路地裏の告白





「チッ、遅延かァ…」


手元で光るスマホの画面には、電車の遅延情報。ありきたりな"車両点検"の文字につい溜息が漏れる。
俺の小さな独り言にさえ、冷え切った空気が白く凍って宙を舞う。雪の所為か遅延の所為か、いつもよりもずっと静かな駅前で零した俺の独り言は、隣の男にも聞こえたらしい。
長身の男は舞い降りてくる綿雪を照らす、月明かりに良く似た髪色をしていた。そいつも自分のポケットからスマホを取り出すと、顔を青白く光らせて僅かに微笑んだ。

今日は唯でさえ甘い夜なのに、雪なんか降り始めたもんだからより一層甘ったるく感じる。隣の男がスマホを見る表情があまりにも優しいから、きっとその視線は恋人に向けたモンなんだろうな、と勝手に解釈して視線を自分のスマホへと戻した。暫く操作していなかったスマホの画面はやや暗くなっていたが、親指を滑らせるとすぐにまた明るくなる。
画面を引っ張って最新メッセージを読み込むと、部活の三年メンバーのLIMEグループに未読の通知が3つ付いていて、その上にはお目当ての人からの通知が届いていた。


[ ご免、荒北!電車が止まっちゃった… ]


という一文に添えられた、彼女らしいふざけたスタンプ。そのスタンプの表情から、誠意は全く感じ取れない。


[ まァでも、不可抗力ってことで! ]


と続けられた二つ目の吹き出しと、今度はえへ、と誤魔化すような表情のスタンプ。スタンプって本当便利だよなァ。なんて思いながら、俺は怒りの表情で指差すスタンプを送りつけた。スタンプが反映されるのとほぼ同時に既読のマークが付いて、今度はご免、と謝るような表情のスタンプが届く。こんなスタンプだけのやり取りもなんとなく楽しい。なんて思っちまうから、もう本当に末期症状だと思う。

みょうじチャンとは三年間クラスが一緒で、勝手に決められる委員会も殆どが被り。変な腐れ縁みたいなのができたのがきっかけ。
高校に入るまでは女子に興味なんてなくて、野球一色だったオレは気が付けば隣にいるみょうじチャンに抱く気持ちに名前がつけられないままでいた。


「そりゃあおめさん。恋だろ」


バキューンポーズをオレにしやがる新開に、開いた口がふさがらないまま時が止まる。


「何だ、気づいてなかったのか」
「オレでも気づいていたぞ」


唖然とするオレに、畳み掛けるのは福ちゃんと東堂。


「おめさん、みょうじにだけは優しいからな」


パワーバーを加えて微笑む新開に疑問が浮上しては声に出せないまま消えていく。漸く出てきた言葉は、


「はァ!?」


唯一言。いつ、どこでオレが優しくしたっつーんだよ。
思い返しても最近のやり取りくらいしか記憶は掘り起こせなくて、そのやり取りも至って普通だった。


「こればかりは個人戦だからな」
「ワッハッハ!荒北なら大丈夫だ」


高らかに笑う東堂に何となく腹が立ちながらも、個人戦という言葉に急に心臓が痛くなる。
レースじゃねーんだ。誰かをゴールに運ぶ訳でもねェし、運ばれるわけでもねェ。


「手助けくらいならしてやるさ、なァ、寿一」


急に不安に覆われたオレに気付いたのか、新開がそう福ちゃんに投げかけると、福ちゃんは無言で頷いた。


「勿論、オレもな!」
「おめーはいいよ、東堂ォ!」


両手を大きく広げる東堂に、一度飲み込みかけた不安がまた登ってきた。けれど、このやり取りのおかげで少しだけ整理ができた。
オレはみょうじチャンが好きだって、それを自覚したところで何が変わるわけでもなかった。みょうじチャンの笑顔はいつもと変わらないのに、その笑顔を、距離を意識してしまって。
結局何も変えられずに、高校生活は景色みたいに視界の端に流れて消えていった。

季節は流れて巡って変わって、高校最後の冬が訪れた。真冬の廊下は床が氷なんじゃないかってくらい冷たくて、さっさと教室に入ろうとするオレを新開が呼び止めた。


「おめさん…、みょうじと付き合うとかしないのか?」
「ッ、ンなことできたら最初からしてるっつーのォ」


陰ながら見守っていてくれた新開に言われ、息が喉のあたりで詰まる。


「今年残されたイベントはあと一つしかないぞ」
「……はァ!?オレに誘えって言ってンのか」
「そりゃあ、荒北が嫌なら無理強いはしないけど」


新開はそこまでいうと表情を曇らせた。嫌な予感が一瞬で脳裏を過る。


「―…みょうじ、モテるぞ」


脳が、揺れた。落車したときよりも。喧嘩で殴られた時よりもずっとハッキリ、視界が歪んだ。新開は窓から顔を覗かせ、下を見つめる。そんな新開に倣ってオレも同じ窓から下を見下ろせば、そこには人影が二つ。今は使われてない焼却炉の傍は誰もいかないから、絶好の告白スポットになっているのはオレでも知ってる。


「おい、新開。覗き見は趣味ワリィぞ……っ、」


人の恋路を覗くのが何か嫌で顔を引っ込めようとしたときに漸く気がついた。告白を"されている"のが誰か。


「おめさんも、いつまでも今の関係に胡座かいてると誰かに盗られるぞ」


ゴールを先に獲られちゃ、オレ等はゴールまで連れていけない。新開の言葉に、心が震えた。再び見下ろした先にはもう人影はなくなっていて。
妙な焦燥感を指先に纏わせながら、オレは教室に戻った。教科書の内容も、教師の話も全部すり抜けて、換気のために少しだけ開けられた窓から出て行った。


『―…お疲れ』


放課後、図書室の端っこで隠れるように参考書を睨みつけるオレの前に、みょうじチャンが当たり前みたいな顔をして座り、ベプシを差し出してきた。心臓が飛び出そうなくらい、本当は吃驚したけれどそれを隠すように、おー。と素っ気ない相槌だけ打って、参考書に視線を戻した。


『調子、どう?』
「…そーいうおまえはどうなんだヨ。人のこと心配してる場合かァ?」
『私は推薦だもん。十一月に本番迎えたよ』


センター試験に向けて勉強しているオレに、珍しく眉尻を下げて言うみょうじチャン。ンな顔しなくたって、気にしねェよ。って何時もなら言うけれど。今日は何故か口が乾いて何も言葉が出てこない。


「…どこ受けたのォ?」


声が喉に引っかかるみたいで、わざとらしく咳払いするみたいに話題をすり替えた。けれど、その質問に対してもみょうじチャンは意味深に表情を曇らせる。


『まだ、内緒』
「はァ?オレのは知ってンだろ」
『うん…。だから、受かってもらわないと困る』


口角は上げて、けれど眉尻は下げて。なんでそんな複雑な表情してンだ、って。聞けたら良いのにそれさえもできなくて。指先に纏わりついていた焦燥感は、いつの間にか全身を覆っていた。


『って、それは私のワガママなんだけどねぇ…』


みょうじチャンはそう言うと、自分のジュースにストローを差した。窓の外は冬らしい曇天が広がっていて。枯葉が数枚付いただけの寒そうな木々が見えて、いかにも冬らしい光景だった。高校三年間、変わりたいと願った。みょうじチャンとの関係が少しでも変われば良いと。けれど変わろうと自らもがくことは怖くて、結局何も変わらなくて。変わったのは伸びた身長と年齢くらいで。そんなオレに変わらないでいてくれたみょうじチャンに、オレは…。


「―…どっか行くかァ」


暖房の効いた図書室で、汗をかき始めたベプシ。その向こうには、驚いたような表情のみょうじチャン。


『うん…、行こう!』


みょうじチャンは目を細めて、柔らかく微笑った。冬の曇天に差し込む、太陽の日差しみたいに優しい表情だった。
グッ、と伸びをして、腕を下ろすついでにベプシを手にとった。全部面倒くさくなった。自分の殻は邪魔でしょうがねーし、全身に重たい鎧みたいに覆いかぶさる焦燥感は動き辛ェし、行きたいところに自由に行けるのがロードだろ。殻を破れ、ハンドルを握って、ペダルを踏め。

そうすりゃ、嫌でも進む。

それが、ロード。


「これ、オレのLIMEのID」
『akichan って、』
「実家の犬だヨ」
『犬飼ってたんだ』


その日からオレのスマホに初めて、家族と部活の奴等以外の名前が加わった。アイコンは実家の犬と一緒に写るみょうじチャンで、犬派かァ、なんて思った。
結局オレの受験の都合やら、みょうじチャンの都合やらで予定が噛み合わないまま師走も終わりに近づいていた。

気が早い世間ではクリスマスよりも正月を推してくるくせに、街中で流れるのは甘ったるい愛を語る歌ばかりで、街路樹も目が痛くなるほどにキラキラしていた。
結局、二人の予定が噛み合ったのは世の中が甘い甘い雰囲気一色になるクリスマスで。


『イルミネーション、見に行こうよ』


そう言うみょうじチャンの瞳の中がキラッキラしてて、そうだな、と言わざるを得なかったのは内緒。



「おまたせー!」



甘いクリスマスソングをBGMに、ここ数日のやり取りを反芻しているオレに向けられた、息を切らせた声。
その声に顔をあげると、コートの襟で隠していた部分が冷気に晒されて寒く感じる。
白い吐息が目の前でふわりと舞い、その奥から黒いロングコートを身に付けたみょうじチャンが申し訳なさそうに笑ってた。
待ち合わせより早く来て待ってた、なんて知られたら、オレだけ張り切ってるみたいで格好悪ィから、


「別に待ってねェ」


と、すぐに待っていた事実を否定した。


『またまたァ。荒北の鼻、赤くなってるよ?』


けれど、みょうじチャンがオレの鼻を指さして笑うから、小さな嘘はすぐにバレた。


「オラ、行くぞ」


隣の男はオレが待っていた事実を知っているのに、そいつの目の前でくだらない嘘をついた。しかもそれが思いの外すぐにバレてしまったことで、妙にいたたまれない気持ちになったオレは、誤魔化すみたいに立ち上がった。


『あ、待って』


みょうじチャンの制止を求める声に素直に従って、みょうじチャンが歩き出すのを待った。黒いロングコートからはタイツを履いた細い脚が伸びていて。その足元を飾るのは五センチくらいの高さのある、太いヒールがついたショートブーツ。
これ、歩き難いんじゃないか。と思ったのは本当に直感で。みょうじチャンが一歩、二歩、と歩く歩幅を見極めてからオレ自身も歩き出した。
多分、いつもの半分くらいの歩幅。これはこれで歩きづらいけど、みょうじチャンが歩きやすいならこれくらいどーってことなかった。
オレ等が歩き出すのとほぼ同時に、駅から人が零れるように出てきた。淡いピンク色のコートを身にまとった女の人が、人混みを掻き分けて駆け抜けていく。
息を切らせて、綺麗に巻いた髪を揺らしながら、履きなれないブーツで駆けていく彼女はきっと、好きな人の元を目指して、一秒でも早く逢いたくて、走っているのだろう。
と、勝手な妄想は全部BGMで流れるクリスマスソングの所為。


「…つーかァ、なんで手袋とかしてねーの?」
『え、だってスマホ弄るのにいちいち外すの面倒なんだもん』


みょうじチャンは自分のスマホを見せて、ね?と同意を求める。それもそうか、と納得してしまって会話はそこで1度終わった。


『イルミネーション、楽しみだねー』
「スゲー人居そう」


クリスマス本番の夜、淡く降る綿雪が聖夜にかける砂糖のように雰囲気を甘くしている。こんな中、イルミネーションを見にこないのは独り身か仕事や課題で手一杯な人だけだと思う。


『ほらほら、テンション下がるようなこと言わないの』


みょうじチャンはクリスマスだというだけで楽しいらしい。そんなみょうじチャンに水を指すのも悪くてオレは余計なこと言わないように、コートの襟に鼻から下を隠した。

みょうじチャンの小さな会話にぽつり、ぽつりと相槌を打ちながらその狭い歩幅に合わせて歩く。ほんの数十分。静かに穏やかに、甘く甘く。シャンパンゴールドに煌めく街路樹の光を瞳に取り込んだみょうじチャンを、こっそりと覗き見していた。


『っ、わー!綺麗!!』


目的のスポットは予想通り人の頭だらけだったけれど、それでもその色鮮やかな煌めきは人々の頭上を通り越して、視界をジャックする。

みょうじチャンも堪えきれず、感嘆の声を漏らしながら、スマホの角度を微妙に変えてシャッターを何枚も切る。


『荒北は撮らないの?』


イルミネーションではなく、みょうじチャンに見惚れてた、なんて口が腐っても言えないから、オレはいーヨ。とだけ呟いた。


『んー、じゃあ一緒に撮ろう?』
「やだヨ、一人で撮れよ」


カメラの設定をしているのか、スマホを操作するみょうじチャンを阻止すべくしてオレは顔を隠すように更に深く襟元に顔を埋めた。


『えー、良いじゃん、減るもんじゃないし』


みょうじチャンはそう言って、俺たちに画面を向ける。
しかし、オレよりも身長の低いみょうじチャンは例え五センチのヒールを履いていてもオレと自分の顔を画面の中に収められず。精一杯背伸びなんかするもんだから。


『っ、わ…!』


画面に映る景色に気を取られたみょうじチャンは、予想通りに足元をふらつかせた。


「バァカ」


ふらつくみょうじチャンの肩を軽く支えて、僅かに赤く染まった指先からスマホを奪い取った。


「自分の身長考えろ」


そう言ってオレは、慣れない手つきで適当にシャッターを切った。


『ちょ!今絶対変な顔してた!』
「2回目はねーヨ」


やり直し!と怒るみょうじチャンに、そう言ってスマホを返した。みょうじチャンは写真の確認をすると、口元に薄らと笑みを作る。


『…でも、ありがとう』


そう呟いたみょうじチャンはやたら大切そうに鞄の中にスマホを入れた。


「もう写真は良いの?」
『うん、撮りたいもの撮れたし―…っつ』


みょうじチャンの表情が曇った。さっきまでキラキラしてた瞳が歪んで、眉間に皺が寄る。


「…どっか怪我でもしたかァ?」
『ちょっと、靴ズレが痛かっただけ』


もう平気だから、となんの根拠もない返答にため息だけで返した。


「バァカ、痛ぇなら痛ぇって言えっつーのォ」
『え、ちょ…何する気?』


みょうじチャンの足元に屈むと、みょうじチャンが慌ててオレの肩を抑える。


「うるっせ、黙って捕まっとけ」
『ちょ…!!』


みょうじチャンの膝に腕をかけて、みょうじチャンの重心を後ろに持っていく。倒れかけたみょうじチャンの肩を支えると、そのまま立ち上がった。
一瞬で周囲がざわめく。何事だ、とスマホを向ける奴もいる。


「うっせェ、バァカ!怪我人なんだヨ、退け!」


そう吠えればゴチャゴチャした人混みはさっと道を開ける。オレはできた隙間に体を捩じ込ませて人混みを抜けた。


『ごめん、重いよね』
「あ?バカにすンな。おまえくらい、部活のウエイトに比べりゃなんてことねーヨ」


オレの腕の中で体を固くして小さくなるみょうじチャンの力が、少し緩んだ気がした。

少し歩いて、イルミネーションもひと気も殆どない脇道に入る。ポツン、と立つ自動販売機と、その隣で申し訳程度に飾られたツリーの下にみょうじチャンを下ろした。


「オラ、見せてみろ」
『…やだ』
「あァ?いーから靴脱げ」


靴を脱ぐことを拒否するみょうじチャンを無視して、単純な構造の靴を脱がせた。


『や、もー…!』


するり、靴から抜け出た足を取る。手の中に収まってしまいそうなくらい小さくて華奢な足は、丁度アキレス腱の辺りのタイツが破けて鮮血が滲んでいた。


「こんな状態で歩いてたよかヨ、このバァカ!」
『ひどい。折角今日の為に新調したのに』


頬を膨らませるみょうじチャンは、言った後で自分の言葉の意味に気づいたらしい。慌てて否定するように顔の前で両手を振った。


『ち、違う違う!クリスマスだし、オシャレしたかっただけだから』
「わァってるよ」


オレと会うから、とか。ンな甘い答えは期待してはいなかったが。真正面から否定されるとそこそこ凹む。


「いーから、絆創膏とか持ってねェの?」
『ある、けど…』
「この期に及んで、貼られるの恥ずかしいとか言うんじゃねーだろォな」
『はい、すみません』


先に答えの選択肢を潰すと、諦めて鞄から絆創膏を取り出した。それを受け取ると、みょうじチャンの足をオレの膝の上に乗せてタイツの上から貼り付けた。
二枚重ねて貼り、血が滲んでこないのを確認してからまた靴を履かせた。
その時に、ふと。脳裏を過ぎったのはあの日廊下の下に見えた、二つの人影。

明らかな告白シーンで、結果がどうなったのかオレは知らない。もし、みょうじチャンが誰かのものになったら。
オレはこんな風にみょうじチャンに触れることも。一緒に出掛けることも出来なくなる。


「おめさんも、いつまでも今の関係に胡座かいてると誰かに盗られるぞ」



新開の言葉が蘇って、消えかけた焦燥感が再び纏わりつく。あぁ、オレは今日、みょうじチャンに言わなきゃいけないことがある。


「おまえ、この前の告白どーすンの?」
『あぁ、あれね―…って!はあ?!何で知ってんの?!』


それもそうだ、上から覗き見してました。なんて正直に話すバカはいねーよな。オレは心の中で新開に謝りながら、


「新開から聞いたァ」


と、さも本当のことのように告げた。みょうじチャンは疑いもせず、言葉を濁しながら笑った。


『まあ、嬉しくはあったよねー。でも、なんで知りたいの?』


みょうじチャンの切り返しに、少し戸惑った。他の男のところになんて行って欲しくなくて。オレの隣で、オレのことだけ考えていて欲しい。そんな独占欲丸出しな台詞は、蜂蜜みたいにドロッドロで甘ったるくて嫌悪感しかない。
オレらしくすっきり、簡単で単純な一言で伝えよう。


「―…みょうじチャンが、好きだからァ」
『っ…え?』


きょとん、とオレを見つめるみょうじチャンからの視線から逃れるように、オレは立ち上がって自動販売機の前で飲み物を選ぶ。実際は心臓が有り得ないくらいバクバクしてて、自動販売機にベプシが売ってないことにも動揺して、選んだようで選べないまま目に留まった飲み物のボタンを押した。
ついでに温かい紅茶も買って、何も無かったような顔してみょうじチャンに渡した。


『え、待って。幻聴?』
「…いや、本気。オレはみょうじチャンが好きでェ、好きな人が告白されたら、そりゃー気が気じゃねーの」


みょうじチャンは渡された紅茶で指先を温めながら、俯いた。あァ、これはダメなパターンだと直感して、心臓が凍りつきそうなくらい不安でいっぱいになった。


『私、さぁ…あの日の告白、好きな人がいるからって断ったの』


みょうじチャンの飲み物を持つ指先に力が込められた。
本格的にもうダメかも、と思ったけれど。みょうじチャンはそれとね。と言葉を続けた。薄い唇から零れ出たのは白い吐息と、


『四月から、洋南大学に通うんだよね』


知らなかった事実。


「……は?」
『だからぁ、私も荒北と同じ大学受けたの!』


怒るような口調で、みょうじチャンは鞄から白い紙を差し出してきた。受け取った紙を開くと、そこには大きく"合格"の文字。そして紙の下の方には洋南大学とはっきり書かれていた。


『…だから、荒北には受かってもらわないと困るのよ。なんで洋南受けたか、分からなくなるでしょ』


みょうじチャンの言葉を、そのまま受け取ればそういうこと。だけど人間は不思議なもので、こういうときははっきりとした答えが欲しくなる。


「ちゃんといえよ。オレは言っただろ」


みょうじチャンに紙を返して、座り込んだままのみょうじチャンの前に立った。


『っ、私も、荒北のことが好き…!』


漸く欲しかった答えを貰ったオレは、みょうじチャンの視線に合わせて上半身を倒した。


『私、ずっと荒北のことが好きだったの』


緊張のせいなのか、若干瞳が潤むみょうじチャンに小さく笑った。


「じゃー、もうこーゆうことして良い?」
『へ……?』


みょうじチャンがオレの行動を理解する前に、オレは自分の唇をみょうじチャンの唇に押し当てた。

暖かくて少し冷たくて。リップで淡く濡れているその唇は甘くて。あァ、恋してンなぁ…なんて思ったのは流石に言わなかった。

指先に纏わりついていた焦燥感は一瞬で消え去って、唇に甘い想いを塗りたくった。それは蜂蜜みたいな喉につかえるような甘味じゃなくて、口に入れてすぐに溶ける、生クリームみたいな甘味だった。

白い綿雪と囁かなイルミネーションが静かに見守る中、オレは漸く、欲しいものを手に入れた。




16 12/25



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