恋の成功確率





恋の成功率は、60%。


二人の生まれた日で占った。
阿呆みたいやろ、こないなことしても何が変わるわけでもないのに。

ボクの心はきっと80%が君でできとって。
寝ても覚めても君のことばかりで、可笑しくなりそうで。


いつも君のそばで笑っていたくて

君にはボクのそばで笑っていて欲しくて。


こないなボクを、もう隠しきれへん。
伝えなあかん想いが、ここにある。





『市丸隊長っ』


明るい声は夏季の太陽にも勝るほどで。
ボクの背中に暖かく飛びつく。


「おはようさん、なまえちゃん」


穏やかに微笑みかければ、おはようございます、と丁寧にお辞儀をする。
艶のある、短い黒髪がさらり、と彼女の耳からこぼれ落ちる。

なまえちゃんは三番隊の第三席。
戦闘能力も頭脳もそこそこ。身体能力も極普通の彼女が三席にまで上り詰めたのはきっと、その人柄と血が滲むような努力の結果やと思う。


最初、なまえちゃんを見たとき。
ボクはこの子が嫌いや・と思った。



『おはようございます、みょうじなまえですっ
今日から、三番隊第三席として異隊して参りましたっ』



ボクの持ってへんものばかりで構成された君が、苦手やった。


黒い髪も、明るい声も

努力も、汗も、涙も、感情も

温もりも、人望も、愛も。


ボクにはないものばかりで、君が酷く眩しく見えた。
ボクの存在が霞んで、暗い暗い海の底に突き落とされたように寂しくて。


君があまりにも眩しいから、君に縋ってしまいたかった。


本当は、淋しいのだと。
孤独で、辛いのだと。

泣いてしまいたかった。


仮面という仮面を外して
一人の人間として、君に全てを曝け出してしまいたかった。


太陽のようだ、と例えることがあるけれど。
ボクにとって、なまえちゃんはまさに太陽やった。

ひだまりの様な優しさ、ぬくもりが確かにそこにあった。





「雨やなぁ…」


ふと見上げた空が暗くて、重たくて。
子どものように泣きじゃくるばかりの空だった。

こんな風にボクも泣けたなら。
そう思うと、悲しくなった。


そんなボクの独り言を、なまえちゃんは拾い上げた。


『泣いても、良いと思いますよ』
「…っ…」


それはそれは日常のように。
なまえちゃんはまるで呼吸をするみたいに、当たり前に。
ボクにその一言をくれた。


鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなったから。
慌ててそれを隠すように嗤った。


「おかしなこと言うなァ、なまえちゃん。なしてボクが泣くの」


ああ、どうしてなんで。
ボクの長年付け続けていた仮面は上出来だった筈やのに。


『何故って、貴方が酷く寂しそうだから』


穏やかに、全てを見透かしたようにそう言う君。
暖かな声が、厭というほど乾いた心に染み渡る。

ぽろり、一粒の涙が頬を転がり落ちた。


『隊長って、嘘が下手ですね』


くす、と小さく笑った君が美しくて、優しかった。
そんな君の白く、小さな手がボクの後頭部を撫でたものだから。

全てを洗い流すように、君に全てを託すように。
ボクは初めて、子どものように泣いた。





雨の日が、悪い天気やなんて。
一体全体誰が決めたのやろう。


雨の日は、必ず君を思い出す。
君の優しい温もりを、暖かな手を。

雨の日は、不思議と穏やかな気持ちになれる。



『市丸隊長、明日現世任務でしたよね?』
「ああ、せやな」
『現世(むこう)は明日、雨みたいですよ。気をつけて行ってきてくださいね』
「…おおきに」
『相変わらず無気力ですね。じゃあ、執務に戻ります』


無邪気に笑い、ぺこりと会釈して君は背を向けて廊下を行ってしまった。

君の小さな気遣いに、嬉しくて表情が緩む。
ああ、明日もまた
君のぬくもりを思い出すんやろう。





「―…以上、現世より報告です」
「おおきに」


現世に駐在しとる隊士からの報告を受ける。
現世は、君が言うとった通り、雨が降っていた。


「にしても、現世の雨は厭やなァ…」


湿気が酷く、蒸していて肌がべたつく。
なんとも気持ち悪い天気やった。


「君らも大変やろ、こないな天気が続くと」
「は…しかし、慣れていますので」


隊士の苦笑気味の表情に、さよか。とだけ答えた。
受け取った資料には経理のことや、管轄区域の虚の出現率、またその撃退方法。
その他、技局に提出するためのボクにとってはどうでも良え内容が記載されとる。
それにさらっと目を通し、抜けがないかどうかだけ確かめる。


「ん、まァ平気やろ。ほな、お疲れさん」


取敢えず目立ったミスはなく、ボクは片手を上げてその場を立ち去った。
背後でお疲れ様です、と隊士たちの声を受け取ったところで瞬歩を使った。


( …ああ、せや )


何時やったか、何気なく聞いた。



「そういえば、なまえちゃんのすきなモンって何?」
『私の好きなものですか?』


どうしたんです、急に。
そう言って笑うなまえちゃんに、趣味の一環や・と誤魔化した。


『んー、現世の占いとか、割と好きです』


そう聞いて、早速ボクは阿近さんに現世の占いとやらを教えてもらってやってみたこともあった。
二人の生まれた日を入力して、導き出された運勢。

恋の成功率は、60%。


「何や、可もなく不可も無く、って感じやなァ」


煮え切らない結果に、やや不満気なボクに笑う阿近さん。


「こんな科学的根拠のないデータに振り回されるんですね」


そらァ、阿近さんからしたら唯のデータかもしやん。
せやけど、ボクからしたら、好きな人がボクのこと好きになる確率であって。

それがどれほど重要か、第三者には分からへんねや。


もし、なまえちゃんがボクを好きになるために、必要な40%は何で埋めれば良えねやろうか。



「っちゅうことで、占い以外何やあらへんの」
『何がということでなのかさっぱり分かりませんが、あとは…そうですね、アクセサリー集めるのが好きです』
「光もんが好きなんか。意外やな」


なまえちゃんは華美なわけでも、質素なわけでもない。
せやからこそ、光もんが好きやっちゅうことが意外やった。


『失礼ですね、これでも乙女なんですよ』
「別に莫迦にしたわけやないよって。せやけど、あんまり尸魂界にそういうもんないやろ」
「そうですね…ブレスレットを探しているんですけど、こっちには良いものがあまりないですね』
- やっぱり現世に行かないとないかなぁ -


少し残念そうな表情に、ボクは小さく決意した。

そう、誕生日でもなんでもない日に。
君の日常のどこかで、君が欲しいと願うものをあげたい・と。




ボクはいそいそと義骸に入り込むと、街に繰り出した。

なまえちゃんが好きそうなアクセサリーが売ってる店は、何処もキラキラしとって。
えらい可愛らしい雰囲気のところばかりで、足を踏み入れるのには少し勇気がいるところばかり。

気遅れ気味のボクの背中を押したのは、なまえちゃんの笑顔。


( あげたら、どないな顔してくれるんやろか )


ただ、それだけの為に。
ボクはふわふわした店に入った。


目に留まっとのは、えらいシンプルなブレスレット。
華奢ななまえちゃんの手首には、丁度良え細さ。


ああ、これや。


なまえちゃんのイメージをそのまま形にしたような。
それを手に取ってレジに向かう。

なまえちゃんの好きな色で包装して、好きな色でリボンして。
好きやって言葉、入れたらきっと最高なんやけど。

まだ少し勇気が足りひんくて。
小さな包みを持ってボクは店を出た。


義骸を脱ぎ捨てて、穿界門を開く。
ふわり、ボクの傍らで静かに舞う地獄蝶。


あァ、早く君の顔がみたい。

逸る気持ちを抑えて、ボクは尸魂界へと向かった。




静まり返った瀞霊廷。
就業時間は終わっていて、降り出したばかりの雨が、静寂を際立たせとる。


三番隊の隊主室からは何故か橙色の灯りが漏れる。
雨で霞んだその明かりが妙に暖かくて、早く帰りたいという想いがボクを急かす。


タンッと、乾いた音を立てて隊主室の扉を開いた。


『ッい、市丸たいちょ…?』


ビクンッと大きく肩を震わせ、ボクを見遣るのは、ほかの誰でもなくなまえちゃんやった。


『おかえりなさい、早かったですね』


ボクの存在を確かめ、穏やかに微笑んだなまえちゃんの笑顔に、安堵した。


「ただいま」


その一言が言えることが、やけに嬉しく感じた雨の降り出した夜。

今日の瀞霊廷の降水確率は75%。
湿度は80%。



まだまだ残暑の続く、暑い夏の夜。
降り出した雨は冷たくて、でも室内は暖かくて。
キリの良い日にちでもなんでもない。

誕生日でもなんでもない今日という日。



「なまえちゃんに渡したい物があるんやけど」
『なんでしょう。落し物か何かですか?』


小首を傾げる君に、差し出したのは君の好きな色で包まれた小さな箱。


『これ…は?』


怪訝そうな表情で、ボクの手の中のものを見つめる。


「お土産」


プレゼント、と横文字にするのはどこか照れくさくて。
色気のない言葉でそれを表現すれば、素直にありがとうございます、と微笑むなまえちゃん。


『あけても良いですか?』
「気に入るか、分からへんけど」


綺麗に丁寧に包みを開けるなまえちゃん。


『ぇ、これ…本当に貰って良いんですか…!?』


手にした華奢なブレスレットを見たなまえちゃんは、目を丸くしてボクを見遣る。
その、驚きと嬉しさが入り混じった表情も、ボクは好きや。

瞳が子どもみたいにキラキラして、桜色した薄い唇が弧を描く。
その顔が、見たかった。


「なまえちゃんに似合う思て、買うたんや」
- 貰ってくれな、困る -



躊躇うなまえちゃんからブレスレットを受け取り、その細い手首に、巻きつけた。


「ああ、やっぱり似合うわ」


そう言ったボクに、君は無邪気な笑顔を向けてお礼を言う。
その笑顔を、もっとそばで見ていたい。

もう、寝ても覚めても。
なまえちゃんのことばかり考えてまう。

このボクの想いは隠しきれへんくらい、大きくなって。

この先もずっと、ボクは君に恋をする。



なまえちゃんの右の手のひらを、ボクの左の手のひらと重ねる。
少し湿ったなまえちゃんの手のひら。
心地よい温もりが重なって溶けていく。

なまえちゃんの小さな手を、軽く握って、ボクは静かにつぶやいた。



外では静かに雨が降っていて

なまえちゃんとボクの温もりしか、そこに温度はなくて。

夕闇に浮かぶ霞んだ橙色の部屋の中は、ボク等だけの世界で。


明日の降水確率は60%。

晴れる確率は40%。

ボクの想いが通じ合う確率、ボク次第。

 、60%。


足りひん40%は、ほんの少しの勇気と言葉だけやった。




ボクの小さな、小さな声は、二人きりの世界では大きすぎるくらいで。
どんなに小さく落としても、君には届いてしまう、ゼロセンチの距離で。


君が赤面したから、ボクは笑って君の唇に唇を重ねた。


手のひらよりもずっと暖かい、幸せの温度がそこには存在した。







君のことが好きや

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君がいるから、ボクはもう寂しくない。


(夢現1周年記念小説 )

13.08.23.00:00



 

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