愛を囁く時間です。






毎朝食卓に置かれている桃ジャムは、顔に似合わず、甘党なあなたの好きな匂い。


「ああ、君の香りやね」



そう言って微笑んだあなたに、本能が告げた。

運命の人だ、と。





『ん…』



朝日が瞼の裏に赤く透ける。
夢に後ろ髪引かれながらも目を開ければ、朝日がカーテンの隙間から覗く。


起きるにはまだ少し早くて。
まだ眠っているあなたの、白い頬に唇を押し付けた。


『―…お誕生日、おめでとう。ギン』
「ん…」


くすぐったい、とでも言うかのように眉を顰める。
少ししてすぐにまた規則正しい寝息に変わって、そんな姿になんだか和んで。

そんな、いつものなんでもない平日の朝の風景。
でも、そんななんでもない日常に一つの命として生まれ落ちたギン。

銀色の髪に白い肌。
陽に透ける長いまつげ。

すべてが愛おしい、すべてが綺麗。


一つの命が、一つ歳をとるのを目の前で見た。
外見が著しく変わるわけでも、細胞が加齢によって急激に変わるわけでもないけれど。

確かなのは、あなたが私の隣で年をとったこと。


そろり、脚を静かに布団から抜き取って、微かな衣擦れの音だけが響く。
少し冷たいフローリングに脚を下ろして、私は素足のままキッチンに向かう。


桧皮色の机にかけられた淡いオレンジ色のテーブルクロス。
その上に置かれた、可愛らしい瓶にはあなたの大好きな桃ジャム。


珈琲淹れて、食パンを二枚並べてトースターのスイッチを入れる。
お揃いのマグカップを食器棚から出して、白いお皿を出す。


『さて、と』


毎朝見ているニュース番組を付けて、玄関に新聞を取りに行く。
今朝の新聞を無造作に机の上に置いてから、もう一度寝室に入る。


『遅刻するぞー』


まだ少し掠れる声で、ギリギリまで眠るギンを起こしても、ピクリと眉を動かすだけで起きる気配はない。

ちゃんと起こそうとしたけど、キッチンの方でトースターが私を呼んだからまた慌ててキッチンに行く。


オニオンスープと、アツアツ珈琲。
桃ジャムと、こんがり焼けたトースト。

待ちきれずに先につまみ食い。
甘い、甘い桃のジャム。


『まだ起きてこない…』


もう一度起に行こうと、寝室を覗く。
そこにはさっきと態勢が何一つ変わっていないギンの寝姿。

ギンって、こんなに寝起き悪かった?



( もしかして、寝てるフリ? )



…ありうる。
ギンって人のこと驚かせるの大好きだし。


罠に嵌ったと思ってギンに近づけば。


『ぅ、わっ』


白く、逞しい腕が二本伸びてきて、私の首に巻き付いた。
バランスを崩してギンの温もりが残るベッドの中に引きずり込まれる。


「…あ、つまみ食い、したやろ」


ギンの寝起きの声が耳元で響く。
熱い吐息が頬にかかって、ドキドキする。


「桃の良え匂いがする」


くんくん、と私のすぐ横で匂いを嗅ぐ。


『だってギンが起きないから』


少しだけ膨れていえば


「もう一度、なまえが来るの待っててん」


起きひんかったわけやないよ、と悪戯っぽく笑う。


『もう、早く起きないと本当に遅刻だからね』
「はいはい」


ギンの腕から逃れ、ベッドから下りようとすると


「なまえちゃん」
『ん?―…ッ』


名前を呼ばれ、振り返れば私の唇にギンの薄い唇が重なった。


「おはようさん」


くす、と口角を上げて勝ち誇ったように笑った。


「やっぱり、なまえちゃんの香りやわ」
-桃ジャムの匂い-



ぺろ、と唇を舐める姿は、清々しい朝とは裏腹に酷く妖艶に見えた。


「ボクの、一番好きな匂い」
-もっと、食べたい-


そう言ってギンは再び私の腕を掴んで引き寄せて。
私の顎を骨ばった細い指が捕えた。



味わうように、噛み付くように。
本当に食べられてしまいそうなキスに必死に応えつつも、可愛くない私の口から漏れる言の葉。


『も、本当に遅刻しちゃう…』
「何や、さっきからそればっかりやな。ほかに言うことないの?」


意地の悪い微笑みを私に見せる。
ああ、そっか。
拗ねてるんだ。


気がついた私は、ギンの白い首に腕を絡ませて抱きしめた。
ギンの鼓動が私の鼓動と重なって、そこから体温が溶けていく。


『お誕生日、おめでとう。大好きだよ』


そう言って微笑って、ギンの頬にキスをする。
小さなリップ音が妙に恥ずかしくて、照れ笑いする私を見て、ギンは幸せそうに笑った。


「一年で一番嬉しいプレゼントやね」


優しく微笑うあなたは、穏やかな朝日と同じくらい暖かかった。


「来年も、その次も。ボクは君の隣で年を取りたい」
『…そんなの、私だって同じだよ』


小さく二人で笑って、二人で大好きって囁きあった。
そっと耳に手を当てて、ギンの声が直接鼓膜を揺らす、ゼロセンチの距離で。

ギンの低い声が、私に愛を囁く。



桃のジャムなんかよりもずっと甘い。
この世にひとつだけの、私だけのジャム。

あなたの囁く言葉に、甘い甘いあなたの声(ジャム)をのせて。




味わってしまったら、
あなた以外はもう、要らない。




少し特別な、平日の朝。
それは、二人で





二人にしかわからない言葉で

二人にしかわからない仕草で

二人にしかわからない方法で

二人の愛を確かめ合う時間です。



いつものように、寝ぼけながら。
私にキスをしてね。

二人で愛を確かめ合ったあとは
少しこげたトーストに桃のジャムを塗って。

少し冷めた珈琲を飲んで、見つめ合いましょ。







平日の朝は、桃のジャムと珈琲と

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君と見つめ合う時間だけで良い。


( 市丸さん生誕祝い )

13.09.10.00:00






 

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