れた温もり [ 30 / 33 ]





―…近頃、お兄ちゃんが変だ。

お兄ちゃんは頭が良くて、背が高くて、格好良くて、目つきが悪くて、眼鏡が似合って、スーツ姿も素敵で、意地悪で、意地悪で意地悪…あれ?

意地悪だけど、優しいところの方が断然多くて。
本当に自慢のお兄ちゃん。


…そんなお兄ちゃんが最近変だ。
心此処にあらず、って感じ。


あたしに、好きな人が出来た。


お兄ちゃんの後輩で、今私の高校の剣道部に特別講師として来ている、日番谷先輩。
何処かのハーフらしくて、白い肌に翡翠色の瞳、雪みたいな銀色の髪にあたしは一目で惹かれた。


そして、なんと。
あたしは今日から剣道部のマネージャーとして部員に加わった。

日番谷先輩が来てから剣道部は一気に人気になって、朝練も放課後練も女子生徒の黄色い声が道場に響く。

日番谷先輩はそんな外野になんて目もくれずに、華麗に竹刀を振りおろす。
その姿がまた格好良くて痺れちゃうんだから。


昨日も何時も通り、放課後の剣道部の練習を見に行った。



日番谷先輩が面を取った瞬間、バチッと目が合った。
白い頬を汗が伝って、頭に巻いた手拭がまた格好良くて…って、あれ?なんか近づいてくる?


「―…お前、もしかして…」
『え、あ…あたしですか?』


日番谷先輩は普段は絶対に外野の方には近寄らない。
アイドル並みの人気を誇る日番谷先輩。
外野に近寄るのは、コンサートでファンに近寄るのと同じ。
揉みくちゃにされて、あらゆるところを触られてしまうだろう。

そんな日番谷先輩が初めて外野に目を向けて、こっちに来た。
しかも何故かあたしの目の前に。

そして、その低い声は今完全にあたしに向けられている。
翡翠色の少し冷たい瞳には、呆けている変な顔のあたしがしっかりと映っている。


「お前…市丸か…?」
『へ?』


あたしの後ろでは他の女子たちが激しくブーイングする。
何時も剣道部の練習を見に付き合わせている女友達は、あたしの肩を叩いて大興奮している。

何処かの少女漫画のワンシーンみたいだな、なんて頭の片隅で考えながら、あたしは目の前の日番谷先輩を見つめていた。


「違うのか?」
『あ、いえ!市丸です!
市丸なまえ!』


ハッと我に返り、慌てて自己紹介をする。


『な、何であたしの名前…』
「…兄弟そろってデカいんだな」


その言葉に、パッと浮かんだのが、お兄ちゃんの顔だった。


『あ、お兄ちゃんの…』
「やっぱり、市丸の妹か」


吐き捨てるように言う日番谷先輩。
…あれ?でも、日番谷先輩は確かお兄ちゃんの後輩の筈。

後輩に呼び捨てにされるお兄ちゃんって…


なんか、溜息つきたくなってきた。


『お兄ちゃ…兄がお世話になりまして…』
「…全くだな」


俺はアイツの世話をした覚えしかない、と溜息を吐かれた。
…帰ったら死刑だな。


「お前が市丸なら、話は早い。
もし暇なら、俺が居る間だけ期間限定でマネージャーをやらないか?」


その言葉に一瞬息が止まった。
まさか、こんな急展開が待ち受けているだなんて…!
今日の占いで最下位だったのに!
あのテレビの占い師は即効クビになるね!


「…すなん、いきなりすぎたか。
出来ないなら、断れ」
『や、あの!』


驚きのあまり無言でいると、日番谷先輩はそれを"迷い"と受け止めたらしい。
まさか、そんな、断るだなんて!
こんな美味しい話し、捨てるわけがないでしょう。


『是非、頂きます!』


自分でも訳の分からない返答をした、と自覚し、一気に頬が赤くなる。
そんなあたしを見て、日番谷先輩が笑った。


「ははっ
帰りまで待ってろ。マネージャーの話ついでに送る」


無邪気に笑ったその顔は思っていたよりもずっと幼く見えて、下手したらあたしよりも可愛いんじゃいないかって思った。
そんな表情に一発でノックアウト。


「なまえ?…って、あんた凄い変な顔してる」
『…へ?』
「口開いてるし、目が点みたい。
赤面だし、正直気持ち悪いよ」


一緒に部活を見に来てくれている、幼馴染でもある凌にそう言われてあたしが表情が硬直していることに気がついた。


『凌…』
「ん?」
『日番谷先輩と目が合ったよ』
「そうだね」
『自己紹介したよ』
「うん、声裏返ってたね」
『どうしよう…』


凌は相変わらず淡々とした口調で応えるけど、あたしは緊張とか興奮とか色々混ざって泣きそうになる。


『心臓が痛い…』
「寿命が近いんだね」


何時もなら此処で凌に、酷ーい!とか言ってじゃれ合うんだけど、そんな余裕すらないくらいあたしは気分が高揚していた。


『…ッ一緒に帰るんだって…!』
「…うん、何でそんなに他人事みたいに言うのか分からないね」


取り敢えず、一旦教室戻ろうという凌に言われるがまま、あたしは教室に戻った。
冷静になって考えたら、大人気の日番谷先輩に誘われてあの場に留まるなんてしたら、他の日番谷先輩ファンに殺されてたわ…


「…なんとかセンパイと帰るなら、私は先に帰るよ」
『え、凌居ないの!?』


品のある茶色の革のスクールバッグを手にし、帰る準備をする凌の背中を呼び止める。
振り見た凌はまるで珍獣でも見るかのような表情であたしを見る。


「あんたねェ…
好きな人一緒に帰ろうって言ってるのに、何であたしがいなきゃいけないの」


凌はそう吐き捨てるように言って、教室から出て行ってしまった。


その三十分後、日番谷先輩がわざわざ教室まで迎えに来てくれた。


「お前…待ってろっつっただろ」
『ごめんなさい』
「まァ良い、行くぞ」


はい、と強制的に言わされるような妙な威圧感…威厳?のある声。
あたしは返事をして鞄を持って日番谷先輩の後を追った。


「…―…で、―だ。
集合時間とか、剣道部見に来てたお前ならわかるだろ?」
『はい』


簡単なマネージャーの仕事を教わりながら、同じ歩幅で歩く。
もう私がマネージャーになることは顧問には了承を貰っているらしい。


「…にしても、良く見るとあんまり市丸に似てねェんだな」
『そうですか?』


翡翠色の瞳が、あたしをじっと見つめる。


「ああ、色素が薄いところや細身で長身なところは似てるのかもな」


それ以外は似てねェ、と言ってあたしから視線を逸らす日番谷先輩。


『じゃあ、なんですぐにあたしが妹だって分かったんですか?』
「…前に一度、市丸に無理矢理家に連れて行かれたんだが、その時に自分の妹だって言って、写真やらプリクラを見せびらかしてた。
それで今日お前見つけた時に、すぐ市丸の妹だって分かったんだ」


…打ち首だ、出合え出合え


「まァ、明日からよろしくな。
此処曲がったらすぐだろ?
家まで行くと市丸に会いそうだからな、此処で悪い」


そう言って日番谷先輩は立ち止ると、あたしの後姿を見送ってくれた。



あたしは、昨日ほどお兄ちゃんの存在に感謝したことはない。

…まァ、あのあと帰ってからお兄ちゃんの部屋に奇襲したんだけど、何故か居留守を使われてしまった。


『…そこなんだよなァ…』
「何がや」
『!?』


不意に背後から聞こえた低い声に振り向けば、眠そうに欠伸をするお兄ちゃんの姿。
あ、その顔可愛い…って、こらこら。相手はお兄ちゃんでしょ。


『…別に。何でもない』


…ちょっと冷たかったかな、なんて言ったあとに後悔。
ちらり、と肩越しにお兄ちゃんを見れば、興味無さそうに狭い廊下であたしを追い抜いて階段へと向かう。


「何でもないねやったら良えけど」


…あるぇ…?







『お兄ちゃんが可笑しい』
「何時ものことじゃない」


昼休み。
凌と向き合ってパンを頬張るあたし。
その向かいでは紙パックのジュースを飲む凌。


凌は初めての朝練の話をされると思っていたらしく、話題がお兄ちゃんだったことに少し驚いているように見えた。


『だって、朝…普通だったらあそこで
"いくら家でも独り言なんや言うとったらキモいで"
くらい言いそうなのに』
「…可哀想な立場だね、なまえ」


凌の冷たいツッコミに反論する言葉も見つからない。

お兄ちゃんが変だ。

最近、部屋に行ってもあまり目を合わせてくれない。
…目開いてないから本当に目が合ってるかなんて分からないけど。

前までなかった、張り付けたような仮面みたいな笑顔。
話は聞いてくれているんだけど、何処となく上の空。
返事も相槌を打つくらい。


『お兄ちゃんに何かあったのかな』
「なまえってブラコンだよね」


凌はそう言ってストローを咥えて、何処かつまらなさそうにジュースを飲む。


「まァ、あんたももう子どもじゃないんだし。
ギンさんだって色々あるでしょ」


そろそろ兄弟離れしないとね、っていう凌の言葉が鼓膜を揺らして脳に響く。

何時からだっけ、一緒にお風呂に入らなくなったのは。
一緒の部屋で寝なくなったのは。
何時から二人で買い物に行かなくなって、手を繋がなくなった?


もしかしたら、あたしの意識外で、お兄ちゃんは着々と兄弟離れの準備をしていたのかもしれない。
なのに、あたしが何時までもお兄ちゃんお兄ちゃんって付きまとってたら、お兄ちゃんも安心できないよね。


『そろそろお兄ちゃん離れしなきゃなのかな』
「…そうかもね」




何時でも、何処でも。
お兄ちゃんは傍にいた。





頭が良くて、背が高くて、格好良くて。

でも、少し目つきが悪くて、眼鏡が似合って、スーツ姿も素敵なの。

意地悪ですぐ虐めてくるけど。

優しいことの方が断然多くて。

優しいお兄ちゃん
自慢のお兄ちゃん。



手、繋がなくなったね。

お兄ちゃんと触れ合うことが、なくなったね。



気付いてしまうと、不思議だね…




お兄ちゃんに触れたくて仕方がない―…









れた温もり




( 気付いたら、君が遠い )




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