今から君に、告白します。







――今から、君に告白します。




襟足を撫でる風が、ひんやり冷たい。
乾いた頬をかすめていく風は、紙やすりのように痛い。


小雨が雪に代わってもおかしくないような、曇り空の下。


「市丸隊長!いい加減になさってください」
「いややわ、イヅル。年末やのにえげつないこと言わんといて」
「年末でも年始でも、隊長は仕事なさらないでしょう」


ピリピリする吉良副隊長と、飄々とする市丸隊長。
その様子はいつもどおりだけれど、どこか違うような…


『あの…』
「―あ、すまない。みょうじ三席」


つまらないところを見せてしまったね。
と、静かに困ったように笑う吉良副隊長。
その後ろから、子どものような笑顔を覗かせる市丸隊長。


「イヅルはいつもこんなんやで」



右手を死覇装の袖口の中にいれたまま、口元にそっと添えるその仕草は、子どもの内緒話の姿によく似ていた。



「隊長は余計なことおっしゃっていないで、年末書類の作成してください」


私に向けていた表情とは一変して、市丸隊長に向ける表情は堅くなる。


「きっついこと言うと、なまえちゃんに嫌われるで」


面白そうに笑う隊長に一瞥くれると、隊長はわざとらしく怖い怖い。と肩を竦める。


( 書類、渡したいだけなのになぁ )


両手で握る書類に、視線を落とす。
別に隊長達の茶番を見に来たわけではない。


「失礼しまーす、九番隊から書類です」


不意に、背後から真面目そうな声が聞こえ、隊主室の襖が開いた。


「お、みょうじ。元気か?」


現れたのは、笑顔の眩しい檜佐木副隊長。


『おかげさまで、元気です』


営業スマイルを貼り付け、振り返る。


『そんなことより、檜佐木副隊長は寒くないんですか?』


死覇装の本来袖のある部分から伸びる、逞しい腕に目をやる。
今はもう年末ですよ、師走ですよ。
どうしてそのような格好で出歩けるのでしょうか。


「寒いに決まってるだろ」


何を当たり前なことを、ときょとんとした表情を見せる。
じゃあ何故上着を着ない…


「檜佐木副隊長、書類預かります。あ、みょうじ三席の書類ももらうね」


待たせてごめんね。と謝る吉良副隊長の、眉尻を下げた微笑み。


( 謝るの、二回目… )


隊首室にいた時間はほんの数分。
その間に、吉良副隊長から謝罪の言葉が出たのは二回。


( 謝るのが、好きなのかしら )


「失礼しました」
『―…失礼しました』


檜佐木副隊長が下がるのに習って、私も会釈をして隊首室から出る。


「やっぱ師走の空気は肌に刺さるな」


寒い、と口にする檜佐木副隊長。
それはそうでしょう、その死覇装じゃ。

頭の中で冷静にツッコミを入れる私。
執務室へ向かう私と、自分の隊舎に戻る檜佐木副隊長とで道が別れる。

じゃあ、ここで。と会釈をして私は檜佐木副隊長の背中を見届けてから執務室の襖をあけた。




執務室では、同期たちがざわつく。


「お前檜佐木副隊長と何話してたんだよ〜」
「いいなあ、檜佐木副隊長と話せて。羨ましい」
「檜佐木副隊長、寒いって言ってた?」


何故か各世代によって、憧れの死神がいるらしく、私たちの世代では男女どちらからもダントツで檜佐木副隊長が人気を集めている。
一つ上の世代では、日番谷隊長、一つ下では朽木隊長ファンが多いらしい。


『たまたま隊主室に書類配りにきていただけよ。あと、あの格好はやっぱり寒いみたいよ』


私の言葉に、やっぱり〜と頷く人、何で袖のあるもの着ないんだろう、と小首を傾げる人と様々なリアクションを見せる。
それでも最終的には「そんなところも格好いい」の一言で纏められて終わる。


そんな「憧れの檜佐木副隊長」と並んで歩こうものなら、駐屯地に爆弾を投下したような勢いで、こうして質問攻めに遭う。
私は同期たちのリアクションを横目で見ながら、自席に着席して書類を書き進めた。


三番隊は割と働き者が多い隊だとは思うが、隊長が ああ なので、執務室にも書類の山は幾つもある。
その中でも、上位席官以上しか作成できない書類が一番多いため、私を含めた上位席官の机には他の隊士たちよりも三倍近い量の書類が置かれている。

一枚終えては一枚取り、と繰り返す内に山は作成済みと未作成に二分した。



どれくらいの時間が経ったかわからない。
ただ、終業の鐘はとっくに鳴っていて、一人、また一人と私に挨拶をして帰っていった。

気づけば執務室には私しか残っておらず、ロウソクの炎がゆらゆらと暖かく揺れ、その色が濃く見えるくらいには部屋も外も暗くなっていた。


『もう、こんな時間…』


はあ、とため息をつくと同時に、ずっと同じ姿勢だったからか体が強ばっていることに気づく。
両手をあげて背筋を伸ばせば、体のどこかでパキポキと関節が鳴る音がする。


ふと、窓から隊首室を見つめた。
あの隊長のことだから、もう残ってはいないだろうけど。


( 副隊長は、まだいるのかしら )


見遣った先には、もう真っ暗になった隊首室。
静かな暗闇が、そこにはもう誰も残っていないことを告げていた。


『そりゃあそうよね、今日は大晦日だもん』


こんな日に、誰が好き好んで残業なんてするのだろう。
隊舎内に、自分一人しかいないのかと思うと、なんだか少し寂しくなった。


「あと数刻で、新年だよ」
『そうですね、なんだか普通の平日にしか思えなくt―……ッ!?』


聞き慣れた声だったものだから、何も違和感なく会話したけれど。
今この執務室…いや、隊舎内にいるのは私だけのはずなのに。

じゃあ、誰?


と、ここまで僅か0.1秒。
勢いよく振りかえれば、そこには。


『き、ら…副隊長』
「やァ、驚かせてごめんね」


眉尻を下げて笑うのは、この人の癖。


『ど、な、こ…?!』
「えーっと、どうして、なぜ、ここに?で合ってるかな?」


クスクスと悪戯っぽく笑う副隊長は、初めて見た。


「まだ君が執務室に残っているのは知ってたんだけど、さすがにそろそろ終わらせないと間に合わないと思ってね」
『ま、間に合うって…何に?』


まだ驚きが残っているせいか、言葉がスムーズに出てこない。


「それは、お楽しみだよ。さァ、戸締りするから身支度してくれるかい?ああ、外は寒いからちゃんと暖かい格好をするようにね」


優しく微笑むその顔は、いつも見ている。

私は言われるがまま、筆を置いて書類もまとめ、身の回りの整理をしてからショールを羽織った。

吉良副隊長に促されるがまま外に出ると、副隊長は執務室の鍵を閉めた。


「さ、じゃァ行こうか」
『ど、どこに?』
「ん?今日は大晦日だからね。どうせならみょうじくんと年を越したいと思って」


何かを企んでいるような、子どもみたいな表情も、やっぱり見たことはなくて。
どうして今日は、そんなに色んな表情を私に見せるんですか。

めまぐるしく変わる副隊長の表情を、覚えきれないのはとても勿体無い。


「それにしても、今日は本当に寒いね」
『今年一番の冷え込みらしいですよ』
「今日で今年が終わるのに、なんだか皮肉だね」


と、他愛もない話ですら、吉良副隊長は口角をあげて笑う。

袖が、触れる。
肩が、触れる。

吐息が、重なる。


なんだろう、この距離感。


この、衣擦れの音を意識しているのは、私だけなのだろうか。


「―…どうしたんだい?顔が赤いけれど」
『あ、いえ…!寒いので…』


突然降ってきた言葉に、慌てて首を振る。
横目で見た吉良副隊長は、少し目を細めて意地悪に微笑んでいた。

そんな表情、反則です。


「指先も、赤くなってしまっているね」


副隊長は視線を下ろし、私の指先を見つめた。
そこには、冷え切って赤く染まった私の指。


「こんなに寒い中、連れ出してしまってすまない」


眉尻を下げ、困ったような表情。
ああ、その顔はよく知っている。


「お詫びと言ってはなんだけど…」
『え、あっ、ふくたいちょ…』
「僕に温めさせてくれないかい?」


制止する私の声などお構いなしに、吉良副隊長は素早く私の右手を取ると、自身の左手に絡ませた。
暖かい吉良副隊長の掌の中で、冷え切った私の手がじんわりと温もりを取り戻していく。

吉良副隊長の、骨ばった手。
華奢な指、心地良い温もり。

意識しないように、すればするほど。
心臓が指先にあるかのように脈を打つ。


「ふふっ…手、ドキドキしてる」


不意に唇の端から漏れたような、小さな声に私の心臓は跳ね上がる。


『か、からかわないでください』


そう絞り出すのが精一杯で、見なくてもわかるほど紅潮する頬を見られないようにショールで必死に隠していた。



「さ、着いたよ」
『ここは…?』
「ここは、現世で言うお寺かな。尸魂界に寺があっても不自然だろう?だけど、年越しはしたいものだから、こうして形だけのお寺を作ったんだ」


そこはまるでお祭りのように賑やかで、露店がいくつも並び、赤やオレンジの提灯が淡く夜の闇を照らす。
現世のお寺のように、除夜の鐘もあり、初詣用なのか形だけの本堂まである。


『こんなところがあったんですね』


元々お祭りは好きな方で、こうした賑やかな雰囲気に弱い。


「大晦日以外は立ち入り禁止なんだ。不思議なところだろう?」


その言葉に、今日が大晦日だということを思い出す。


『き、吉良副隊長。折角の年越しなのに、私なんかと一緒にいていいんですか?』


こんなお寺が出来ちゃうくらいだから、現世でも尸魂界でも年越しは一大イベントに変わりはない。
しかも、今日しかこれない特別な場所。

副隊長も、特別な誰かと来たかったのでは。
私が遅くまで残業していたばかりに、特別な人とこれなくなってしまったのでは。


そう思うと、胸が痛かった。

でも、それは罪悪感とはまた違った痛みで。
その原因に心当たりがなくて、困惑している私に、副隊長は笑って見せた。


「僕は、君と来たかったんだ」


繋いだままの手。

いつの間にか私の手はすっかり暖かくなっていた。


「みょうじくんと、年を越したかったんだよ。一緒にね」


どうして?

なんで?


疑問は沢山浮かぶのに、何一つとして言葉にならない。

私を見つめる、澄んだ青い瞳に全て奪われていくような感覚。


「ああ、周りが騒ぎ出したね。もうあと数秒で新年だ」


吉良副隊長は一瞬私から目を離し、周囲に視線を向ける。


「ねェ、気づいているかい?」
『え、あぁ…確かに周りが騒がしk―…』
「ふふ。違うよ」


副隊長はきょろきょろと辺りを見回す私に小さく笑った。
そして不意に私の肩を掴むと、くるり。90度回転させて自身と向き合わせた。

副隊長の碧眼が、私を捉えて離さない。


「君を迎えに行ってから、一度も三席と呼んでいないんだよ」
『ぁ……』


その言葉に一瞬で脳裏を記憶が駆け巡る。
吉良副隊長の儚げな声は、確かに私を「みょうじくん」と呼んでいた。


「僕は公私をきっちりと分けるタイプでね。就業時間を終えてまで、仕事相手と一緒にどこかへ出かけるなんてしないんだ」


―…私はただの部下じゃないの…?
その言い方は、私を惑わしていく。


周囲はカウントダウンを始めていて、本当に年越しまであと数秒、というところにまで来た。
副隊長はカウントダウンに気づくと、精一杯に意地悪く笑った。


「じゃあ、一度しか言わないからよく聞いてくれるかい?」
『は、はい』


私をしっかりと見据える副隊長の瞳の中に、硬い表情の私がいた。


「僕は、みょうじくんが好きだよ」
『え―…』


カウントダウンがゼロになり、新年を迎えた瞬間花火が上がった。

刹那。


私の唇に、吉良副隊長の唇が重なった。








年と年との境目で、
今から君に、告白します。
--------------------
僕は君と重なりたかった。


(肉食系イヅルさん)

15.03.06.19:27







 

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