桜の行方





桜の行方


なぜ、私は彼女を抱いている?
私の腕の中の彼女は、苦痛に顔を歪ませて。


このような結果を望んだのか。


輝くような笑顔
弾む声
明るい雰囲気。


そんな彼女に似つかわしくない、濃紺の髪。
全てを呑みこんでしまいそうなその髪色。
彼女の笑顔が、濃紺で隠れてしまいそうな恐怖。

世界の中心に居ても何も不思議でないくらい、誰からでも好かれる彼女の傍らに居るのは、これまた彼女に相応しくない男。

いつも、どこかで感じる劣等感。

私よりも早く霊術院を卒業し、私よりも早く死神になった。
私よりも早く隊長になり、私よりも先を行く男。

あんな型破りな人格をしているのに、彼は何処か他人から好かれる。
型通りの生き方しかしてこなかった私は、天真爛漫な彼が、もしかしたら羨ましかったのか。




緋真を失ってから、初めて気になった女性。
愛くるしく微笑むその姿、慎ましやかで、気品のある立ち居振る舞い。
けれど、無邪気な言動にも心惹かれ。




そんな彼女は、既に他人のもの。
それも、相手はあの男。



また私は、彼に負けるのか。





そんな事、あってはならない。












―カタン…ッ






『ッ誰…!?』



振り向いた彼女に白伏をかけ、倒れ込むその体を腕の中に収めた。
彼女の掌から何かが落ちたが、初めて彼女に触れられた悦びの前にそんなものは何の障害にもならなかった。






『っ朽木隊長!』

「…っ」


ハッと我に返れば、まだ涙を湛えたままの大きな瞳が私をしっかりと見つめていた。


『ど…して…?』


震える声、震える体。
恐怖と戸惑いに涙している彼女は、世界の中心に立ってはいない。



快感を求めてか、あの男に対する敵意からか。
純粋に彼女が好きなのか、私にはもう、何も分からない―…



「すまなかった…」

『え…ッうあ…』


ズリュッと卑猥な音を立てて、自分のモノを引き抜く。
痛みと恐怖から解放された彼女は、唯荒く息を吐く。


身だしなみを整え、この部屋に張ってある結界を解いた。


「これで、そなたの霊圧が流れ出て市丸が気付く筈―…
…早速やって来たか」


全て言い切る前に、物凄いスピードで近づく霊圧。


「名前ちゃんっ!!」


バンッと扉を壊しかねない勢いで部屋に入って来たのは、やはりこの男。
そんなに血相を変えて探しに来るほど、この娘が愛おしいと…?
嫉妬に狂い、自分を見失い、中途半端な気持ちで彼女を抱いてしまった私は、結局またこの男に勝てなかった。









『ギン…っ』


扉の向こうに居たのは、半裸の名前ちゃんと、飄々とした態度の六番隊長さん。
白い頬をぬらす涙、恐怖に震える声。
脱げかけの死覇装。

犯人が誰か、なんて分かりきっている。




「ッ…!」


ボクは拳を握りしめ、渾身の力でその無表情の頬を殴った。


「っ…!!!」


痛みに顔を歪ませ、地面に倒れ込んだ六番隊長さん。
拳が痛い。
初めて人を殴ったけど、こない痛いもんやったとは思わへんかった。

殴られたせいか、唇が切れて血が滲む。
それを手の甲で拭い、立ち上がる六番隊長さん。
相変わらず表情に何も出さへん隊長さんに、腹が立った。


「名前ちゃんをこないな目に遭わせて、何も思われへんの?
ボクはともかく、名前ちゃんに言わなあかん事、あるやろ」

「……」


六番隊長さんは、唯罰の悪そうな顔をしただけで何も言わへん。


「何や言うたらどうや」


制御出来ひんほど、霊圧が上がっていく。
自分の大切な人、泣かせられて傷つけられて。
怒りの矛先は目の前の六番隊長さん以外に向くことはなく。


「っ…この…!」

『やめて…っ』


再び拳を振り上げたボクの耳に届いた声と、背中に伝わる振動と温もり。
ボクの背中に顔を埋めて、震えているその感触にボクは振り上げた拳を下ろした。


「なして止めるの、名前ちゃん」


ボクのお腹に回された手に、そっと自分の手を重ねる。
名前ちゃんの手は恐ろしく冷たくて、背中にある温もりも震えも全て嘘のように思えた。


『もう、いいの』


唯小さくそう呟いた名前ちゃん。
何がどう良いのか。ボクは何一つ納得することはなく、名前ちゃんの言葉に無言で頷く他無かった。


『朽木隊長…』


ボクの背中からこっそり伺うように瞳だけ覗かせ、ボクの前に立つ六番隊長さんに優しく声を落とした。


「……すまなかった」


そんな名前ちゃんに向かって投げかけられた言葉は、何処か切なく、寂しくも思えた。


『…大丈夫ですよ』

「ッ名前ちゃ…」

『大丈夫』


ボクの背中から出て、項垂れる六番隊長さんの元に歩み寄る名前ちゃん。
ボクは慌てて名前ちゃんを引き止めたが、名前ちゃんはただ微笑むだけやった。


『朽木隊長…隊長は、少し迷子になっているだけです』

「…迷子…だと?」

『はい。気持ちの迷子。
誰が好きで、誰が憎くて、本当はどうすれば良いのか分からない…』


名前ちゃんの優しい声に、ボクも六番隊長さんも黙って耳を傾ける。


『さっき…朽木隊長の表情を見て、そう思いました。
迷子になって今にも泣きだしそうな子どもの瞳…』


六番隊長さんに向かってにっこりと笑うと、名前ちゃんは両手を広げて六番隊長さんを包み込んだ。


「……ッ」

『大丈夫です。
朽木隊長なら、すぐに明かりを見つけられます』

「明かり……」

『足元を照らすだけの、小さな明かりで良いんです。
朽木隊長なら、道が見えれば進むことに躊躇わない筈ですから』


ね?と、語りかける名前ちゃんの腕の中で、六番隊長さんは小さくありがとうと呟いた。
それを聞いた名前ちゃんは嬉しそうに微笑んで。
正直複雑な気持ちだったけれど、子どもみたいに俯く六番隊長さんと優しく微笑む名前ちゃんを見て、ボクの中の怒りや憎しみも自然と消え失せていった。


「名前ちゃん、そろそろ…」

『…ん』


六番隊長さんが落ち着いた頃を見計らって、ボクは名前ちゃんに促す。
名前ちゃんも小さく頷いて、そっと立ち上がった。


『大丈夫です、朽木隊長。
一人じゃありませんよ』


名前ちゃんはそう言い残し、ボク等は朽木家の屋敷を出た。



『朽木隊長も、緋真様が亡くなってしまって寂しかったのでしょう。
でも、大丈夫。今はルキアちゃんや恋次が隊長の周りには居るもんね』


ボクに笑いかける名前ちゃんは、ほんの数十分前まで犯されていたとは思えへんほど清々しい表情で。


「そやね」


ボクも同じく笑って見せた。


「名前ちゃん、手ェ繋ご」

『なぁに、急に。
照れるよ』


恥ずかしそうに小さく笑みを零した名前ちゃんの手を、ボクの右手が握った。


『あ…もう日付…変わっちゃったね』

「あぁ…せやなぁ…」


ふと見上げた夜空は月が高く昇っていて。
濃紺の夜空には仰山星が散りばめられていて。


「せやけど、何や幸せやなぁ」

『あ、ギンも思った?』

「もって事は、何?
名前ちゃんも思てん?」

『ふふっ…勿論。
プレゼント、渡しそびれたのは残念だけどね』


柔らかく笑むその表情と言葉に、ボクは思い出したかのように懐に手を入れた。


「プレゼントって、もしかしてコレのこと?」


取り出したのは、小さな箱。


『あ!それ、どこにあったの?』

「執務室に落ちててんけど…
これ、ボクに?」


そう問いかければ、照れ臭そうに俯く君。


「おおきに。
なぁ、名前ちゃん…大好きやで…」

『あたしも…大好き』


恥ずかしそうに笑い、はにかむその表情。
弧を描く唇に、ボクの唇を重ねた。




これが最後の恋や、て。
本気で思っとった。

繋いだ手を離す時。
それはボクか君が死んだ時。

君の白く小さい手を
ボクは離さへんと決めた夜。






桜の行方

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( もう見失わない、この道は )



(倭様リクエスト。市丸さんvs朽木さん)




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