想い想われ、夏の始まり。





照りつける太陽。
生温い風。
青い空。白い雲。

スポーツドリンクのペットボトルが汗をかいたら。



『海に行きましょう!!!』
「いやいや、なしてそうなったん」


死覇装にも一応、夏物冬物とあるけれど。
どっちにしろ服を着て、この炎天下の中仕事をしていたら暑いのに変わりはなくて。

私は唐突に、市丸隊長の座る隊主席の机に両手を勢いよく付いた。
びくっと肩を震わせる市丸隊長の頭に、狐の耳が見えたのはきっと気の所為。


『だって夏ですよ?こんなところで腐ってて良いと思うんですか?』
「腐るて…相当えげつないこというてるで、なまえちゃん」


くすくすと小さく笑う市丸隊長。
あ、その笑い方は好き。


『海行きたいんですよ〜。ね!吉良副隊長!』
「え、僕にも言っているのかい?」


我関せず、と、完全に他人事で市丸隊長を笑っている吉良副隊長にも白羽の矢を向ける。
すると慌てて顔から笑みを消す吉良副隊長。


「いや、あかん!イヅルは留守番しとき!」
「な、なんでですか!」
「せやかて、なまえちゃんの水着姿は独り占めしたいねん!」
「そ…そんなのは僕だって同じですよっ」


さらりと言い切る市丸隊長に対して、吉良副隊長は何故か顔を赤くして少し声を震わせながら反抗する。
そんな二人の様子を見守っているときだった。


「失礼します、九番隊の檜佐木です」


凛々しい声が聞こえてきて、隊主室の扉が開かれた。


『あ、修兵さん!』
「おぉ、なまえ。どうし―…」
『私と一緒に、海行こうよ!』


修兵さんが言い切る直前で言葉を遮り、彼のむき出しの腕にすがるようにつかまる。


「ん、二人でか?」
『うん!』
「それはアカン!」
「それはダメです!」


市丸隊長と吉良副隊長が同時に叫ぶ。
修兵さんは訳が分からずにぽかん、としていて。
そんな様子を見て、私は笑った。


夏の日差しは相変わらず突き刺さる。
生温い風も変わらずねっとり付きまとう。

それでも、みんなが笑顔になるから。


『海に行きましょう!』


私の言葉に、市丸隊長も吉良副隊長も。
少し困ったように笑った。


「しゃァないなあ」
「僕の負けですね」


私はやったぁ、と子どもみたいに万歳をした。


「え、巻き込まれたわりに、何も理解してない」


唖然とする修兵さんを他所に、私は早速総隊長に現世に行く許可を貰いに隊主室を出た。









『―海だぁ!!海だ海だぁ!!』


浮き輪に麦わら帽子、水着は服の下に着用して。
重たい荷物は全部男子に押し付け。


「さ、なまえ!行くわよ!」


どこから聞きつけたのか、乱菊さんも来た。
そんな乱菊さんのお目付け役なのか。


「松本!パラソル立ててから行け!」


白銀の髪の小学せ……十番隊隊長さん。


「日番谷隊長、良いっすよ。俺らがやります」
「生花のように、パラソルをたてますよ、美しくね」
「……お前、もう頭やられたのか?」


日番谷隊長からパラソルを奪ったのは、炎天下にいたら最もやばいシリーズ上位に食い込むであろう、ハゲ頭の一角さん。
それと、変態ナルシストの弓親さん。


「おいこらなまえ。お前今失礼なこと考えただろ」
『いやァ、何のことやら』
「何やそれ、ボクの真似?」


私の背後から聞こえた声に、びくっと肩が跳ねる。


『に、似てました?』


誤魔化すように、てへっと笑って見せるけど。
振り向いた瞬間に額にでこぴんを食らった。


「もう少し修行が必要やね」


口の端から漏れるような笑い方に、少し胸が高鳴る。
その笑い方も、好き。


『そ、そんなことよりも吉良副隊長は大丈夫ですか?』
「ああ、僕は平気だよ」


いつもよりも数段顔の青さが増している副隊長。
車酔いと強い日差しで、到着して数分でダウンしてしまった。

なんだか無理やり連れてきてしまって、申し訳ないなァ…なんて思っていると、副隊長は優しく微笑んだ。


「僕のことは気にしなくて大丈夫。少しここで、荷物番がてら休憩しているよ。回復したら、みんなのところに合流するから大丈夫」


弱々しい笑みだったけれど、副隊長も変に気遣われるより良いのかな、と思い、私は修兵さんが持ってきたクーラーボックスからまだ冷たいスポーツドリンクを渡した。


『絶対、来てくださいねっ』
「ああ、約束するよ」


そのとき、乱菊さんに手首を掴まれた。


「ちょっとなまえ!いつまでやってんのよ!早く行くわよ」


男性陣が色々と準備をしている間に、乱菊さんはもう準備万端。
豊満な胸とお尻、くびれたウエスト、長いブロンドの髪、健康的な肌。口元のほくろ。
海でナンパされるシリーズ上位を全て占めている乱菊さん。
派手で面積が小さすぎるビキニを、ここまで着こなせているのだから、最早奇跡が(ほとんど意味を成していない)服を着て歩いてる感じ。

そんな乱菊さんに、鼻の下伸ばしてデレデレな修兵さんに若干ドン引き。


「アンタも、いつまで洋服なのよ!さっさと脱ぎなさい」
『え、きゃぁ』


乱菊さんに無理やり剥ぎ取られる形で、着ていたワンピースを脱がされた。


「あらァ、可愛いじゃない」
『もう、乱菊さん無理やりすぎます!』


心の準備ができないまま脱がされたため、慌てて隠すように両手を胸の前で交差する。


「何恥ずかしがってんのよ。ねぇ、ギン!可愛いわよねぇ」


私のすぐ後ろに向かって話しかける乱菊さん。
そろりと後ろを振り向けば、そこには市丸隊長の姿。

どうしてあなたは、いつも私の背後にいるのでしょう。


『い、いかがでせう』


羞恥心で声が震える。
乱菊さんと違って、自分の体に自信がない私は、背中を少し丸めて尋ねた。
今年新調した水着は、初めてビキニを買ってみた。
胸もないし、細くもない私に、乱菊さんみたいな派手なビキニは似合わないから、柄の入った可愛らしいタイプのビキニだけれど。

市丸隊長は私と目が合うと(果たして本当に合ったかは謎)、何故か着ていたパーカーを脱ぎ私に被せた。


「日焼けするで」


被せられたパーカーで表情は見えなかったけれど、声色はとても優しかった。


「ギンって素直じゃないんだから」


被せられたパーカーを一旦取って、上下を確認してから袖を通した。
今まで羽織っていた市丸隊長の温もりと、匂いが一瞬で体を包み込む。


「さ、泳ぐわよ!なまえっ」
『え、ちょ…乱菊さん!』


風圧で飛ぶ麦わら帽子も、自然に脱げてしまったビーチサンダルも放って、浮き輪だけ片手に砂浜を走った。
炎天下で焼かれた砂浜に素足は相当キツかったけれど、波打ち際の湿った砂を踏みしめたときほど、夏を噛み締めたことはない。


「いやっほーぅ!」


大胆に海にダイブする乱菊さん。
それに少し遅れて浮き輪を装着してから海に飛び込む。

思ったよりも海水は冷たくて、でも肌に照りつける太陽は暑くて。
なんとも言えない曖昧な温度に、とろけそうになる。


『夏ですねぇ〜』


なんて言いながら、放ってきてしまったサンダルと麦わら帽子の行方を探る。
すると、どちらも市丸隊長が回収してくれているところだった。


白く大きな背中を丸め、骨ばった手が私の物を拾ってきちんとパラソルの下に飛ばされないように置いてくれる。
その優しさに、また胸が高鳴る。

市丸隊長の貸してくれたパーカーは、ラッシュガード素材の割とちゃんとしたやつだった。


( 市丸隊長こそ、日焼け気にして欲しいな )


白すぎる肌は、日焼けをしたら火傷になりそうで心配だった。

市丸隊長をぼーっと見つめていると、明らかに意図的に顔に水をかけられた。


『わっ、ちょ、乱菊さんっ』
「アンタがぼーっとしてるのが悪いのよ」


クスクスと楽しそうに笑う乱菊さん。
私の浮かぶ浮き輪にしがみつき、私の顔を覗き込む。
濡れた髪、睫毛の先に震える雫。
色っぽさが全開で、女の私でもどきどきする。


「ギンのこと、好きなの?」
『え』


唐突な質問に、豆鉄砲を食らったような気分になった。


「え、じゃないでしょー。あんた、さっきからずっとギンのこと見てるわよ」
『そ、そんなこと…っ』
「そんなことあるのー。ギンから借りたパーカーの裾に、顔を埋めて嬉しそうにしちゃって。可愛いやつめ」


この!と、再び顔に水をかけられる。


『本当にそんなことないですよー!』


慌てて否定すると、乱菊さんはつまらなさそう。


『だ、だって私…あんまり市丸隊長に、その…好きとか意識したことないんですもん』


これは本当。
今日は異様に胸が高鳴るけれど、普段は―…

あれ、普段は?



書類が終わらないとき。
市丸隊長は関係ないのに、ずっと一緒に残ってくれていた。


「女の子一人やったら、無用心やろ?」


徹夜明けで、足元が覚束無いとき。
階段を登っている途中、踏み外してしまって背中から落ちそうになった。
それでも、背中に衝撃が走ることはなくて。
代わりに、優しい温もりと匂い。


「気ィ付けな、あかんで」


「せやかて、なまえちゃんの水着姿は独り占めしたいねん!」


隊長の言葉が、脳裏を巡っていく。
私の傍には、いつも市丸隊長が居た。
どの記憶にも、いつも傍らには隊長がいた。


「あら、気づいたのね」


不意に楽しそうに笑う乱菊さん。
気づいてしまった。けれど、それは同時に不安も掻き立てる。

全てが私の勘違いで。
市丸隊長の思わせぶりで。
唯々、隊長が優しいだけで。

全て私が都合の良いように考えているだけだとしたら、


この想いは、隊長に伝わるの?

この想いを、隊長は受け止めてくれるの?


そう考えたら、怖くなった。



『ちょっと私、上がりますね』
「あ、ちょっとなまえ…っ」


ザバッと水を引き上げて海から上がる。
浮き輪は乱菊さんの元においてきた。

砂浜をゆっくりと歩く。
脳裏を考え事が巡る。
脳が命令を出していない筈なのに、まるで自動のように足はゆっくりとした足取りで進む。


岩場の影に来ると、人気が途絶えた。
丁度良い岩に腰掛け、海を眺める。


人を、想ったことはあまりない。

想いを否定されたら、私自身を否定されたような気になってしまうから。
だったら、最初から想わなければ良い。

想ってくれる人とだけ、一緒にいれば良い。



そういう考えが、きっと私から恋という物を遠ざけていた。



だから、想い想われが成り立たない恋は薄っぺらい物で、長続きはしなかった。
想うことがどういうことなのか、理屈を頭で理解してしまうとその先を考えるのが怖かった。

想っていても、報われなかった想いはどこに消えてしまうのだろうか。


『はァ…』


小さくため息を漏らしたときだった。


「一人?何してんの?」


知らない男の低い声に、体が震えた。

振り向くと、知らない男が三人。
ほんのり日焼けした健康的な肌に、やや長めの髪。
ピアスに指輪。

俗に言う"チャラい"男だというのは一瞬で理解した。

あまりにも似ていて、個性のなさすぎる三人に、兄弟かよ。というツッコミを入れたくなったけど。
応えてしまったら面倒になりそうだと思って無視を決め込んだ。


「うわ、今時珍しいくらいクールだね」
「クールビューティっていうか、なんかそそられる」


話し方もなんだかチャラいと感じるのは、偏見だろうか。
私は仕方なく立ち上がり、無視して男たちの横を通り過ぎようとした。

そのとき、強い力で腕を握られた。


「うわ、細っ」
「つか色白くね?」
「腕柔らかくて超気持ち良いわ〜」


絡みつくような言葉と、掴まれた腕の感触が気持ち悪い。


『は、離してくださいっ』


強気に出たつもりが、声が震える。

虚と対峙しても、声が震えたことは一度もないのに。
これが、恐怖なのか。


「声震えてるんですけどw」
「何それ、超可愛い」


ケラケラと品のない笑い方。
腕を掴む力は強くて、とてもじゃないけど振りほどけない。


「連れってちゃおうよ」
「いいねぇ」
「俺らの奢りで」


勝手に話が進められていく。
このままじゃ、まずい。


『あ、あのっ 本当に離して…っ』
「はい、無理〜」
「抵抗されればされる程、ってやつだね」


にやにやと笑う男たち。
怖い、気持ち悪い。


( 助けて、市丸隊長っ )


来るわけない。分かってる。
そんな漫画みたいなこと、ありえない。


でも、期待してしまう。
縋ってしまう。

こんな恐怖の中に一人、突き落とされたら私は貴方に縋ってしまう。

想ってしまう。


でも、縋らずにはいられない。


私は、自分で思っているよりずっと、弱い人間だった。



『や、めてっ やだ!市丸隊長…っ』


泣き出しそうなくらい震える声。
それを可愛い、とはやし立てる男。

足が震える。怖い、助けて。


「何しとんの」


その声に、今までで感じたことのない安心感を覚えた。
振り向かなくても、分かる。


『ッひっ…ぅ…市丸、たいちょ…っ』


安堵からか、涙が溢れる。
名前を呼びながら振り向けば、穏やかな笑顔を向ける市丸隊長の姿。


「こないなとこに居ったんやね」
『ッたいちょぉお』


私は泣きながら、白い胸に飛び込んだ。
それを、当たり前のように受け入れてくれる。
そして優しく、隊長の腕が私を包み込んだ。


「何や、ボクのなまえちゃんが、えらいお世話になったみたいやけど」


品はあるけれど、威圧感もある声。
胸に顔をうずめて、子どものように泣きじゃくる私に、その表情は見えないけれど。
きっと彼は、いつもの仮面を付けて笑っている。


「ちっ、男連れかよ」
「最初から言えよ」
「清楚ぶって、ただのビッチとか萎えるわ」


市丸隊長が来た途端、態度は豹変。

別に清楚ぶってたわけじゃないし。
ビッチでもないし。

ひどい言われように、さすがに腹が立ってきたけれど。
私よりも市丸隊長の方がよっぽど腹が立ったみたい。


「もう一回言うてみ」
「何度だって言ってやるよ!清楚ぶってんじゃねェぞ、クソビッチ!」


その瞬間だった。
ギンの温もりが一瞬で離れ、"ゴキッ"という鈍い音が背後から聞こえた。


「ッてぇ!」


苦痛に呻く声。


「な、なんだよっ やんのかよ!」


振り向けば、鼻が変に曲がり、顔面が血だらけになった男。
他の男二人は、逃げ腰で隊長に怒鳴る。


「そしたら全員、二度とナンパなんやできひん顔にしたる」


市丸隊長の怒りが伝わる。
重苦しい霊圧が、あたりを支配する。
義骸とは言え、隊長格の霊圧は相当強い。


「くそ、なんだよこの空気」
「体が重てェ」
「ああ、言うてへんかったね。ボク、生きた人間と違うねん」


生気のない顔色に冷たい肌、重苦しい空気。
その全てが、隊長を人間じゃないもの、に見せたのだろう。
男たちは情けない声を上げながら、走り去った。


『ぅ、う…ッ…いちま、たいちょッ』


嗚咽の所為で、うまく話せない。
そんな私を、優しく引き寄せて包んでくれた。


「あー、もう!気が気やなかったわ」


はぁ、と深い安堵のため息が頭上から降ってくる。


「ほんまもう!乱菊が血相変えて、なまえちゃんが居らへんようなった言うから、ボクまで心臓凍りそうやったわ」


このタイミングで、そんなこと言わないで。
期待、してしまう。



「岩場はナンパスポットやから、一人で行ったらあかん。絶対」
『ッで、でも…また助けに…ッ来て、くれる?』


漏れる嗚咽を押し殺しながら言い切る。
お願い、否定しないで。

そう祈る私の額に、隊長はデコピンを放つ。


『あいたっ』


オデコをさすりながら、隊長の表情を伺う。
怒らせたかな、と恐る恐る顔を上げれば、そこにあったのは穏やかな笑顔。


「勿論、そうなったらいくらでも助ける。せやけど、そうならんようになまえちゃんも気ィ付けてな。ボク、こう見えて心配性やねん」


そこまで言って一旦言葉を切ると、隊長は少し私から離れた。
そして私の両手を握り。

向き合う体勢で微笑んだ。


「ボクは、なまえちゃんが好きやねん」
『ッえ…』
「嫉妬もするし、ヤキモチ妬き。でも臆病者で中々想いを吐き出せへん。そないなボクやけど…


付き合うてください」




照れたような、困ったような。
眉尻を下げて笑う市丸隊長。

初めて見る表情に、胸が熱くなった。



『わ、私も……想うことに慣れてないんです…』


私の手をとる、隊長の大きな手が少し震えていた。
指先が冷たい。

そんな隊長の手を、私も精一杯握り返した。


『でも、私も隊長のこと…』


やっとのことで、そこまで言い切る。
自分の想いを言葉にするのは、フルマラソン走るよりもきっと疲れる。


さぁ、あと一言。
クラウチングスタート。両手を地面について、腰を上げる。
鼓動が早い。胸の内側を容赦なく叩く。
それでも、スタートの合図は鳴った。


今、言わなくちゃ。


『ッ隊長のこと、好きです…っ』



スタートダッシュは良好。
いつの間にか、震えていたのは隊長ではなく私の手。

涙目で見上げれば、こどものように嬉しそうに笑う隊長の姿。


「ほな、よろしゅうね、なまえちゃん」
『はい、こちらこそ』


はにかむ隊長の笑顔が、今までで一番好きだと思った。


「そしたら、彼女になった記念に」
『ぇ…』


顎を掴まれ、強制的に上を向かされる。
そこには掠めるほどの距離に、隊長の少しカサついた薄い唇。

吐息がかかる。唇まで1センチ。


「ボクのこと、名前で呼んで」


次の瞬間、時間も呼吸も止まった。





夏が、始まる。

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そして、恋も始まる。


( 夏ですね、海ですね、恋ですね )

14.07.27.14:44




 

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