欲しいもの





「なまえチャーン」
『…荒北』


昼休みも半ば。
昼食を掻き込み終わった男子たちは物足りなさを顔に出しながら、購買や食堂へと急ぐ。
女子たちは話に夢中で、手元の弁当は半分減ったくらい。

急激に冷え込んだ今日この頃、寒さにガッツリやられた指先を温めようと、購買に向かう私の背後に現れたのは狼男。


「オレも購買」
『え、ご飯足りなかった?』
「違ェヨ。べプシの補充」


この狼男と付き合って一年。荒北のお弁当を作り始めてからは一年半。
めちゃくちゃ細身なのに、ロードをやっているせいなのか信じられない量を食べる荒北。
大きい二段弁当にはおかずをぎっしり。
茶碗一杯分のオニギリは二個。荒北はそれでも物足りない顔をするときがある。
そういうときはこっそり、購買でパンを買ったり東堂くんのファンからの差し入れを強奪している。( って、新開くんに聞いた )


「手ェ、冷たそうだネ」
『うん、急に寒くなったから…カイロ忘れちゃって』


財布を持つ私の手は真っ白で血の気がない。
それを見た荒北は、ポケットに入れたままだった右手を出して、何かを放ってきた。
投げられた何かを認識する前に、とりあえず受け取らなくちゃと前に出て、落下地点に両手を持っていくと。


「ソレ、要らなかったら捨ててイイから」
『…ありがと』


両掌に落ちてきたソレは未開封のカイロ。
なんで荒北には全部お見通しなんだろう。

このカイロだって、荒北は自分じゃ絶対使わない。
私に渡すために持っていてくれたんだと、荒北は多分死んでも言わないけど伝わっている。

じゃぁネ。と荒北は購買へと行ってしまった。
私は指先の問題が解決したから、とりあえず教室に戻った。


「―…あ、良いの持ってるじゃん、なまえ」


教室に戻って席に戻ると、私を待っていたびす汰がスマホから顔を上げて私の手元を見遣る。


「購買にカイロなんて売ってたっけ?」
『ううん、購買行く途中で荒北がくれた』


へへ、と笑うとびす汰は、愛されてるゥ、と冷やかす。
そんなんじゃない、とかいうのは荒北に失礼だから。とりあえずここはふざけたテンションで肯定しておいた。

昼食も食べ終わって片付けをし、びす汰の恋愛話を聞いていると教室の扉の方から声がした。


「なまえチャン」
『あれ、荒北?』


思いがけない人物は気怠そうに手招きをしている。
私はびす汰に断りを入れてから扉へと向かった。

荒北は私が来るとそのまま廊下へと出て、教室と反対側の壁に寄りかかり、窓のサッシに腕をかけた。


「ほらヨ」
『え、わ…っ』


ぽい、と投げられたのは280mlのペットボトル。
受け止めた掌にじんわり広がる暖かさに、ホットのミルクティーだと気がついた。


「寒がりなまえチャンに、お弁当のお礼」


にや、と笑った荒北はおいでおいで、とまたちいさく手招きをする。


『まだ何かあるの?』
「今日、何の日か知ってるゥ?」


今日、、頭の中でカレンダーをめくる。


『11月11日……あ!ポッキー&プリッツの日!』
「せーかァい」


そう言うと荒北はポケットからポッキーを一袋取り出した。
図々しくもそのポッキーもくれるんだと思って手を出しかけた時。荒北は袋を開けてポッキーを一本取り出した。
あれ、そういうくれ方?
荒北なら箱ごとくれそうなのに、とか思う私はかなり餌付けされてる。


「ン」
『っ、へ?』


荒北はポッキーを咥えるとにやり、笑った。


「やろォぜ、ポッキーちゅー」
『ば、バカ!出来ないよ!』


廊下にはまだちらほらと人がいて、あちこちから声が聞こえる。こんな中、荒北の薄い唇から伸びるポッキーを咥えるなんて、かなり勇気いる。


「手伝ってやろーか」
『え?』


寄りかかっていた荒北が私の腕を引っ張って引き寄せると、くるり、立ち位置を反転させられて私が壁に寄りかかる格好になった。
必然的に、荒北に壁ドンされるポーズになる。
急に近くなったポッキーの先端が、唇のすぐ先にある。


「ほら、食べやすくなったダロ?」
『っ、そういう問題じゃ…』


近すぎる距離。でも、後ずさることは壁があるからできない。かと言って前にも進めないし、荒北の両腕で私の左右は塞がれている。

どうにもならないこの状況を打破するには、目の前のポッキーを食べるしかないらしい。


『っ、……む』


口を開けてポッキーを口に含む。
チョコの部分が唇の熱で溶けて、口内に甘味が広がる。

当たり前だけど、咥えるだけでは顔が近づいただけで何も終わらない。
もう一口行って、折ってしまおうか。いやでもそうしたら荒北が新しい一本を取り出す可能性よあるし。
なんて考えていたら、荒北が痺れを切らせたように一気に食べすすんできた。


『!』


つい頭だけ後ろに下げそうになるけど、すかさず荒北の大きい掌が私の後頭部を押さえつける。

一瞬で荒北の鼻が私の鼻に触れ合う距離にまで縮み、抗うことも逃れることもなく、私は唇を食べられた。


「…オイシー」


ぺろり、唇を舐める荒北はひどく妖艶で。
食べられたのは唇とポッキーだけじゃなく。確実に私の心も食べられた11月11日。

真冬みたいな寒空の下、指先を温めるのは未開封のカイロとホットミルクティー。

荒北の少し強引なキスは、唯々あまい。


欲しいもの

16 11/11





 

[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -