それは酷く滑稽な戯曲で、









君が僕のことを見て、微笑むんだ。
君が僕の名前を呼んで微笑うんだ。

僕もそれに応えて微笑うと、君は嬉しそうにはにかむんだ。
だから僕は君の触り心地の良い肌に、吸いつくように掌を寄せて。
君の柔らかな体温に直接触れるんだ。

ねェ、君の穏やかな体温も、軟かな唇も、絹の様な肌も、滑らかな髪も。
全て全て、僕の物。全部全部、僕ノ物…





―…ああ、違う。


君の言う、あいしてる も、全部全部

僕の、夢の中の君。
何時も此処で、目が覚める。
夢という戯曲から、放り出されるんだ。





『吉良副隊長っ』


明るい声が、空気を震わせて僕の鼓膜を揺らす。
脳に届くころにはその声が君だと判っていて、振り向くこの一瞬さえも愛しくてもどかしくて、焦れったい。


「やあ、みょうじ三席」
―今日モ、可愛イネ。


書類を両手で抱えて、優しい胡桃色の髪の毛がふわり、風に靡いて君の肩にかかる。


『相変わらず、不健康そうな顔色ですね』


ふふ、と弧を描く唇の端から零れる笑い。
檜皮色の瞳は、君が笑えば少し細くなる。

なんて優しい目をして、笑うのだろう。

それが、君の第一印象。
僕に向けられるその笑顔が、すきだった。

言葉なんかじゃ形容し難い、君の色がそこにあった。
僕なんか、一瞬で染め上げてしまうほど。

でも決して、染められることが苦痛ではなくて、寧ろ息をするみたいに自然なことで。
君は僕の中に容易く入り込んで、僕の心だけ奪っていった。


「まったく、誰かさんの所為で…ね」


眉尻を下げて少し困ったように笑えば、君も同じように少しだけ眉尻を下げる。


『本当に。今日のこの書類も、その誰かさんの署名が必要なものばかりなんですよ』


ほら、と差し出す書類は重要書類ばかりで。
"誰かさん"の署名が必須のものばかり。

他愛ない会話が、春風のようにそよそよと流れるこの空間に、嫌な霊圧が近づいてきた。


「何や、ボクの悪口?」


彼女の背後から現れたのは、にんまりと胡散臭く口角を上げる男。
飄々とした態度とは真逆に殺気立ったような霊圧を放つこの人は、僕等の会話の中心にいた"誰かさん"。


「いえ、とんでもない。それより、今まで何処にいらっしゃったのですか…市丸隊長」
「ああ、厭やなァ…開口一番説教は」


くつくつと咽で押し殺したように笑い、僕を見つめる。
ああ、隊長の目が開いていなくて良かった。
全てを見透かす様な紅玉は、僕のこの醜い気持ちまでも見透かしそうで。



…僕の夢さえも、知っていそうで。



『市丸隊長、いい加減サボるのやめて下さい』


捜すの、大変なんだから。
そう頬を膨らませる彼女の言葉から怒りは微塵も感じられない。


ああ、君がすきだから。余計なことまでも見えてくる。


そうだろう?


君はサボった隊長を捜しに行くのを、これでもかというほど楽しみにしているのだから。







その理由を、僕が此処で言うには辛すぎて…



『吉良副隊長のこの青白い顔見て、少しは反省してください』
「ボクはなまえちゃんに捜して貰いたくて、隠れん坊しとるのになァ」


心外や。そう言う隊長の言葉に頬を桜色に染める。


…ソノ顔ヲ サセテ イルノハ 僕ジャナイ …


僕の知らない顔を、君はそんなに簡単に見せるんだね。

どうして、なんで。
僕に何が足りないのか。


僕の身長がもう少し大きければ良かったのか。
金ではなく、銀髪だったら君は僕に赤面してくれたのか。

ああ…僕が三の字を背負っていれば良かったのか……。




『―…良…隊長…吉良副隊長?どうかしましたか?』
「ッ…すまない、何でもないよ…」


考えに耽り、思考回路が泥水の中に埋まっていた僕に優しい声が響く。
顔を上げれば其処には檜皮色の瞳。


小首を傾げて、胡桃色の髪が重力に従って垂れさがる。

どうして君は、そんなにも綺麗なのか。


君の髪が、胡桃色ではなくて。
もっと汚い色だったのなら、僕は君にこんな想いを抱かなくてすんだのか。

君の声が、優しいものではなくて。
もっと聞くに堪えない声色だったのなら、僕はこんなに惑わされなかったのか。





君と言う存在が、もっともっと。
ドス黒いものだったのなら―…



僕の夢に、君が現れて

あいしてる

なんて戯言、吐くことはなかったのか……



ああ、でもしかし。
例え夢の中だけでも、君の戯言を聴くことが出来るのならば。
僕は敢えて、この気持ちを君に捧げていただろう。

なんて、そんな僕の考えそのものが戯曲に練り込まれた戯言であることに、気付いているけれど目を瞑る僕が一番汚い―…


「じゃあ、みょうじ三席、市丸隊長…後は頼みました」
『はい、承知いたしました』
「気ィ付けて帰り」


早番だった僕は、執務室に二人を残して扉を開けた。
まだ肌寒い風の侵入を拒むために締め切った密室に、冷えた空気が流れ込む。
小さく君が身震いしたのを見て、僕はすぐに己の躯を外に放り出して扉を閉めた。

幾ら冬仕様と言えど、服の繊維を巧みにすり抜けて肌を刺す風は冷たい。
すぐに鼻の先が冷たくなって、頬がきりきりと痛む。

そう、この痛みは冬の所為。
決して胸の痛みではない。

全ての想いを一つの溜息にして宙に吐き出せば、白く浮かび、ふわふわと漂い空気中に溶けて消える。
こんなにも簡単に、君への思いも消し去ることが出来たのならば、僕は明日から、もう少し顔色が良くなるかもしれない・なんて、脳裏を過った考えに自嘲気味に笑った。


僕の少し長い、金色の襟足を冬の風が優しく掬ってうなじを撫でて行く。
ぶるっと一つ、身震いをして、僕は隊舎を後にした。


ああ、今夜も。

君にあいしてると言われる、戯曲の夢を見る。





日が沈んで明日に備えて布団に潜り込めば、朝方の僕の体温など、すっかり忘れた薄情な冷たさが僕の体を包み込む。
僕は早く布団が温まる様に、無駄に寒い寒い、と連呼して布団の冷たさと自分の体温が溶けあっていくのを感じた。

目を閉じて、しばらくすればまた君に逢える。
君の柔らかな微笑みに、日だまりの様な穏やかな体温に、触れられる。


夢の中だけであれば、君は僕のモノだから。


君と隊長が並んでいるのを見て、作り笑いを必死に浮かべて心で泣いて。
ああ、どうせだったら僕も、隊長のように笑みを張り付ける練習をしておけば良かった。

胡散臭くも、胸中は誰にも知られることのないあの鉄壁の守りを、僕も作っておけば良かった。
そしたらこんなにも傷つくことは無かったのに。



布団に僕の体温が染み込んでいく。
暖まってきた布に体を巻き付けて、瞼をきつく閉じて。

君の戯言を聴くために、僕は今日も眠る。

夢から醒めたときに、乾いた涙の痕が頬に残っていることを、
枕が少し濡れていることを、

僕は知らないふりをして、夜に縋って夢を見る。
朝に絶望して、息を吸う。


ああ、どうして、なんで、こんなに苦しい…



例えば僕が君に触れても、君が僕に言う戯言も、君は知ることすら無くて。

観客は僕だけで、演者も僕だけで











でも、物語の終焉はまだ少し先の話で……。



それは酷く滑稽な戯曲で、
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終わることのない戯曲に踊らせれつつも、終わることに怯えてる。


(君を殺すことで物語が終わるのならば、僕は躊躇いなく君を斬る)

13.2,26.23:35

続編あり。


 

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