きみがすき
「おー、なまえ」
『はーい?』
書類片手になまえに向かって手招きをすれば、小走りに駆けて来る。
「此処、間違ってんぞ」
書類の書き間違いを指摘すれば、ヤバイ、と顔に表れる。
「食ってばっかいるから、間違えんだよ」
『く…食ってばっかいないもん』
「ほお?
この頬の肉は何だ?あ?」
『い、いひゃいいひゃいッ』
肉付きの良い頬を抓れば、顔を顰めて俺の腕を叩くなまえ。
『もう、阿近さんのバーカ!』
俺の手から逃れた名なまえの開口一番はそれ。
俺のことをバカとは、良い身分だなあ、おい。
丸い頬を更に丸く膨らませて。
ああ、可愛いな…
「そうしてると、ふぐみたいだな」
と微笑えば、何故か怒って俺から書類を奪う様にして自分の机に戻って行った。
…ふぐは可愛いと思うんだが。
さて、どうしたものか。
あれ以来、なまえが口を利いてくれない。
なんでも、ふぐという例え=鵯州、という方程式だと受け取ったらしい。
全く。どうして俺のお姫さんはこうも我が儘なのか。
…いや、俺が悪いのか?
大体、少し肉が付いてた方が抱き心地良いし。
可愛げがあるじゃねえか。
俺ァ、ガリガリに痩せたヤツよりもふっくらした方が好きなんだ。
何で分からねえんだ。
自慢じゃないが、俺はなまえと付き合ってから浮気とかした事もねえし。(当たり前)
なまえ以外の女を可愛いと思った事もねえ。(なまえがふっくらだから)
なまえだけが好きなのに、何であいつは怒ってるんだ?(さあ、さっぱり?)
でも、まァ…
怒りっぽくて、泣き虫で。
小心者のクセに妙に強気。
笑った時の表情なんて、誰よりも可愛いのに。
そんななまえが、誰よりも好きなのに。
我儘なところも、遅刻魔なところも、
虐めると頬を膨らます表情も、
難しい書類とにらめっこしてるのも、
ブラックだと知らずに珈琲を呑んだ顔も、
全部全部、可愛いと思ってるのに。
結局のところ、
きみがすき...
…それを本人に直接言わねえと、分からないってことか。(やっと気付いた阿近さん)
…仕方ねえなぁ。
俺は未だふぐみたいに顔を膨らませている横顔にゆっくりと近付き、耳元に唇を掠めて
「好きだ」
と一言だけ漏らした。
慌てて耳を抑えて、真っ赤になった顔を俺に向ける。
ああ、そうだ。
その顔も、好きだよ。
(梅干しみたいで)(ッ阿近さんのバ―――カッ)
きみがすき
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どんな表情も癖も、すべてが愛おしい
(ちょっとお馬鹿な阿近さんがスキ)
11.08.06.18:06
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