こなゆき










粉雪が消える。
俺の、掌の上で。

儚く
静かに。

そう、まるで
お前の様に……







『ウルキオラ、暖かい』
「解せんな。
少なくとも俺の体温は、人間のそれよりずっと低い筈だが」
『こうしていれば、暖かいの』
「……そういうものなのか?」



雪が、降って来た。
虚圏では無い
此処は、現世。

恋人、というのか。
俺には未だに理解が出来ないが、唯、こいつは…
なまえは、俺の傍に居る。

三年程前、あの日も寒く、凍える様な夜だった。






『あたし……ウルキオラが好きよ?』


そう微笑んだ女。
破面No.59、なまえ。

この女は藍染様の側近で、藍染様から言伝を受ける俺は、必然的にこの女との接点が増えた。
初めて出逢った日から、丸五年。
藍染様からのご命令で、女と共に書類を整理している所だった。
女の薄い唇から漏れたのは、人間の様な戯言。


「下らん。
自分の気持ちを相手に明かして、何になる?」
『少なくとも、相手に伝わるわ』
「伝えてどうする。
所詮、人間共の真似事だ」


俺は冷たく言い放ち、視線をゆっくりと書類に移した。



『言葉にせずには、居られないのよ』
「それこそ解せんな。
想いを溜め込めば、貴様は消し飛ぶのか」
『ふふッ
…もしかしたら、そうなるかもね』


そう、悪戯っぽく笑う女。


「……先程から、俺の心臓は脈拍数を上げている。
どういう事だ、これは」
『あら、ドキドキしてるの?』
「知らん」
『緊張?興奮?それとも、喜び?』
「…そんな感情、持ち合わせて等いない」


そうは言うものの、心臓の脈拍数は上がり、胸が苦しくなる。
これを、どの感情に当てはめれば良いのか、俺には解らなかった。
元々、感情等持ち合わせていない俺に、それを理解しろ、という方が可笑しいのだ。


『ねぇ…ウルキオラ。
ウルキオラは、あたしと居て嫌じゃない?』
「下らん。
好き嫌いで仕事はできん」
『じゃあ、プライベートでは?』
「私情で貴様と一緒になど、居た事が無いだろう」 
『じゃあ、一緒に居てみない?』


今度は強気に笑った。
その瞳に、何時もとは何処か違う表情を浮かべる俺が居た。




自分の中で沸き起こる、不可思議な現象に悩まされた俺は、女の誘いを受けた。
幾度か虚圏を散歩したり、互いの部屋に行き来したりした。

そんな関係が続いて、二年。
二年前と同様、藍染様に頼まれた書類整理中の事。

女の少し伸びた髪。
それを耳にかける仕種。
乾いた唇を舐める、赤い舌。
伏せた瞳。
頬に出来る、長い睫毛の影。

その全てに、心が反応する。


「……なまえ」
『何?』


書類から視線を外し、俺を見つめる。


「俺の胸の内側に、何かが広がる。
頭の芯が溶ける様な感じだ。
……これは、何だ?」


俺の質問に、目を大きく見開く。
驚愕の表情は、すぐに微笑みに変わった。


『それを恋って言うのよ』


楽しそうに笑った、その表情に。
俺の心臓は一際大きく跳ねた。


「なまえ…お前に触れたい。
これも、恋なのか」
『うん、きっと』
「そうか……ならば、貴様の以前の問いに、答えなければならない」
『? 何の話?』
「貴様と居る事は……
どうやら、嫌では無い様だ」


俺の答えに、ああ、と頷いて笑った。


『じゃあ、一緒に居てよ』
「……そうだな」



凍える様に寒い夜。
俺の胸に、何かが灯った。







『任務も終わったし、早く帰ろう?』
「良いのか?」
『何が?』


俺の腕を引いて、微笑むなまえ。
名なまえは俺の言葉に立ち止まり、振り返る。


「雪、というのだろう。この白いモノは」
『ああ、うん』
「虚圏には、降らないモノだ。
もっと見ていないで良いのか?」


なまえは、こういった現世の自然物が好きだ。
季節は冬。
白く冷たい雪が、空から舞い降りる様は幻想的、とでも言うのだろうか。


『うーん……見ていた気もするけど…
雪って、儚いから』
「儚い?」
『うん、だってほら。
触れただけで、溶けてしまう』


なまえは掌を広げ、其処に雪を乗せる。
雪はなまえの体温で、すぐ水へと変わった。
俺もなまえ同様、掌に雪を乗せた。
俺の低い体温でも、雪は簡単に溶ける。


『……堪らなく、切なくなるの』


そう微笑んだなまえの表情が、雪の様に儚く思えた。




「……何か、飲み物でも飲むか?」
『どうしたの、急に』
「貴様の手が冷えているからだろう」
『…ああ…じゃあ、お願いします』


なまえの、白い指先が赤くなっていた。
義骸だが、そう言った所は妙に凝っているのがザエルアポロの特徴だ。
何でもかんでも、リアルに、忠実に作ろうとしている。

なまえは鼻の頭も赤くなっていた。
寒い、と一言。
言えば良いものを。


俺はなまえをガードレールの所に立たせ、温かい飲み物を求めて店に入った。


その、瞬間だった。






























―キキィッ



粉雪が、舞う。
















「きゃあああぁあぁぁあ!」


誰かが、叫んだ。
俺は反射的に外に飛び出した。

白い、白い雪。
其処に広がる、赤。


横たわるのは
儚い君。


「なまえ……?」


慌てて駆け寄る。
血溜まりの中のなまえ。


「なまえ…
なまえ…ッ」


雪よりも冷たくなっていく、なまえの体。
嘘だ、嘘だ。
大丈夫、なまえは死なない。

そう、俺もなまえも破面だ。







でも、今は?







「僕は何でも忠実に作るのが趣味でね。
義骸に入れば、魂もちゃんと神経やその他の臓器と融合するんだ。
つまり、義骸に入ればそのまま人間になれる、って事だよ」





ああ、俺等は今







人 間 な の だ 







「なまえ……ッッ!!!」


冷たくなるなまえの体よりも
俺の心臓が凍り付く。





奇跡、等。
そんなのは戯言だ。


そう言った俺に
お前は笑った。



『そんな事は
神様に言いなよ』



ああ、確かに。
この世界に
藍染様以外の神が存在するというならば。


奇跡を起こしてくれるだろうか。


頬に、雪が触れた。
溶け出した雪が、頬を伝う。


温かい。
ああ、これは雪で無い。
















涙 と い う 名 の
水 滴 ……
















粉雪が、舞う。
儚くも、幻想的に。







目の前で消えゆく
儚過ぎる生命の様に。









体温の低い俺に
貼り付くお前。
子どもの様に
はしゃぐ。

そんなお前が
嫌いでは無かった。


恋というモノを
教えてくれた。


お前が笑う
お前が傍に居る


それだけで、俺は冬が好きだった。


粉雪が舞う
儚く、美しく。


雪が溶ける
儚く、呆気無く。



そんな冬が、俺は大嫌いだ。





会いたい、逢いたい


こんな風にした
お前が憎い。


お前が居ないと
生きられなくなってしまった。


そんな俺を置いて
貴様は何処へ行く。





俺を置いて行くな、

なまえ―……

































「好きだ」







だから、行くな…

願わくば
粉雪よ、

永遠に溶けるな

頬に触れて
涙に変わる。



溶けた粉雪は

儚過ぎる
お前に良く似ていた……








こなゆき
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神がいるというならば、俺は貴様に何をした…


(ウルキオラを初めて書いた短編です)

11.05.30.22:13



 

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