足りないのは、言葉と身長





仕事だから。
そう言い聞かせて。
そう言い訳をして。

俺の想いをひた隠しにした。

俺は自分で思っていたよりもずっと、臆病者だから…


「…まだ残っていたのか」


就業時間は終わり、隊士達は帰った。
…筈だったが。
執務室には、まだ明かりが点いていた。
扉を開けてみれば、書類に集中している一人の影。


『え、あッ
日番谷隊長』


慌てて立ち上がるそいつは、十番隊第四席のみょうじなまえ。


「…それ、急な書類じゃねェだろ」

ふと見遣ったみょうじの手元。
みょうじが筆を走らせていた書類は、重要書類でも無ければ、急ぎの書類でも無かった。


「っつうか、それ、松本の書類だろ」


はあ、と溜息を一つ、二人しか居ない執務室に落とした。


『はぁ…まァ…。
でも、溜まってらっしゃったようなので』


柔らかく微笑むその姿に、胸の奥が熱くなる。
もう、どのくらい前からだったか、わからない。

唯、漠然とこいつが好きだと思った。
優しく微笑む、その表情も。
白いその指先も。
全てが愛しく思えた。


「ったく、どうしようもねェな。
みょうじ、適当なところでやめておけよ」


俺の言葉に、クスクスと笑いを漏らしながら、はい、と頷いた。
その表情から、絶対に最後まで書類やるな、と確信した。

でも、それがみょうじの優しさだから。
俺は敢えて何も言わなかった。


それから三時間ばかり。
俺は隊首室で黙々と書類を作成していた。


( 松本が居ねェと、捗るな… )


なんて思いながら、筆を走らせる。
…松本といえば…みょうじの奴、帰ったか…?

ふと思い立った俺は、席を立って窓の外を見遣る。
そこから見えたのは、まだ明かりの点いたままの執務室。
呑みに行った松本が帰ってきている筈もなく、執務室にいるであろう人物は容易に予想ができた。

俺は書類をきりの良いところで終わらせて、戸締りをして隊首室を出た。



「−…みょうじ」


そっと扉を開けて中に入れば、先程と同様に書類と向き合うみょうじ。


『わぁ!
ひ、日番谷隊長』


バレたか、と少し罰の悪い表情を浮かべるみょうじ。
墨は半分ほどなくなり、その手前には山積みになった書類が置いてある。


「てめえ、適当なところで終わりにしろっつっただろ」
『ご、ごめんなさい』


俯き加減で謝るみょうじ。
違う、そうじゃないんだ。

怒ってるわけじゃなくて…

お前に、そんな顔をさせたいわけでもない。


「……別に、怒ってるわけじゃねェんだ」


静かな口調でそう言えば、きょとん、とした表情で俺を見つめる。


「みょうじだって、女だろう。
いくら死神でも、その…」


ああ、ダメだ。
こういうとき、なんて言えばいいのか分からない。

分かってくれるだろうか
唯…





心配しているだけだということー……



この世界で、死神として存在している限り、虚と戦うという危険からは逃れることはできない。
でも、それだけじゃない。

この世界には、生命の危険を脅かすものは虚だけじゃねェ。
尸魂界にだって、女も男もある。

死神で霊力があったって、男の元来持っている力には勝てない。
両手を封じられてしまえば、鬼道を使う事すらも儘ならない。

そんな中、松本の尻拭いをして、こんな時間まで残っていて。
帰り道に何かあったらどうするんだ、と。

それを言葉にすることができないんだ。
俺は臆病だから。

言葉にして、お前を失うかもしれない、という大きな賭けに出ることができないんだ…



「―…送る」


囁く程度の大きさの声が、執務室に落とされた。
妙に照れくさくて、顔を見ることができなかった俺はみょうじに背中を向けた。


『え…?』


俺の後ろでは、不思議そうな表情を浮かべているであろう、みょうじ。


「送るっつってんだッ
早く身支度しろ!」


気恥ずかしくて、つい怒鳴ってしまったけれど…
背後から聞こえてきたのは、小さな笑い声。

みょうじ特有の、優しい笑い。


『ふふ…
はい、只今』


手早く身支度をするみょうじ。
外が暗くてよかった。
灯篭の中の炎が、橙色でよかった。


…でなければ、俺の頬が赤いことが、一瞬でバレていただろう。
背を向けた相手は、唯優しく微笑んで。

きっと、俺の顔が赤くても、みょうじは何も言わずに微笑むだけなんだろう…


「…ッ行くぞ」


背の小さい俺。
その背後に立つお前は、きっと頼りないと思うかもしれない。

でも、きっと。
お前に対するこの気持ちだけは本物だから。
身長なんかよりも、ずっとずっとでかいから。


待ってろよ。
もう少し上手く言葉を扱えるようになったなら、お前にこの想いをぶつけてやるから…







足りないのは、言葉と身長
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俺の才能を以ってすれば、すぐさ、すぐ…


(口下手十番隊長さん)

11.07.21.14:10


 

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