反則技と君の泪




例え反則でも…

君を手に入れたいと願った。



「……なまえちゃんは?」


隊首室の扉を開ければ、笑顔で迎えてくれる我が隊の三席、なまえちゃん。
しかし、今日ボクを迎えたのは、笑顔とはほど遠いイヅルの姿。


「みょうじ三席でしたら書類を配りがてら……檜佐木さんの所にでも行ってるんじゃ無いでしょうか」


妙な間を開けたイヅル。
それがイヅルなりの優しさか、はたまた唯の偶然か。
ボクに知る由は無くて。


「ふぅん…まァ良えわ。
イヅル、お茶淹れてや」
「はい、只今」


イヅルが給湯室に消えて行くのを見計らって、ボクは溜息を吐いた。
なまえちゃんは…九番隊副隊長サンと恋仲やった。

真面目
黒髪短髪
低い声
何処となく、爽やか
男女ともに信頼の厚い…


ボクとは余りにも正反対過ぎる彼。
ボクが負けるのもしゃァない…
言い聞かせるのは簡単やけど。

それを受け入れるのは
また違う神経を遣う。


「隊長、お茶入りましたよ。
それ飲んだら、早速これ配達して下さいね」
「えぇー
それ、全部総隊長サン所やない」
「仕方無いでしょう。
総隊長への報告書なんですから。
市丸隊長が直々に行かないと」


面倒臭い、と思いながらも、ボクはお茶を飲み干して席を立った。
書類を持ち、長い廊下を歩いていると、嫌な霊圧を感じた。


( ……九番隊…副隊長…… )


ボクは反射的に霊圧を消し、そっと廊下を歩く。

…妙や。
なして、霊圧が二つ?

一つは確実に九番隊副隊長サン。
ほな、もう一つは…?
なまえちゃんやない。

…これは……




「―でよ…なんだよな」
「あははッ
檜佐木副隊長面白い」
「だろ?良く言われるんだよ。
どうだ、今夜…空いてるか?」
「えー…
だって、檜佐木副隊長、彼女居るじゃないですか」
「あ?…ああ。
あんなのとっくに別れたって。
だから…な?」
「もー。
仕方ないですね」
「よっしゃ。
じゃあ、何時もの居酒屋で」





走り抜ける衝動。
抑えきれへん怒り。

そして、何よりも大きいのは悔しさ。
あないな男に、ボクは負けとった。
なまえちゃんを、あないな男の傍に居させて良え訳が無い。


ボクは書類の存在等忘れ、瞬歩で隊首室に戻った。
隊首室には、何時もと何一つとして変わらへん笑顔のなまえちゃんが居って。
ボクがイヅルに怒られとる光景を見て、微笑んでいて。

君の為にボクが出来る事は、唯一つ。


「なまえちゃん、今夜呑み…
付き合うてや」
『あたし、そんなにお酒強く無いんですけど…』
「良えやん、たまには付き合うてくれても」
『それは構わないんですけど…』


ボク等は今、就業時間を終えて居酒屋に来とった。
なまえちゃんと呑みに来るのは、まだ二回目。
二人っきりは初めて。

前回はなまえちゃんとボク、イヅルと乱菊の四人やった。
なまえちゃんは烏龍茶ばっか呑んどったけど…

今回は少しばかり強いお酒を進める。
遠慮するなまえちゃんに、隊長命令や言うて。
仕方なく杯を進めるなまえちゃん。
弱い事を知っとったボク。

…反則技、その一。
わざと強いお酒を進める。


『も…らめれす〜
これ以上…呑めまへん…』


呂律も回らなくなり、視点が定まら無い程呑んだなまえちゃん。
彼女の背後には、ボク等の存在に気付かない一組の男女。
ボクの目的。
ターゲット。



「―…じゃ、そろそろ行くか?」
「もー、修兵のえっちッ」
「良いだろ?
お前だって、期待してるくせに…」
「ふふ、馬鹿w」



何時の間にか下の名前で呼ぶ女。
デレデレと鼻の下を伸ばす
九番副隊長サン。
全てを投げ出して、
殴りかかりたい衝動に駆られる。
それをどうにか抑え付け、段々意識の覚醒してきたなまえちゃんを促して、ボク等も後を追う様に店を出た。


「なまえちゃん、なまえちゃん…」


完全に酔いが醒めきってへんなまえちゃん。
ボクの腕にもたれながら歩く、その耳元で囁けば、くすぐったさにクスクスと笑いながら返事をする。


「家まで送ってこか?」
『えー…ふふふ…
うーん…』


曖昧な返事。
まァ、ボクとしても
帰すつもりは無いけど。

これは計画が無くても
この時間にこれだけ酔った
女の子を帰せへんっちゅう純粋な意味で…やけど。

最初から強いお酒を進め、早めに潰す。
そして時間を置いて、若干酔いが醒めた所を見計らう。

…反則技、其の二。
修羅場を見せる。

平常心やったら、そのまま攻撃しかねない。
完全に酔っ払っとったら、状況を理解する所か、記憶にすら残らへん。

中途半端に酔わせる事がポイントやった。
そして、今や完全にボクの術中に嵌っとるなまえちゃん。
このまま九番副隊長サンが自室に彼女をお持ち帰り―…
って、あら…?

数十メートル前を歩いとったカップルは、近くの茂みの中に消えた。
高い草が生い茂っとって、どっちか言うたら、森に近い茂み。

計画が狂った。
そう思うたのも束の間。


「―…ッあん…」
「ハァ…ハァ…」


茂みから聞こえて来る声に、ボクの笑みは深まった。


「―…ッなまえちゃん、見たらあかんッ」
『へ?わ…ッ』


なまえちゃんの目元をボクの掌で隠す。
そう、あたかも其処に、見てはいけへんモノが有る・と、解る様に。
酔っ払っとるんや。
言わな、気付かれへん事かて有るやろ?
敢えて言うたのは、ボクが卑怯やから。


『な、何が…ッ』


必死にボクの掌を押し退けて、目の前の物を凝視するなまえちゃん。
正常な状態やったら、ボクがこうしてわざと見せた・っちゅう事に気付いたかもしれへん。
でも、なまえちゃんは酔っ払っとる。
そう、これこそが計画通り。

むしろ、最初に立てたボクの計画よりもずっと巧く行っとる。

せやかて、目の前には動かぬ証拠。
交わる二人。
行為に夢中で、ボク等に気付きもせェへん二人。

片方は恋人
片方は知らない女。

ああ、可哀相に。
開いた口が塞がってへん。


「なまえちゃん…行こ…
今のは夢や…」


優しく声を掛け、なまえちゃんの手を引く。
その手は抵抗もせず、ボクに引かれて足も動き出す。


ボクは放心状態のなまえちゃんに、


「やっぱボクの家に行こ」


と提案し、判断力の欠けたままのなまえちゃんをお姫さん抱っこして瞬歩で家に連れ帰った。


「なまえちゃん、ほら…
お水」
『あ、ありがとう…御座います』


少しずつ落ち着きを取り戻してきたなまえちゃん。
やっと会話が成立する様になった。


「……あれは、何かの間違いや…な?」


…反則技、その三。
現実を見せ付ける。


間違いや、間違いや。
そう言い聞かせる事で、現実をより際立たせる。
何も言わへんかったら、『あれは夢だったかもしれない』、『珍しくお酒を呑んだから…』と、自己完結してまう。
それやったら、ボクの計画は意味を持たへん。
そないな理由は、叩き切る。

見てしもたんや。
あれは、夢や無い。

せやかて




ボ ク も 一 緒 に 
見 た ん や か ら







『……ッう…ッどうし…て…』


やっと現実を見始めたなまえちゃん。
ボクは口角を上げたのを隠しながら、震える肩を抱き寄せた。


「……あないな男、もう止め?
振られる前に振ってまえ…」


…反則技、その四。
優しさを擦り込む。


「あないな男、何処が良えの?
なまえちゃんをずっと騙しとったんやで?
…アイツに振られ、なまえちゃんが泣いたら…
ボクは耐えられへん」


君ノ涙ハ見タ無イ。
君ガ傷ツク姿ハ見タ無イ。

ナシテ君ガ振ラレナアカンノ?
浮気シタノハ、アイツ。
君ハ何モ悪ク無イ。

ソウ。



悪イノハアイツ。




『ッ市丸隊長…ッあたし…
どうしたら…ッ』


大きな瞳から零れ堕ちる涙。
それを指で拭いながら、微笑む。


「大丈夫…
ボクが傍に居てるやろ?」




ボクハ君ノ味方ヤ




…反則技、その五。
『君の傍には、ボクが居る。』

反則やて、解っとった。
卑怯やて、知っとった。

それでも君を手に入れたかった。


ボクの持てる
反則技全てを使て。


そう。
全て反則や・て解っていたとしても。

君を手に入れるには
それ以外に方法が無かったから…







反則技と君の涙
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心苦しいのは、何故?


(君を手に入れられるとして、これを幸せと呼べるのか)

11.05.10.22:44
お題提供>>
purple rubby
shin様 




 

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