顔で近寄った。


「ほらヨ」
『…ぇ、あ…。荒北』


スッ、と滑るようにみょうじチャンの隣に立って、紙コップを渡す。弱々しい瞳が精一杯睨みを効かせた、威嚇するなら正直逆効果だろ。と本気で思うような表情が少しだけ緩んだ。

紙コップから立ちのぼる柔らかな湯気が、冬の乾いた風に吹かれて揺れる。その向こうで、少しだけ潤んだみょうじチャンの瞳も揺れる。


「―…何か用かヨ」


ちらり、噛み付くように二人組の男を見れば、聞き取れないくらいの音量でぼそぼそ文句言いながら去っていった。


『あ、ありがとう』
「んー」


そのありがとうは、甘酒に対してなのか。二人組を追っ払ったことに対してなのか。分からないからとりあえず曖昧な相槌だけで応えると、


『ちょっと、怖かった』


と震える溜息が白く残って、ゆっくりと消えた。
あぁ、そっちか。と漸く答えが出たところでオレは甘酒を啜る。


「オレも一人にしちゃってごめんねェ」


甘酒を胃に落とすと、白い吐息は色を濃くする。


「こんな短時間で絡まれるなんて、モテモテじゃナァイ」
『バカにしないでよ』


にやり、笑って見せるとみょうじチャンは不貞腐れたみたいに頬を膨らませた。あー、その顔たまんね。


「…つか、オレ達完全に置いてけぼり喰らってっけどォ、どーする?」
『え?…あ!本当だ。誰もいない』


今までいたメンバーは誰一人としてその場に居なくて、みょうじチャンの持つ甘酒の湯気が、余計色濃く見えた。


『荒北、部活メンバーと合流したいよね?』


眉尻を下げるみょうじチャンの言葉に一瞬だけ息が止まった。
その言葉を肯定すれば、みょうじチャンと一緒に過ごす時間はなくなる。かと言って、否定するには勇気が必要で。ごちゃごちゃ頭ン中で色んな感情が絡まった。

絡まった細い紐を解くのは面倒で、もういっそ塊ごと切ってしまおう、とオレは考えるよりも先に空になった紙コップを近くのゴミ箱に投げ捨てて、ポケットで温められていた左手を取り出した。
適度に温まった左手に纒わり付くような風は冷たくて、オレは自然と温もりを求めて、迷うことなくみょうじチャンの右手を捉えた。


『え…』
「あん中入ってくから、はぐれたらシャレになンねーだろ」


クイッ、と顎で指し示すのは参拝にきた人でごった返す人混み。はぐれたら多分、年越しても出会える可能性は低い。部活の連中と合流するにしろ、この中に入らなきゃいけない。それならきっと、みょうじチャンの手を掴んだのは間違いじゃない。


『あ、りがと』


みょうじチャンの頬が紅潮したのは、冬の寒さのせいだろうか。それとも、オレの自惚れがそう見せているだけか。それはわからなかったけれど、冷たかったみょうじチャンの手は、オレの手の中で段々暖かくなっていった。


『ね、ねえ。荒北』
「んー」
『私が今日来たの、荒北に会いたかったって言ったら…どうする?』


オレの隣に立つみょうじチャンを見下ろすと、前髪の隙間とマフラーから覗く僅かな白い肌が、淡く色付いていた。


「ど、うする…って」


震えるくらい甘い言葉に、一瞬で脳がパニックになって視線が定まらなくなる。


『い、いきなり言われても困るよね!ごめんね、何でもないの…』


声は不安げで、それを表すように宙を舞う白い吐息も不安定に揺れた。オレはその吐息が消えるのを見つめていた。
オレの鼓動も不規則に速まって、隠すようにマフラーに顔の下半分を埋めて、どう答えようか悩んでいると、近くで騒ぐグループからあと五分だね、と話している声が聞こえた。


「…このままだと、みょうじチャンが友達に会えないネ」
『わ、私…私は…、このまま二人で年越しても良いよ』


繋いだ左手に感じるみょうじチャンの体温が、急に上がったような気がした。


「みょうじチャンが良いなら、良いけど」
『荒北は、嫌じゃないの?』
「…別にィ」


こんなときでさえ、素直に言葉がでて来ない歪んだ口許を恨む。それでもオレの隣に立つみょうじチャンはどこか嬉しそうだった。
淡く色付く頬も、震える甘い声も、繋いだ手から流れ込む体温も、全てはオレに期待しか持たせない。期待がこれ以上大きくならない内に、膨らみすぎた風船が割れてしまわないように。この気持ちの答え合わせがしたくて、オレは小さく深呼吸をした。


「―…さっきの、本当?」
『…さっきのって―…あァ、あれ…ね』


肺の奥の方で燻っていた酸素も全部吐き出すように、細く細く吐いた息と共にみょうじチャンに問いかけた。オレの問いかけにみょうじチャンは、もうその表情が答えで良いんじゃないか、と思うくらい頬を赤くした。


「もう一回聞くけどォ、なんで今日来たの?」
『…荒北って意地悪だよね』


相変わらず赤くしたままの頬を誤魔化すように膨らませて、口許をマフラーに埋めるみょうじチャンがやっぱりどう考えても愛おしくて。
早く正解が欲しくて、オレはみょうじチャンの正面に回り込んで隠すようなマフラーに指先を引っ掛けて少しだけ下ろした。

オレの突然の行動に驚いたみょうじチャンは大きな目を更に見開いて、薄い唇を小さく震わせた。


「意地悪で結構ー。みょうじチャンこそ、焦らすよネ」


くく、と口角を上げて笑うとみょうじチャンは面白くなさげに唇を突き出した。その唇の形が絶妙すぎて、今にも噛み付きそうにあるのをかき集めた理性だけでどうにか耐えた。


『焦らしてなんかないもん…』
「そーォ?早くしないと年、明けちゃうヨ」
『もう、本当に意地悪!』


頬を膨らませたまま唇を尖らせる表情は写メ撮って待ち受けにしときたい。なんて、ど変態みたいな考えを生むくらい殺傷能力が高い。
みょうじチャンからは甘い匂いがだだ漏れで、ずっとオレの鼻腔を擽りまくる。もう目の前にゴールが見えたときみたいな、近づいてくるゴールの匂いに似てた。早く喰わせろとオレの本能が叫ぶ。


「でェ、言う気になったァ?」
『…ッ、荒北に会いたいから来たの…!』


半ばヤケクソに、怒っているような口調で言い放つみょうじチャン。あァ、良かった。オレの中で出した答えとみょうじチャンの模範解答が同じだった。


「じゃー、両思いだネ」
『―…え、』


いつの間にか周りがカウントダウンを始めていて、祭りのように騒ぎ出す声にかき消されないように。オレは屈んでみょうじチャンの耳元で囁いた。
霧散しなかった甘い言葉は、年明け十秒前にみょうじチャンの鼓膜を揺らした。


「両思いだし、もう喰ってイイ?」
『ちょ、荒―…っん』


みょうじチャンの赤い頬を両手で包むと、冷たい手に気持ち良いくらい暖かくて。無理矢理上を向かせて文字通り噛み付くようにキスをした。


「Happy New Year !!」



年が明けた瞬間、オレ等の唇は重なっていて。甘い一年の匂いがした。それはもう、確信で。


「よろしくねェ、なまえチャン」
『っ…こ、ちらこそ…。靖、友…』


耳の先まで赤くしたなまえチャンからは、さっきとはまた違う甘い匂いがしてきて。
辛抱たまらなくて、もう一回だけ噛み付いた。


明けましておめでとう、と言い忘れていたことに気がついたのは数分後、はぐれた奴らと合流してからだった。









早始相愛

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