キャンバスを幸せ色に彩って






君が隣で笑うから。ボクは夢中でシャッターを切る。
どんな一時でさえ、忘れないように。

カレンダーの週末は空白にしてさ。
ボク等はカメラ片手に、青空の下へと出かけるんや。





「お早う、なまえちゃん」
『―…お早う、ギン』


薄らと瞳を開けるなまえちゃん。
黒く、少し潤んだ瞳にはまだ少し眠気が残っていて。
彼女の白く綺麗な額に唇を押し当てる。

ふふ、と小さく笑う吐息が愛おしくて、自然と笑みが零れてくる。
これを幸せと言わずして、何を幸せと言うねやろう。


「今日も良え天気やで」
『ん』


そう言ってベッドから離れれば、寝癖のついた長い髪を揺らしながら、なまえちゃんも起き上がる。
白いスモックに、白い七分丈のストレッチパンツ姿で、朝日を一杯に浴びる君にカメラを向けて、カシャリ。
今日の一枚、おはよう。

白い脚をベッドからおろして、フローリングに置く。


『床が少し冷たいね。
夏も終わりかぁ』


ひたひたと足音を響かせながらダイニングへとやってくるなまえちゃんに、そうやね、と相槌を打ってマグカップを渡す。
なまえちゃんはそれを受け取ってボクの淹れた珈琲を少しだけ啜る。


『ん、やっぱりギンの淹れた珈琲が一番美味しい』
「ボクやのォて、この珈琲メーカーが優れとるだけや」


ボクの言葉に、謙遜〜。と笑うなまえちゃんの笑顔があまりにも綺麗やったから、ボクはまたカメラを君に向けてシャッターを押す。
君の笑顔が、ボクの一番の宝物や。


なまえちゃんはボクの切るシャッター音に慣れたようで、シャッターを押した後は少しすました顔で笑う。
マグカップを一旦置くと、なまえちゃんは洗面所へ行き、自分の寝癖に文句を言いながら苦戦を繰り広げる。
身支度を終えたなまえちゃんは、真っ白なチュニックにジーンズをロールアップして穿いた姿でボクの前に現れた。

飲みかけやったマグカップを持って、壁にかかったカレンダーの前に仁王立ちする。
何やら一人頷きながら、残りの珈琲を喉に流し込む。

ボク等は共に小さな喫茶店を経営しとる。
なまえちゃんは主に紅茶。
ボクは珈琲を専門的に取り扱う。
豆や茶葉自体も店頭でも販売しとるし、ネット通販もしとる。
なまえちゃんの手作りサンドウィッチ、マフィンなどは大好評ですぐに売り切れる。
今日は月曜日。本来ならば店を営業しとるんやけど、今日はなまえちゃんの要望で休みにした。
せやからこうして、今日もカメラ片手に休日を過ごす。


カレンダーと睨めっこしとったなまえちゃんが徐にボクの方を振り返って右手を差し出す。


『ギン。今日一日私がカメラ役!』


無邪気に笑うなまえちゃんは実年齢よりもずっと幼く見えた。
ボクは唐突すぎる意味のわからないなまえちゃんの言動に振り回されながらも、それが楽しくて苦笑しながらカメラを差しだす。


「壊さんといてや」
『失礼な。私が壊すとでも?』


ふふん、と鼻を鳴らして不敵に笑う姿がなんだか愛おしくて、また笑った。


『ギン、行こう』


なまえちゃんはマグカップを洗うと、カメラのストラップを首にかけ、右手で支えながらボクに左手を差しだす。
ボクは、はいはい。と言いながらなまえちゃんの左手を握る。
小さくて華奢なその指にボクの指を絡ませながら、ボク等は家を出た。


ボク等の家は、小さな森の中にある湖の上に建てた木造の平屋。
平屋とは行っても、屋根裏部屋はあるけれど。
湖から岸まで桟橋が伸びていて、綺麗な湖面には緑色の葉がゆらゆらと漂う。

ボク等は狭い桟橋を二人、手を繋いで渡る。
不意になまえちゃんが手を離し、後ろ歩きでボクの方にカメラを向ける。


『はい、ギン。笑ってー』
「バランス感覚皆無な誰かさんが、後ろ歩きしとると危のォて笑えません」
『ひっどい』


頬を膨らませて少し口を尖らせるなまえちゃんは、その表情のままカメラを構えるとシャッターを押した。


『あ、良い。自然っぽい』
「そらァ作ってへんもん」


楽しそうに言うなまえちゃんは、ボクが一歩前に出るたびにシャッターを切る。
初めての玩具に感激しとるこどものようで、可笑しくて、愛しくて。
抱きしめたくなるけれど、この狭い桟橋でそれは少し困難なこと。
ボクは唯笑って、レンズ越しに君の瞳見つめる。


「なまえちゃん」
『んー?』


カメラをボクに向け、レンズを覗き込んだままボクに声だけを向ける。
ボクはちょっとした悪戯心が芽生えて、口パクでカメラに向かって唱えた。




だ い す き や で




『…ッ』


意味を理解したなまえちゃんはレンズから顔を離して、真っ赤な顔してボクを見遣る。
ボクは呆けるなまえちゃんにゆっくりと近寄って、そっと額にキスをした。
額に手をやって真っ赤な顔で照れるなまえちゃんは、ボクに色んな気持ちをくれる。

毎日がクリスマスみたいで、毎日が、キラキラと彩られていく。


照れ隠しからか、くるり、と背中を向けて狭い桟橋を両手でバランスを取りながら歩くなまえちゃん。
夏の名残り惜しそうなそよ風がボクを追い抜いて、なまえちゃんのうなじを通っていく。
黒い長い髪を揺らしながら、秋を運んでくるみたいに。



「今日はどこまで行こか」


そうなまえちゃんの背中に問いかければ、顔だけこっちに向けて微笑む。
清々しい朝の日がなまえちゃんの輪郭を縁取って、黒い髪が日に透けて綺麗やった。


( ああ、写真を撮りたい )


君のどないな表情も、仕草も全部。
ボクのカメラの中に閉じ込めて、その時の空気とか全部全部。
忘れへんように…


そないボクを、なまえちゃんがカシャリ。
シャッターを切る。


君も、
ギンも、


同じ気持ちでシャッターを切っているの?




ギンの銀色の髪が日に透けると輝いて見えた。
月明かりの下で、夜の闇の中で見るギンの髪が大好きだった。


ギンがカメラを構えている姿が好きだった。

真剣で、楽しそうで、目の前の全てを、一瞬一瞬を逃さない。
そんな緊迫感が見えてきそうで。


そんなギンの瞳が、カメラが。

私を捉えるのも嬉しかった。

私とのこの空間の一瞬一瞬を大事にしてくれているようで。
私との時間を逃さないように、閉じ込めてくれているようで。



ねェ、ギン。
今日は、特別な日なんだよ。


私とギンが出会うことが出来たのは、原点を辿ればこの日があったから。
私はギンの全てが好きで、ギンの全てを大切にしたいと思ったの。

この恋を最後にしたいから。
この恋が全てになるように。


ギンと出会うことの出来た、今日言う日を、永遠にしたくて。


私は夢中でシャッターを切る。
今日のギンの全てを、見逃さないように。

忘れてしまわないように。


閉じ込めてしまいたい、なんて。

好きだから
好き過ぎるから。


束縛だけじゃ足りなくて、独占欲に溺れてる。



そう、君をカメラの中だけでなく、この世の全てから隔離するように閉じ込めたい。
白い肌も、無邪気な笑顔も全部、一人占めにしたいこの独占欲は、何時か君を滅ぼしてまう。


分かっていても、君を想う気持ちは止められへん。


『わぁ…ギンの髪が木漏れ日色だぁ』


何時もの獣道を辿って、森の中へと進むとなまえちゃんがボクを恍惚とした表情で見上げた。


「どういう意味や」
『なんかねェ、形容し難いんだけど…
こう、ギンの髪をキャンバスにして木漏れ日で彩った感じ』
「全っ然分かれへん」


なまえちゃんの表現の仕方は独創的や。
幻想的で、でもリアルに伝わってくる。
はっきりと形を成した幻想。

なまえちゃんのそういう表現もまた、好きなとこやった。


『私ねェ、月明かりの下で見るギンの髪が大好きなんだけど、木漏れ日の下でも同じくらい好き』


照れたように笑うなまえちゃんは、ボクから視線を外してカメラに向けた。


『今日のギン、全部全部形に残したいよ』


なまえちゃんの言葉とシャッター音が重なった。
ああ、君も同じ気持ちやったんやね。







『沢山撮ったし、今日はもう帰ろう』


満足げに笑うなまえちゃんに、せやな。と同意して帰り道を歩く。
小さな左手をボクの手が握って、一緒にゆっくりと帰路を辿る。


いつの間にか傾いた太陽がボク等の影を伸ばしていく。
二つの影は真ん中で固く結ばれて、森の中を行く。

狭い桟橋に着いた頃には、もうすっかり日は沈んでいて。


「あれ、今日の夕飯はなまえちゃんが担当やったっけ?」


振り向いた先でシャッター音が響いた。
うん、と頷くなまえちゃんの白い肌が、月を映す水面の灯りに照らされとった。

ボクの髪が木漏れ日の為のキャンバスなら、なまえちゃんの肌は水面に映える光の為に白いのだと言える。


『ギンの髪、月明かりに透けて綺麗』
「なまえちゃんの肌は、水面の光が反射しとるで」


幻想的やね、そう言えば嬉しそうに笑う。


『ギンの方が幻想的。
今にも消えてしまいそうだから』


少し寂しげに目尻を下げた君。

大丈夫、ボクが君から離れる日がくるなんて有り得へんから。
君だけを愛し、君だけの傍にいると誓おう。

そう伝えたところで、ボクのほんまの気持ちの半分も伝わらへんと思うけど。
それでも、今日君が瞳を閉じて明日を想う時、その中にきっとボクも居てると思うから。


ほんまはボクの心、気持ち、脳内を全て君にさらけ出してしまいたいけれど。
それが出来ひんから、言葉という形にして君に今日も言うんや。


「なまえちゃん、愛しとる」


私も、と呟く君が愛おしい。
君に、何度でも伝えたい。
何度伝えても足りひん。





「なまえちゃんの料理めっさ旨い」
『褒めすぎ』
「せやかてほんまの事やし」


そう言ってなまえちゃんは食後の紅茶を淹れてくれる。
朝はボクが珈琲を。
夜は君が紅茶を。
それがいつの間にか習慣になっとった。

なまえちゃんの淹れる紅茶は、豊潤な薫りが肺の奥にまで届く。
鼻孔を擽る茶葉の薫り。
ミルクの濃厚な薫り。
仄かに甘いその薫りは誰をも魅了する。


「なまえちゃんは何時も紅茶みたいな香りがする」
『仕事柄、茶葉を扱うからね』
「それやったら、ボクも珈琲臭い?」


そう問えば、ふふ、と小さく笑いを漏らして、私はその匂いが好き。と答える。


「ほんま?」
『うん。珈琲入れてるギンも、珈琲の薫りがする大きな手も大好きだよ』


優しく、柔らかに微笑むなまえちゃんに、ボクもつられて微笑み返した。


「そういえば、なして今日休みにしたん?」


なまえちゃんはボクの言葉に驚愕の表情を見せた。


『え、ギン…本当に分かってないの?』


なまえちゃんの深刻そうな声色に、心臓が跳ねる。

あかん、どないしよう。

今日めっちゃ重要な日やったっけ。
何や忘れたらあかん日?

いや、せやけど今日は記念日やないし、何や特別な事はなかった気が…


考え込むボクに溜息を吐くなまえちゃん。
ああ、あかん。タイムリミット。
ゲームオーバー。
ジ、エンド。
なまえちゃんのあの溜息は、呆れた時の溜息や。


『はぁ…呆れた』


あぁ、ほらぁああぁぁあ……


『ギン、今日の日付は?』


やっぱり今日は大事な日やったんか。
ボクは怒られるのを覚悟してカレンダーを見た。

今日は月曜日やから…


「9月10日……あ」


ああ、そうや。
今日は…


なまえちゃんが少し困ったように笑いながら、冷蔵庫からケーキを取りだしてきた。



カラフルな蝋燭がケーキの淵に刺さり、なまえちゃんがゆっくりと火を付けていく。
電気を消して、部屋には僅かな月明かりと蝋燭の橙色の灯りだけ。
なまえちゃんの可愛らしい声が、お決まりの歌を歌う。



『ハッピーバースディ、ギン』
「…おおきに、なまえちゃん」


蝋燭の火を吹き消して、なまえちゃんが拍手をする。
二人だけの誕生日。せやけど、そこには幸せが溢れとった。
なまえちゃんが電気を点けて、ケーキを切り分ける。
切り分けたケーキを目の前に置く。
ボクはなまえちゃんの一連の動作を見つめていて、それに気付いたなまえちゃんはカメラを構えてボクの前に座った。


『ギンにとって幸せな一年になりますように』


なまえちゃんさえ居てれば、ボクは幸せやのに。
そう思って微笑んだ瞬間、ボクはカメラの中に閉じ込められた。




『ごめんね』
「何が」


ベッドの中で二人、何時ものように温もりを分かち合いながら潜っていると、不意に聞こえた謝罪の言葉。
なまえちゃんは眉尻を下げて申し訳なさそうに言った。


『プレゼント、今日中に用意できなくて』


そのことか、とボクは今気付いた、と言って笑った。


「ボクはなまえちゃんと一日を迎えて、一日を終える。
それだけで毎日幸せ貰っとるようなモンや」


でも、それでは気が済まない、と頬を膨らませるなまえちゃん。


「ほんまは何くれる予定やったん?」
『んとね、今日ギンの写真沢山撮ったでしょ?
私、前々からギンの写真撮り溜めしてて…
二人の出会いから今日まで、アルバムにしてあげようって思ってたの』


ふふん、と得意げに語る。
せやけどそれ…


「ボクがボクの写真貰ったら、ナルシストみたいやない?」
『あ』


今気付いた、と言わんばかりの表情に、ボクは溜まらず吹き出した。


『じゃあ、ギンの写真は私が勝手にアルバムにして自分用にする!』
「ほな、なまえちゃんの写真はボク専用のアルバムにしても良―…」
『だ、だだだめ!』


なんや、それ。
ボクはまた笑うて、なまえちゃんを抱きよせた。


「まァ、何が出来るか楽しみにしとるわ」


なまえちゃんの髪から薫る同じシャンプーの匂い。
柔らかな体から薫る、紅茶の薫り。

それらを抱き締めながら、なまえちゃんの温もりを感じながら、ボクは夢へと向かう。
なまえちゃんの明日に、ボクが居てますように。
ぎゅっと抱きしめた温もりが、消えてまわないように。


「おやすみ」


今日も君と共に、一日を終えることのできる悦び。


( それが既にプレゼントやのになァ… )



次の日の夜、ふと棚を見れば其処に飾られている、
幸せな恋愛の全てが詰まったような二人の笑顔。


手先の器用ななまえちゃんの、手作りと思わしき写真立て。
松ぼっくりや小枝で可愛らしくデコレーションされた写真立ては、優しい雰囲気を醸し出す。
写真立ての枠に少しレトロな紙に茶色のペンで、なまえちゃんの綺麗な字で綴られた英字。
筆記体が味を出しているそれは、ボクと君が出会えた原点を祝う言葉。




Happy Birthday to Gin




キャンバスをせ色に彩って
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ボクが生まれたのは、君を愛す為やと自負しとる


(はっぴーばすでぃ、市丸さん)

12.09.10.00:00



 

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