夜長月の誓





「なァなァ、なまえちゃん」
『なんでしょう、市丸隊長。溜めていた書類が終わったんですか?』
「いや、実はな。ボク明日誕生日やねん」
『書類ができてないのでしたら、話しかけないでください』
「え、ちょ…ッ」


えげつないくらい、きっぱりあっさり。
ボクの彼女のなまえちゃんは、ボクに背を向けて執務室へと入っていった。


ボク、仮にも彼氏やで。

その前に上司でもあるんやで。

せやかてなまえちゃんは三番隊の三席やし。

ボクは三番隊隊長やし。


最近めっきり涼しくなった長月の始め。
空は曇り空が多い今日この頃。

ボクの彼女は相変わらず冷たいです。

















( 全く。失礼しちゃう。私を誰だと思ってるのかしら )


執務室の扉を閉めたところで、思い切り頬を膨らませる。
今日は長月の九日。

明日が何の日かなんて、忘れてるわけ―…




『ッ忘れてた……/(^o^)\ゲフゥ』
「!?ど、どうしたんだい…みょうじ三席…」
『何でもないです、吉良副隊長』


突然の奇行に、肩を震わせる吉良副隊長。
一瞬で元の表情を作り直して、自席に着く。


( あーあ、最近まじで忙しかったから完璧に忘れてた )


オヤジでもつかないような深いため息を机の上に吐き出しながら、頭を抱える。
今からでも間に合うかな、いや。間に合わせるしかないんだろうな。

いやだがしかし、最近忙しすぎて奴との時間を取ることさえできていなかったから、欲しいものとかのリサーチもできてないんだよな。
こうなれば仕方あるまい、仕事をさっさと終わらせて乱菊さん辺りと飲みに行くしかなかろう。


と、ここまでわずか0.1秒くらいで考えを纏めて、顔をあげた。


『吉良副隊長』
「ん?どうかしたかい?」


さっきから私の奇行が激しすぎるからか、声をかけられて動揺する吉良副隊長。


『今日、残業なしで』
「…あァ、構わないよ。最近みょうじ三席ずっと残業続きだったしね。それに―…」


吉良副隊長はそこまで言うと少し間をおいて、


「明日は市丸隊長の誕生日だからね」


と、弱々しく微笑んだ。

ああ、なんてこったい。
吉良副隊長までも明日が奴の誕生日であることを覚えているのに。
私は忙しさを理由に脳内から排除していたなんて。


『……彼女失格ですよねェ』


そう独り言を落として、秋の曇り空を見上げた。
ここ最近、スッキリと晴れるような天気にならず、心なしか気持ちも落ち込む。

私のこのアンニュイな気持ちも、灰色がかった町並みと、どんより重い雲の所為だと言い聞かせた。









『―ってことで乱菊さあぁあん!奴の欲しいもの、教えてくださいぃ』


ダンッと机に叩きつけるように、ビールの入ったジョッキを置く。


「相談なんて言うから、どんな深刻な悩みかと思ったらそんなこと?」


はぁ、と艶っぽくため息をつく乱菊さん。
その色気を半分ください…。

両手を組み、その上に顎を乗せる姿はまさに妖艶。
お酒で少し潤んだ瞳と蒸気した頬。
いつもなら下品に騒ぐ乱菊さんも、私の相談事と聞いてあまり激しくは呑まず、おちょこを指先でつついて弄んでいた。


『…最近、忙しいが口癖で…それを理由に、忘れるなんて。私、ひどい彼女ですよね…』


唇を尖らせて俯く私に、乱菊さんは柔らかく微笑んだ。


「何言ってんのよ。自覚してんだからあとは直せば良いのよ」
―自覚してるのに、見て見ぬふりする人の方がよっぽどタチ悪いわ。



そう言って乱菊さんが笑ってくれたから、私は幾分心が軽くなる。


「それに、ギンが喜ぶ物なんて、アンタが一番わかってるんじゃないの?」


唐突に投げかけられた言葉に、驚いて顔を上げる。


『えっ』
「…なァに?恍けるつもり?それとも本気でわからないの?」
『…後者です』


真顔で乱菊さんに詰め寄ると、眉間にシワを寄せる乱菊さん。


「ギンも哀れねェ」
『えっ!』


やはり私は彼女失格なんだろうか…。


「今回は特別にヒントをあげるわ」


落ち込む私の姿を見てか、乱菊さんが少し困ったように笑った。



「いい?ギンはアンタのことが何よりも、誰よりも好きなのよ」


第三者からそうはっきり言われると、胸がこそばゆくて思わず赤面してしまう。


『……え、それがヒントですか?』


その後に何も言葉が続かないので、思わず前のめりになって問い詰める。


「当たり前でしょ〜?これで分からないんだったらいくらなんでもギンが可哀想よ」


フンッと鼻息を荒くお酒を煽る乱菊さん。


『でもそれって……えぇええぇえ』


乱菊さんの言葉通り受け取ったら、そういうことだ。


「……取り敢えず頑張んなさい。協力くらい、いくらでもするから」


クスッと、唇の端から漏らすような笑みで私を横目に、乱菊さんは再びお酒を煽った。



そんな、一大決心をした夜更け。
あと数刻で、奴の誕生日。







[ ―…市丸隊長、本日午後戍亥。三番隊舎の屋根の上で待っています ]



今日も生憎の曇り空。
長月の始めは、雲が重たい。

そない、秋の風に乗って地獄蝶がひらり。
ボクの元へと舞ってきた。


昨日、あれだけ冷たくあしらわれたから、今日のボクの誕生日も。
いつもみたいに「忙しい」言うてなかったことになんねやろ。思とった。

心のどこかで諦めとったし、どこかで諦めることが当たり前やと思うようになっとった。


期待してへんかった分。
たったそれだけの言葉が嬉しい。


勿論、ボクの誕生日を祝ってくれるいう保証はないねやけど。
せやけど、ボクの誕生日に会うてくれるという事実が、唯々嬉しかった。


「―…イヅル!今日は残業なしで!」


隊首室に入ってきたイヅルに、早々にそう言えば。


「……今まで残業されたこと、ありましたか?」


と、えげつない程怪訝そうな顔で言われる。
それもそうやね。なんて笑って。

ボクは取り敢えず、机に置かれた書類を一枚手にとった。


「それはそうと、お誕生日おめでとうございます。これ、どうぞ」


イヅルはそう言ってボクの机に更に書類を山積みにする。


「えぇ…いけずやなァ…こない嬉しゅうないプレゼント、初めてやわ」
「でしょうね。なのでこれもおまけで付けておきます」


と、心底嫌そうな顔をするボクに、イヅルも眉尻を下げて笑うた。
書類の上に置かれたのは、籠いっぱいの干し柿。


「これでも食べながら、頑張ってください。いまお茶いれますね」


イヅルはそう言って給湯室へと入っていった。
ボクは早速籠の中から一つ、干し柿を手に取って口へと運ぶ。

ほんのりと甘い香りが鼻を抜け、熟した甘味が口いっぱいに広がった。


何百回と迎えてきた誕生日やけど、それでもやっぱり、「おめでとう」は嬉しい。

…なまえちゃんも、おめでとう言うてくれるかな。


なんて。秋空に思いを馳せながら、渋る右腕をどうにか動かして書類を進めた。







( よし。もう後戻りはできない )


地獄蝶を飛ばしたあと、私は十番隊へと赴いた。


『乱菊さん。今日戍亥です。お願いします』
「まっかして。もう阿近には頼んであるから」
『えっ、阿近さんに頼んだんですか!?』


あの方、忙しいのに…。と心配する私を他所に、乱菊さんはケラケラと楽しそうに笑う。


「大丈夫よ、あいつ。ああ見えて祭事好きだからね。曇り空だけど、雨は降らないって言ってたし。あとはあいつに任せましょ」


バチン、とウインクして見せる乱菊さん。
美人がウインクすると、こうも魅力のある行為なんだなぁ、としみじみ思う。


『では、私は執務を終えてから最終確認に入りますので。よろしくお願いします』


私はそう言って十番隊を後にした。

もう午後になろうかという時間。
急いで今日の分の仕事を終わらせないと。

私は不得意な瞬歩で、三番隊舎へと戻った。








―就業時間終了を知らせる鐘は、数刻前に鳴った。

ボクは少し肌寒くなった夜の秋を歩いとった。


( 今日一日、一回もなまえちゃん見ィひんかったなァ… )


今日も忙しなく動き回っているのは、霊圧を追えばすぐにわかった。
それと同時に嬉しく思えた。

ボクとの時間を作るために、動きまわってくれてるのか、と。
淡い期待を抱いとった。


ボクは、なまえちゃんからの伝言通りに屋根へと上がった。
するとそこには、ちょこんと座る、なまえちゃんの姿。


なまえちゃんもボクに気づいたのか、軽く手を挙げて笑った。


『隊長、こっちです』


その柔らかい笑みが、唯好きやった。


「何や、久しぶりやね。こうして二人で会うの」
『う…。すみません、私が忙しいばかりに』
「別に責めてるんやないよ。単純に嬉しいだけや」


萎縮するなまえちゃんの隣に、そっと静かに腰を下ろす。
心なしか、小さくなまえちゃんが震えた気がした。


すると、それとほぼ同時に。
曇り空に大きな音が響いて、夜空が鮮やかに彩られた。


「―…花火?」
『えぇ。夏の終わりに、最後の花火も良いかと思いまして』


赤、緑、青、橙色。


色とりどりの大輪が夜空を色濃く染め上げる。


『阿近さんと乱菊さんに手伝ってもらったんです。綺麗でしょう?』


へへっ、と少し得意げに笑うなまえちゃんはどこかあどけなく。
悪戯が成功した子どもみたいに笑うた。


「あァ、良えね」


ボクも負けじと、優しく微笑みかける。

なまえちゃんがボクの為に用意してくれた。
それだけで、心の内側が暖かい物で満たされたような気持ちになる。


『あ、あのね…ッ』


花火に見とれていると、隣でなまえちゃんがより一層体を小さくした。
膝をぎゅっと抱え、背中も丸めて首をすくませる。


―…何それ、かわええ。



『わ…私、最近"忙しい"が口癖で…。ギンに…寂しい思いさせちゃってたよね』


先ほどまで、ボクを"隊長"呼んどったなまえちゃん。
久々に聞いた、"ギン"と呼ぶ声に、思わず胸が高鳴る。


『今日も、本当は…忘れちゃってたんだ。ギンに誕生日だって言われるまで』
吉良副隊長や、乱菊さんは覚えていたのにね


少し悲しそうに、自分の膝を見つめながら笑った。


『ギンからしたら、私…彼女失格かもしれないけど…』


段々、なまえちゃんの声が震え始める。

あァ、あかん。
大丈夫や、て。優しく体を引き寄せてあげたい。


せやけど、一生懸命言葉を絞り出そうとしとるなまえちゃんを、引き寄せたらそこで言葉が止まってしまいそうで。

ボクは唯、花火の轟音の中、一言一句聞き漏らすまい、となまえちゃんの小さな声に耳を傾けた。


『……まだ、私と一緒にいたいと思ってくれているなら…』


なまえちゃんはそこまで言うと、下唇を噛み締め、何かを覚悟したような表情になった。
そして自分の懐に手を差込み、小さな箱を取り出した。

一瞬でそれがプレゼントやて分かり、ボクの心はわかりやすく踊る。

なまえちゃんはその箱を握り締め、胸の前で大事そうに抱いてから、ボクと向き合った。


『これ、受け取って…』


震える声。
震える指先。
震える薄い肩。


ボクは躊躇うことなく、箱を受け取る。


「―…開けても良えの?」


ボクの言葉に、なまえちゃんは眉間にシワをよせ、緊張した面持ちで頷いた。
ボクはそれを確認すると、淡い水色のリボンを解いて、箱を開けた。


「―……ッこれ…!」


箱の中で輝くそれの真意を探ろうと、バッと顔を上げると、そこには泣きそうな表情のなまえちゃん。



『ッッ…ぎ、逆プロポーズってことで…どうッスか…!』


耳まで真っ赤にしたなまえちゃんは、目をきつく瞑って半ば強引に言い切った。

ボクが受け取った箱の中で、花火に彩られて虹色に輝いたのは指輪やった。


『ぎ…ギンとの時間を犠牲にしてしまっていたけれど…犠牲にした分の時間を、プレゼントにしてみたの…。時間は戻っては来ないけど、今までギンの為に使えなかった時間を、形にしたかったの』


涙声のなまえちゃんは、精一杯強がって笑う。


『今までたくさんの時間を無駄にしてきちゃったけど…。これからは同じ時間をもっと共有していきたいです』


緊張から、目を涙でいっぱいにしたなまえちゃん。
その瞳に、涙で歪んだボクが映った。


『わ、私と結婚してくだしゃい…!』


震える声で、最後だけ噛むから。
なまえちゃん自身、大事なところで噛んでしもうたことに絶望しているから。


ボクは思わず笑えてきた。

仮面なしで、歯を見せて笑うなんて。
ボクができるようになるなんて。

この笑顔を引き出してくれたのは、紛れもなく君やから。

ボクはどないして、君にNOと言えるのやろう。



「…これ、はめてくれるんやろ?」


ボクは箱をなまえちゃんへ向ける。

なまえちゃんは口をへの字に曲げて、眉間にシワを寄せた表情でボクを見遣る。
その表情にボクはまた笑うた。


『は、はめてくれるの?』


なまえちゃんは漸く明るく笑った。


「…当たり前や。ボクが本当の笑顔見せられるんは、なまえちゃんだけや」


ボクはそっと、なまえちゃんの髪に手を添えた。
その髪は触り心地がよく、手のひらに吸い付くようやった。


「ボクの方こそ、これから先何十年、何百年と。なまえちゃんの隣で年をとっていきたい」


この愛に、終は来ない。
そう断言できるほど、ボクは君に全てを奪われた。


「ボクの時間はいくらでもなまえちゃんに使いたい。同じ時間を共有していきたい」


そこまで言うと、堪えきれずになまえちゃんの瞳から涙がこぼれ落ちた。


「愛しとるよ、なまえちゃん。この世の何よりも、誰よりも。大切で、愛おしい」


そう言って、なまえちゃんを自分の胸の中に引き寄せた。
なまえちゃんはボクの襟元を握り締めて、小刻みに震える。


「こちらこそ、ボクなんかで良ければ…結婚してください。その代わり、一生離せへんけど」


冗談めかして笑えば、なまえちゃんは、絶対よ。と涙でくしゃくしゃな顔のまま笑った。


「ほな、はめてや」


ボクがそう言うと、なまえちゃんは一度ボクから離れて箱の中身を優しく取り出した。
そしてそれを親指と人差し指で持つと、ボクの左手をとった。


『なんだか緊張しちゃう』


と、微笑みながら。
ボクの約束の指に、その印を刻んだ。

何のつっかかりもなく、するりと根本まで滑り込んだその印は、いつの間にか晴れた夜空に浮かぶ、月明かりに反射して白く光った。


『愛してるよ、ギン』


満面の笑顔をボクに向けるから。
ボクは、その笑顔を命に換えても守っていこうと決めた。


「ボクもや」


二人で目を合わせ、一度だけくすり、と小さく互いに笑った。
それを合図に、どちらからともなく唇を重ねて。

秋の夜空の下。


ボク等は永遠を誓った。




それは長月の、大輪が彩る夜空の下の出来事やった。








月明かりのベールを纏って、
夜長月の誓
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ボクは今、君に全てを捧げると誓う


( 今度はなまえちゃんの指輪を買いに行こう )

15.09.10.12:03









 

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