甘くて、苦くて、くそったれ。






『しゅーへー』
「…何スか、なまえ先輩」


瀞霊廷通信の原稿チェックをしている修兵を見かけ、声をかける。
修兵は副隊長。私は一端の九番隊下位席官。
そんな私が修兵を呼び捨てにするのは、普通なら許されない。

修兵自身生真面目な性格。九番隊元隊長、東仙さんも真面目な性格だった。
六車隊長に変わった今では、体育会系に変わってむしろ上下関係が厳しくなった。

そんな中でも、私が修兵を、修兵と呼び続けることを誰も止めなかった。
六車隊長も、本人が良いなら良いんじゃないか、と特に気に留める様子もなかった。

理由は至って単純。
真央霊術院で、私が先輩。修兵が後輩だった。

修兵が二回失敗した真央霊術院の入試を、私は一発で合格。
そのことをネタに、修兵にお弁当を作らせたり、買い物に付き合わせたり。

…本当は、先輩後輩なんて、そのときは関係なくて。
でもその関係を利用しないと、修兵と会う口実を作ることができなくて。


そんな、学生時代の甘酸っぱい恋。
それをいつまでも大事に温めているのではなく、唯々引きずってしまっているだけの私。

そんな、冬の終わり。










単純に一目惚れだった。
左頬に"69"の刺青を入れている人がいる、とちょっとした噂になっていて。
流行りの時事ネタに乗っておこうと、その姿を見かけたのがきっかけだった。

小さなきっかけは、月日を重ねるごとに大きくなっていくばかり。
大きくなりすぎた想いを吐き出すことはできず、そのまま卒業。

真面目な修兵の性格を利用して、先輩という立場を振りかざして。
今思えば卑怯な、幼稚な恋をしていた。


霊術院を卒業して、死神になった修兵はあっという間に私を追い越していって、もう手の届かない存在になってしまった。

真面目で面倒見がよくて、強くて格好良くて。
時々ムッツリな部分が垣間見える修兵は、それはそれはモテにモテた。


同じ隊にいるのに、遥か彼方に行ってしまった修兵と、何も持っていない一端の隊士である私を繋ぎとめていてくれるのは、霊術院時代の先輩後輩だった頃の思い出だけ。
自分でもわかってる。
こんな風に過ぎ去った過去にしがみついているのは、情けないし格好悪い。


それでも、どんなに情けなくて格好悪くても。
修兵への想いを手放せないのは、それくらい好きだから。


『修兵、チョコレートもらった?』
「何スかいきなり」


唐突な私の質問に、原稿から顔をあげて私を見つめる修兵。
しかしすぐに原稿に視線を戻し、納得したような表情を見せた。


「―あァ、今日はバレンタインですね」


どうやら、今日発行の瀞霊廷通信の特集がバレンタインだったらしい。


「もう如月も半ばなんスね〜」


へへっ、と何の気なしに笑う修兵。
あれ。私の質問は流されたの?


『誤魔化してもだめ。もらったの?もらってないの?』


自分でも驚くくらい、執拗な聞き方に修兵も少し怪訝そうな顔をする。


「どうしてそんな事気にするんですか?」
『そ、れは…』


思わず口ごもる。
ここで口ごもったら、余計に怪しいじゃない。


『も、もらってないなら可哀想だからあげようと思って!でもどうせ修兵のことだからいっぱいもらってるよね』


咄嗟に口をついて出た言葉は、半分が嘘で塗られていた。
修兵に渡すチョコなんて、用意していない。


「―じゃァ、貰ってないです」


修兵は持っていた原稿を机に置いて、真っ直ぐに私を見つめる。


『じ…じゃァって何よ』


向けられた真っ直ぐな瞳に、少しだけドキッとした。


「貰ってなければ、先輩がくれるんですよね?」
『ってことは貰ったんでしょ。貰ってるんなら、私のはあげないわよ』


ふん、と視線を修兵から逸らすことで、漸くいつも通りの口調に戻った。


「…貰いました。でも、俺だけでなく九番隊男性隊士全員に一斉に配る、所謂職場チョコです。全部義理です。それでもダメなら、今すぐ返してきます」


修兵の言葉に、ホッとする。
特定の女性からは、もらってないんだ・って。


『なんでそんなに必死なのよ、別にそこまでしなくて良いし』
「そこまでするくらい、俺は先輩のが欲しいんですよ。わからないんですか?」


聞いたことのないくらい、真剣な声色。
なんでそういうこと言うの。期待しちゃうじゃない。


『そんなこと言われても…。チョコ、用意してないし』


ここまで食い下がってくるとは思っていなかった私は、あっさりと白状。


「…じゃァ、なんでなまえ先輩はそんな嘘ついたんですか」
『う、嘘って…人聞き悪いなぁ』
「だってそうじゃないですか。チョコ貰ってなかったら、先輩くれるって。言いましたよね?」


気が付けば少しずつ距離を詰められていて、修兵の声はもう本当にすぐ傍で聞こえた。
近すぎる距離に、少し焦りながら後ずさろうとして気がついた。
私のすぐ後ろは壁であることに。


『ちょ、近…』
「逃がしません」



―ダン…ッ


誰もいない執務室に、修兵が壁に手を付いた音だけが重く響いた。
目を逸らしても、嫌でも視界に修兵の顔が入ってくるくらいの距離。
修兵の吐息で、前髪が少し揺れる。


心臓がうるさい。

息が苦しい。

私の心臓、血液循環させすぎ。



「ねぇ、どうして嘘ついたんですか」


低い、低い修兵の声。


『な、なんだって良いじゃない』
「良くないです」


理由にならない理由は、修兵に切って捨てられた。


「霊術院のときは、後輩の立場で居られて楽しかったんです。後輩だから、先輩の買い物や頼み事を断れないって演じていましたから」
『え…、演じるって…』
「先輩、俺が本当に唯の後輩だから先輩の傍にいるんだと思っていたんですか?」


クス、と見たことのない意地悪な顔で、修兵が笑った。


「後輩だからっていうだけじゃ、あんなに四六時中先輩の傍にはいませんよ」
『じゃ、なんで…』
「それに答えるのは、先輩が俺の質問に答えてからです」


きっぱりと言い捨てる修兵。
前にも後ろにも、言葉にさえ。私に残された逃げ道はないらしい。


『しゅう、へーが…特定の女の人からチョコを貰ったのかなって…確認したくて』
「へえ。どうして?」
『も、貰ってたら…嫌だったから』


威圧感のある声に、しどろもどろになりながら答える。


「なんで、俺がほかの人から貰ってたら嫌だったんですか?先輩には関係ないじゃないですか」


なんて、狡い言い方。
確かに関係ないわよ。

私が唯の先輩なら。

関係ある、って堂々と言える関係じゃないんだもの。


『それ、狡い』


ムッと唇を突き出して、不貞腐れる私を見て、修兵が笑った。


「すみません、少し意地悪しすぎました」


顔をあげれば、そこにはいつもの修兵。
良かった、そう思ったのも束の間。

修兵が空いている手で私の顎を掴んだ。


「今度はちゃんと、俺の目を見て直接言ってください。回りくどい言い方は無しで」


意地悪く口角をあげた修兵を、この数十年間で見たことない。


「どうして、俺が他の人にチョコもらったかどうか、関係ないなまえ先輩が気にするんですか?」


どうやら、狡い質問は変えるつもりはないらしい。
もう本当に、前も後ろも言葉も視線も。
全ての退路を塞がれた私は、観念するしかないみたい。


『…修兵が好きなんだもん…!気になるじゃない!悪い?!』


最後はやけくそ。
そう言い切った私に、修兵が妖艶に微笑んだ。


「知ってます。俺も霊術院時代からずっと好きでした」
『なッ…』


なにか言い返そうとしたけれど、それは叶わなかった。

なぜかというと、言い返そうとした私の唇は、修兵の少し冷たい唇で塞がれていて。
呼吸をすることさえ許されなかったから。

こんな強引なキス、先輩にするもんじゃないでしょう!


心の中でそう怒鳴ったものの。
とてもとても甘いそのキスに、チョコレートなんて要らないって思ってしまった。


初めてのキスは甘くて、

言えなかった想いは苦くて、



でも、修兵には全てバレていて。
一人、空回りしていたこの恋に完敗。


私を先輩と思っていない、生意気な修兵はくそったれ。







あの頃の恋は、甘酸っぱくて。

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貴方のくれるキスは、


( 唯々甘い )

16.2.14.20:58






 

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