最上級の休日






《 東空座町駅 西口 》


右手には白い小さなメッセージカード。
彼女の少し筆圧の弱い、丸い文字が淡いピンク色の線の上に鎮座していた。


「これ、どういうこと?」
「どうって。俺はみょうじから預かっただけです」


9月10日、土曜日。
今日は唯の休日やのォて、ボクの誕生日でもある。

そない唯の休日よりも2ランクくらい上の休日。
ボクは付き合うて二年になる、なまえちゃんに呼び出されて阿近サンのマンションまでやってきた。

そして、オートロックのモニターに向かって手を振り、阿近サンをエントランスまで呼び出した。

そこで手渡されたのは白いシンプルな封筒。
中には小さなメッセージカード。
明らかに彼女の文字やけど、完全にメモ書きのような内容に少し戸惑う。


「俺は大学で、


土曜日にギンがあんたの家に来るから、これ渡して!出不精だから大丈夫だと思うけど、その日はちゃんと家にいてよね!


―…と、言われただけですから。流石に手紙の内容や意味まで聞くのは変かと思いまして」


途中、真顔でなまえちゃんのモノマネを挟む阿近サン。
あー、あの子は余計な説明もせェへんけど、大事な説明もせェへん子ォやからね…
主語なしで話し始めるのは勿論、脈絡もない話を唐突に始めては、自己完結。

あ、そうそう、あのね!いやでもそっか、オッケー!

といった具合で、会話さえさせてもらえないことも、珍しいことではない。
そないなまえちゃんのクセに振り回されてもう二年。
ええ加減慣れてきた。


「…ここに行け、いうことなんかなァ…」


とカードの裏側を確認してみたり、見えるところ以外にヒントを探した。
すると、そないボクを見ていた阿近サンがボクの左手で大人しくしとった封筒を指差した。


「何かまだ入っていません?それ」


阿近サンに言われると、確かに封筒以外の重みを感じた。
改めて封筒の中身を見ると、


「―…鍵?」


チャリ、と軽い金属が擦れる音を鳴らして、ボクの掌に転がった。
よく見る自宅、自転車、郵便受け用でもない、日常生活では見ることのない形の鍵。


「……そういうことか」


掌の鍵とメッセージカードを見つめると、パズルの最後のピースがパチリ、とハマったような。
歯車がカチッと音を立てて重なったような。
胸の中に答えがストン、と落ちてきた。


「ようやっと、カードの意味が分かったわ」


そないボクに、阿近サンは小首を傾げながら、行ってらっしゃい。と微笑んだ。

ボクは阿近サンにおおきに、と言葉を残すと同時に駆け出した。

ちょうど、駅前のロータリー行きのバスが目の前で停車し、文字通り飛び乗って、空いている一人席に座って一息ついた。
乗車して約五分。土曜日の午前11時の、そこそこ混み合う駅前の大通りを今日は難なく通り抜けて、賑わう駅前が目の前に広がる。
ボクは車内に流れる注意アナウンスに罪悪感を持ちながらも、バスが完全に停まる前に立ち上がって降車口に立った。

バスが停車してから、扉が開くまでのもどかしい時間をグッと我慢する。
すぐに扉が開き、運転手サンのアナウンスを聞き流しながら、ボクはバックポケットから財布を取り出してICカードを翳した。

ピッ、という電子音を背中で受け、バスを降りて階段を上り、構内を突っ切る。
反対側の出口付近に並んでいるのは、薄汚れたコインロッカー。

何本かの路線が通ってる、大きめの駅のコインロッカーは、比較的数が多い。

ボクはポケットから先程封筒に入っとった鍵を取り出し、鍵についた小さなプレートを見る。


【 103 】


プレートに書かれた数字は少しだけ薄れていた。


( イチマルサン… )


ボクは意味深に、数字を心の中で唱えた。
イチマルサン、その数字が意味するのは、


( 出会った頃のなまえちゃんからの呼ばれ方… )



『イチマル、ギン さん?』


大学一年の春。ガイダンスを終えて、次々と講義室を出て行く同級生たち。
ボクは一年生の内に取れるだけ単位をとってまおう、と単位表と授業表を見比べとると、不意に名前を呼ばれて振り向いた。
そこに居ったのは、まだ少しあどけなさが残った女性。
少女と女性の間を行き来するような、曖昧な顔立ちに少しだけドキッとした。


「…せやけど、君は?」
『あ、私はみょうじ なまえっていいます。えと…一応同じ学部で、出席番号が後ろなんです』


ボク等の学部は出席番号は名前順やない。
せやから、後ろの人の名前なんて気にもしてへんかった。


「あァ、ほなよろしゅう」
『こちらこそ、宜しくお願いします。市丸さん』


柔らかく微笑んだ彼女の笑顔は、春の桜よりも優しく見えた。



今思えば、あのときから、ボクは彼女に夢中やった。
必須科目の授業は殆どが出席番号順に席に着かなあかん。
普通なら、なして大学生にもなって出席番号順に座らなあかんねん、と悪態をつくとそろやけど、ボクの後ろに君が座る、と思うとそれだけで嬉しくて。
君が居てへん日は、授業に集中できひんくて。

君の居場所が知りたくて仕方なかった。



ボクはなまえちゃんと出会うた日を思い出しながら、鍵と同じ数字の書かれたロッカーを開けた。

ふわり、なまえちゃんの香りがした。


( ―…また、手紙? )


そこにあったのは、阿近サンに渡された封筒と同じもの。
中には手紙と鍵。


ボクは手紙を開いた。


[ 拝啓 市丸ギン様 ]


堅苦しい始まり方をした手紙は、やはり君の香りがして。
その丸い文字は、堅苦しさを少しだけ和らげとった。


[ ギンと出会って、もう四年も経ちました。

あの、大学一年の春。窓から差し込む日差しに透ける、銀色の髪が凄く綺麗だと思ったのを、今でも覚えています。

思えばあの日から、私はギンに夢中でした ]


奇しくも、ボクが反芻した想いが、手紙の中の君と重なり合ったことに小さな幸せを感じた。

白い便箋に書かれた言葉は、余白を三分の一ほど残してそこで終わっていた。

そして最後の行に、やはりメモ書きの様なメッセージ。


《 東空座町駅 南口 》


…と、鍵。


( 何や、宝探しみたいやなァ )


ボクは少しだけ童心に返ったような、心の隅を擽られたような感覚に陥った。

向かってくる人を避けながら、ボクは南口にやってきた。
南口はメインストリートと反対側で、バスやタクシーのロータリーも無いため、西口に比べて圧倒的に人が少なかった。

そこにポツン、と存在を忘れられたようなロッカーが数列あり、その中から鍵と同じ数字を探す。


( 今度は、710 )


ナナイチゼロ…
あァ、7月10日のことや。

君と初めて二人きりで出かけた、あの日。



『今日は何の日だー』
「……納豆の日」


大学生活も2年目に入り、出会った頃よりもボク等の距離はグッと縮まっとった。
君の電話番号は勿論、SNSアプリで互いのIDを友達として登録済み。

ボクは君をなまえちゃんと呼び、君はボクをギンと呼ぶ。

授業中、教授の目を盗んで。
ボクが前、君が後ろの30センチの距離で。
小声でさえ聞こえる、近すぎる距離でのメッセージのやり取りが楽しかった。


『ぶっぶー、今日は第一中央の花火大会ですー』


唇を尖らせ、楽しそうに笑うなまえちゃん。


『それに、7月10日は、納豆ネバネバ平安京でしょ?』


得意気に鼻を鳴らすなまえちゃんに、ボクは吹き出した。


「それを言うなら平城京やろ」


ボクの言葉に、耳まで赤くしたなまえちゃんを、心底愛おしく思った。


『折角花火大会誘いに来たのにー。そんな揚げ足とるなら、誘ってあげないんだから』
「へェ、なしてボクんこと誘いに来たん?」


腕を胸の前で組んで、わざとらしく頬を膨らませたなまえちゃんに、ボクも意地悪で返す。


『ッど、どうせギン暇だろうし? 一人寂しく花火の音聞くくらいなら、私が付き合ってあげようと思って』
「ふゥん。せやったら阿近サンでも良えやん」


自分でも、大人気ないことくらいわかる。
せやけど、なまえちゃんが素直になれへんから。
そない言葉が欲しいわけやない。


『意地悪。ギンと一緒に行きたいの!』


不本意、とでも言いたげに視線を外したなまえちゃん。
言わせた感じはあったけれど、それでもなまえちゃんの言葉に脳が揺れた。




[ 大学二年生の夏、覚えていますか。

ギンを初めて花火に誘う時、信じられないほど手が震えて、耳の先まで心臓になったみたいにドキドキしたの。

ギンは意地悪ばかり言って、中々頷いてくれなくて。
それでも、最後に吐き出した私の本音に、ギンはいつもの貼り付けた笑顔じゃなくて、本当に嬉しそうに笑っていました。

その笑顔に、期待を抱いたのがあの夏の日でした。

あと、今はちゃんと平城京で覚えました ]


なまえちゃんらしい、最後の一言に。
ボクは殆ど人の居ない駅で小さく笑った。


《 ○○駅 北口 》


( …? 駅名が書いとらん )


最後の一行は駅名が書かれてへんかった。
せやけど、封筒には同じような形の鍵が入っとる。


( この駅にはもう出入口あらへんし… )


掌の鍵を見つめると、プレートの色や鍵の形が若干違うことに気がつき、この駅やないねや、と自分の中で1つの答えが出た。

せやけど、そしたらどこ?

近くの駅を幾つか頭の中で思い浮かべるが、どれもピンと来ォへん。

掌で暇そうにしとる鍵のプレートに視線を落とす。


【 910 】


今日の日付…ボクの誕生日…


「!」


今日、そうや。今日や。

ボクの誕生日やけど、それだけやない。
ボクの誕生日よりもずっと大切な、二人の日。

プレートの数字の意味を理解した瞬間、自ずと駅の答えも出てきた。
ボクはロッカーの鍵をポケットにしまうと、来た道を戻って、駅の中央改札口前にある電子掲示板を見上げた。

そこに掲示された時刻と、目的の駅までの電車が発車するまで、ほんの1分。
ボクは慌てて改札口にICカードを翳してゲートを通ると、改札口から1番遠い階段を駆け上がった。

階段をあと三分の一残したところで、電車の発車ベルが鳴り響く。
駆け込み乗車はご遠慮ください、という駅員サンの独特な声色を無視して、ボクは閉まる寸前の扉にするりと身体を滑り込ませ、全力で駆け込み乗車した。


荒い吐息は静かな電車内ではイヤに目立つ。
深く深く。呼吸を数回したところで漸く息が整った。

心地よい電車の音。
流れる景色、アナウンスの声。


( 二年前の今日は、もっと緊張してたなァ )





《 明日、大事な話があるから 》


SNSアプリが、聞き慣れた電子音でメッセージの着信を告げる。
画面に視線だけ落とせば、そこに映し出されたなまえちゃんの名前に、急いでスマホを手に取った。


「大事な話…」


ボクの頭の中は一瞬で不安に染まる。
好きな人ができた、とか。
彼氏ができた、とか。
せやから、もうボクとは遊べへん、喋れへん。

そないな、ボクにとって不都合極まりない話を切り出されるんやないかと、不安がボクの胸の中を抉り取る。

今日がボクの誕生日や、ということも。
もしかしたら、良え話かも、なんて考えは全部吹き飛んで。
ボクは唯、なまえちゃんからの " 大事な話 "に怯えた。

いやや、行きとォない。
せやけど。折角のなまえちゃんとの時間を無駄にもしとォない。
ほな、どないしたら正解なのか。

その答えは、問いかける前に決まっとって。
ボクは指定された時間に間に合うように、一本早い電車に揺られていた。

2回乗り継いで着いた駅は、終電が23時には終わってまう、ローカル線のど真ん中。
ボク以外、誰も電車から降りひん少し寂れたその駅の、どこか懐かしいような空気を肺いっぱいに取り込んだ。

次にこの電車に乗るとき、ボクはー…

暗い予感がボクの脳裏を侵食していく。
掠れた発車ベルが鳴って、電車は鈍い音を立てながらボクの悪い予感も寂れた駅の空気も全部巻き込んで発車していった。


「……よし、」


ボクは誰に言うわけでもなく、覚悟を決めて階段を上がった。
ぽつん、夕日を背に佇むのは、


「なまえちゃん」


声をかけると、彼女は見たことない表情で振り向いた。
眉間にぎゅっとシワを寄せて、下唇を噛んで。

今にも泣きそうな、そない顔に、ローカル線が連れて行った悪い予感が笑いながら戻ってくる。


「…どないしたん、」


声が震える。
聞きとォない。あぁ、せやけど。
そない顔もして欲しくない。


『ギン、あのね』


なまえちゃんの声も震えていた。
頼るように自身のスカートを握る指先も、長い睫毛の先も、震えていた。


「珍しいなァ、なまえちゃんから誘って来はるの」
『そう?…まァ、言われてみれば最近私からは誘ってなかったかもね』


ボクは臆病やから。
なまえちゃんの紡ぐ言葉を遮って、ボク等だけしかいない駅の構内を見渡した。
なまえちゃんは何かを隠すように俯いた。

あァ、どうやら。
ボクは君に会いとォてここまできたのに。
君の話を聞く覚悟は出来てへんかったみたいや。


『あのね、ギン』
「明日提出のレポートの話?写させへんよ」
『違うの、あのね、』
「あァ、ほなあれや。ゼミの課題終わってへんねや」
『っ、ギン!』


なまえちゃんの次の言葉を、悉く避け続けるボクに痺れを切らしたようにボクの両手首を握りしめて、真っ直ぐボクを見上げた。


「―…何」


自分でも驚くくらい、低くて冷たい声。
その声に、ボクをつかむなまえちゃんの手が少し震えた。

それでもなまえちゃんは、覚悟を決めたようにボクを見据える。
そない顔、見たことない。

なまえちゃんは深く息を吸うと、


『私、ギンが好きなの!』


吸った空気全部吐き出す勢いでそう言い切ると、なまえちゃんのまん丸い目には薄い涙の膜が張られた。


「…、今…なんて…」


なまえちゃんがボクの周りの空気までも吸ってしもたのか。
それとも唯、ボクの脳が痺れてるだけなのか。

そない簡単なことも判断できひんほどに、ボクは脳も心も揺さぶられとった。

あァ、これを人は "動揺" 言うねや。なんて理解した頃には、なまえちゃんの瞳からポロポロと大粒の涙が転がり落ちて白い頬に筋を作っとった。


『ッふ、ぅ…ッ!』


声は漏らすまい、と唇を噛み締め。
この涙は何かの間違い、と言うかのように手の甲で何度も擦り上げては、目を覆う。


「なまえちゃ…」
『ッギンの、ばかぁ…!』


彼女に触れようと、伸ばした手は宙を掻いて行き場を失った。


『ちゃ、んと…話し聞いてくれないし…! 聞いたこともないような、低い声…出すし…』
「…ご免」
『…ッ!!』


ボクのご免、という言葉になまえちゃんは涙を拭うことをやめて、ぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


『そ、うだよね…』


なまえちゃんの声が、絶望に染まる。
あァ、違う。違うわ…、そういう意味やなくて。


心の中で言い訳を幾ら連ねても、それがなまえちゃんに届くはずもなく。
ボクは意を決して、コンクリートに涙のシミを作るなまえちゃんをグッと引き寄せた。


『ッ―…ん』


引き寄せた勢いを少しだけ殺して、ボクは屈んでなまえちゃんの唇に自分の唇を掠めた。
そしてそのまま、なまえちゃんを自分の腕の中に閉じ込めた。


「そういう意味のご免やない。ちゃんと話…聞かへんでご免なァ」


ボクの腕の中でなまえちゃんが固まるのを感じた。


「大事な話言うから…、好きな人ができたっていうのかと思って。そないな話、聞きとォなくて…」


恐る恐る、なまえちゃんの強ばった体が解けていく。
幾らか抱きしめやすくなったその体を、ボクは離すまい、と更に強く抱きしめた。


「せやけど、君の好きな人がボクで良かった」
『…え』
「ボクの好きな人も、なまえちゃんやから」


ボクの言葉に、なまえちゃんはもぞもぞと、押し付けられた胸から顔を上げてボクを見遣る。
その瞳にはまだ涙の膜が張られたままやったけど。


その涙の膜は、先ほどのよりも少しキラキラして見えた。


『お、お誕生日おめでとうって、言いそびれた…』
「今言うてくれたから、それで良え」


それに、
と続けると、ボクはまた、なまえちゃんの唇に自身を重ねた。


「今までで一番のプレゼント貰うたしなァ」


そう言って笑うと、なまえちゃんは少し不貞腐れたような表情でボクから視線を外した。


『バァカ』


そう言ったなまえちゃんは、耳の先まで赤かった。




そない、2人の想いが通じあったのが二年前。
そう、今日はボク等が付き合うた大切な日。

ボクはあの日の駅で電車を降りた。
あの日と同じ、誰も降りひん駅。
あの日と同じ、寂れた空気。

唯一つ、あの日と違うのは。
ボクのこの、胸の中で逸る気持ち。

早よ、なまえちゃんに会いたい。
階段を駆け上がると、そこには―…


「……あれ、居てへん」


あの日のように、1人佇むなまえちゃんの姿を想像したけれど、そこには夏が抜けきらへん日差しが、窓枠の影をこれでもかと伸ばしているだけやった。


( あァ、せや。鍵… )


ボクの身動きに合わせて、ポケットの中で存在を主張するかのようにチャリン、と少しくぐもって聞こえた金属音。
ボクはポケットから鍵を取り出して、コインロッカーの前へと移動した。

寂れた構内と同じくらい、寂れたコインロッカー。
縦に五つ、横に五列で並んだコインロッカーは、【 895 】番から始まっていて、この鍵の番( ツガイ )は四列目の1番上にあった。

そこに鎮座する二十五個のコインロッカーの内、唯一鍵の外れたコインロッカー。
そこに鍵を差し込めば、面白いほどすんなりと鍵穴が回る。

その正方形の扉を開くとー、



[ Happy Birthday to you ]





と書かれたカードと、その下にケーキの箱。
扉を開いた瞬間に溢れ出したなまえちゃんの香りに、何故かものすごく、彼女に会いたくなった。

ボクは壊物に触れるかのように、そっとカードを手に取る。

そのカードの下に書かれた、小さな [ ふりむいて ] の文字。
最後のなまえちゃんの指令を、ボクは実行することができひんかった。

何故ならそれは、指示した本人の手によって阻まれたから…


「なまえちゃん、それやとボクが振り向けへんで」


ボクの腰に回された華奢な白い手に、そっと自分のものを重ねる。
ボクの冷たい手と、なまえちゃんの暖かい手が溶け合って、幸せの温度を作り出す。


『誕生日、おめでとう』


なまえちゃんはボクに回した手を退けることなく、ボクの背中に吐き出した。

その小さな、けれどボクが聞くには十分な声に、ボクも同じくらいの音量でありがとう、と応える。


『よく、ここだって分かったね』
「なまえちゃん、自分で思うとるよりもずっと、ヒント出してるで」
『えぇっ』


なんてこった、と言わんばかりの声が背後から聞こえる。
なまえちゃんの温もりが少し離れたのを感じ、ボクはその隙を突いてくるり、振り向いた。


『わ、』


そのままの勢いで、ボクはなまえちゃんを抱きしめた。
温もりも香りさえも逃さへんように、これでもかときつく、きつく。


『ギン?』


なまえちゃんの少し不安そうな声が、ボクの耳元で聞こえた。


「今回のこのゲーム、楽しかったんやけど…一つ欠点が」


ボクの感想に、ボクの腕の中で大人しゅうしとったなまえちゃんの体が一気に強張る。


『な、何?失敗だったかなぁ?』


不安そうな声に、ボクはふっと小さく笑みを零して。
抱きしめた距離、マイナス5センチ。


「これな、めちゃくちゃなまえちゃんに会いとォなる」


お宝が見つかるまでに要した時間は、1時間47分。

その間、ボクの頭からなまえちゃんは一瞬たりとも離れずに。
ボクの脳に根っこ張ってずっとずっと、そこに居た。

この1時間47分に、なまえちゃんとの二年間の思い出が凝縮されてボクの中を満たしていく。

ロッカーを開けるたびに香る、なまえちゃんの匂いも、
出会いも思い出も全部、君に会いたいという想いを増長させた。


「なまえちゃん、」
『なぁに?』


少し間延びしたなまえちゃんの声に、心のきゅっときつく縛られたような緊張感は嘘みたいになくなり。
この声に、一生安心していきたい。なんて思うてしもたから、もう重症。


「大好き」


そのたった一言がなまえちゃんにはクリーンヒット。
今度は首まで赤くしたなまえちゃんに、ボクは有無を言わさずキスをした。

あの日と同じ、寂れた駅で。
あの日と同じ、日付のロッカーの前で。


ボクは君に、もう一度。
愛の言葉を吐いて見せた。


唇が離れると、なまえちゃんは照れくさそうにボクを見遣り、


『私も、大好き』


と微笑むから。

唯の休日の最上ランクを、今日という日に付けたくなった。


ボクの誕生日、

君との記念日、

9月上旬の土曜日、

この休日に、星五つ。






君と過ごす9月10日は、

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何度過ごしても飽き足りひん。


( 市丸サンはぴば )

16.9.10.16:40







 

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