かぬ蛍 [ 27 / 33 ]



汚い 汚い ボクの心は 唇は、
君の名前を呼べない。
取り戻せない時間は、"想い"という名の歯車を狂わせた。

夢に見るたび、"触れたい"という気持ちは大きくなって…。



―ダダダダダー…ン…ッ


「あらあら、またやったのかしら」


大きな物音と、痛いと叫ぶ声。
落ちる板母の声、苦笑気味の父の声、そして立ち上がるボク。
リビングを出て、階段の方へと向かった。


「…毎回毎回、良ォ飽きひんなァ」


クス、と小さく笑いを零せば、ムスッと顔を顰め口を尖らせる君。


『何よう、笑いに来たの?
お兄ちゃん』


フローリングの床の上に散らばった数枚のレポート用紙。
その中に座り込むのは、ボクの可愛い妹。


「いえいえ、とんでも御座いません。
お怪我はありませんか?」


わざと畏まった言い方をするボクに、妹は手を伸ばす。


『起こして下さる?
似非紳士様』


そう頬を膨らませる君。
差し出された、白く華奢な手。
その指先は"兄"へと向けられたもの。
その手を握る資格が、ボクにあるのか。




この、汚いボクの手が。
触れた途端君の白い手は黒く染まった―…






「―…ッハァ…!」


ドクン、と跳ねた心臓。噴き出す汗、薄暗い部屋で震える手。


(―…夢…)


はぁ、と大きく溜息を吐く。
ボクの触れたその白は、ボクの汚れた気持ちに染まり。
もう二度と戻れないと語る。





『起こして下さる?
似非紳士様』


そう言う彼女は、ボクを求めて。
嗚呼、触れたい

触れたい、触れたい、触れたい…



触レタイ







「―…嫌なこった」
『えー』
「…優しいお兄様を似非呼ばわりした罰や」


何時通りの意地の悪い笑みを無理やり浮かべれば、不貞腐れる君。


「ちなみに―…」


ボクはその場にしゃがみ込んで、レポートを拾い上げた。


「レポートも見てあげへんから」


と言ってそのレポートを彼女の頭の上に乗せた。


『えぇ!?ごめんなさい、優しいお兄様っ
お願いだから見てー』


懇願する君に笑顔で手を振り、自分の部屋へと入った。
お兄ちゃんの意地悪、と背後から聞こえたが、聞こえへんフリをした。






あの後、夜遅くまでなまえの部屋は明かりが点いていた。
少し意地悪が過ぎたかと反省したが、ああでもせェへんかったら正気を保ってられへんかた。
ボクの想いは、その辺の女子高生の様に綺麗なモンやない。
君を抱きたくて、汚したくて、壊したくて。
こないな感情、曝け出せる筈もない…。


「―…おはようさん」


結局あの後、罪悪感と嫌悪感に襲われて一睡も出来ひんかったボクは提出されたばかりの課題を終わらせる事で時間を潰した。


「あら、今日はギンも早いのね」
「ボク、も?」
「ええ、なまえも早かったの。
さっき出たわ」


まだ少し眠たそうな母親。
時計は六時を指したばかり。

こない早い時間に、なまえが?

部活をやってる訳やない。
ほな、なんで…


怪訝な表情を浮かべるボクに、母親はにやり、と笑って見せた。
…言うのも何やけど、その表情はボクに似とると思う。


「あの子、気になる子が出来たみたいよ」


楽しそうに言う母親の言葉に、ボクは一瞬固まった。


「…なまえに、気になる子…?」
「そう、その子が朝練に出るからって。
これから毎朝見に行くみたいよ」


噂話をするみたいに、活き活きと喋る母親。
眩暈すら起こしそうな状態で、ボクは唯笑った。


「さよか…
なまえにもようやっと色気が出てきたんやねぇ」


なんて。
反吐が出るくらいお兄ちゃんぶった言葉を吐いてみた。
そうね、なんて微笑む母親。
ボクが抱えているこの想いを知ったら。
どないな顔するのか。


ボクやない男に笑って
ボクやない男に触れて
ボクやない男に抱かれ
ボクやない男に―…


嫉妬で、憎悪で、狂いそうや。
このどす黒い想いに、自分自身すらも呑み込まれて。


いっそ、消えてしまいたい…



なして兄弟なんやろ。
なして君やなきゃあかんのやろ。



"恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす"



とは良ォ言うたもんや。

君に恋い焦がれ、鳴く蝉(オトコ)。
君の周りにはどれだけ居んねやろ。
鳴いて、鳴いて、鳴けば、君は蝉(ソイツ)に気付くやろ。

君に恋い焦がれ、鳴かへん蛍(ボク)。
君が蛍(ボク)の想いに気付く日はこない。
唯この恋に、蛍(ボク)は身を焦がす外ない…


ボクは蛍
君を想うて

この恋に身を焦がす。












鳴かぬ



(気付いて欲しい、でも気付かないで)




引用:都都逸


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