寒い寒い、冬が来た。
夏までは平気で部活をやっていた時間帯でも、この季節になると真っ暗だ。そんな季節の移り変わりの様子を目の当たりにして、はああ、と白い息を吐く。

「……さむいなぁ」

マフラーで覆われた口元から、ぽろっと言葉が出てくる。あかんあかん、こんな寒さくらい我慢せな。もう少しで家なんやから。そうは思っても、学ランとマフラー以外に防寒具を身につけていない俺は寒さにやられそうになる。髪型はオールバックにしているから、額が冷たくなっていくのを身をもって感じた。
街灯がちらちらと光る。それがまた寒さと暗さを助長しているようで、早く家に着けばいいのに、ともやもや考える。受験勉強のために学校の自習室を遅くまで使わせてもらっているけれど、こんな寒い中一人で帰らなければいけないのなら、もう少し早めに帰宅するように心がけた方が良いのかもしれない。
そんなことを思っていると不意に後ろから、この寒さと暗さには全く合っていない間伸びした声が聞こえてきた。

「あれー、光太郎くんやない?」

そのふわふわとした声に、反射的に振り返る。目線の先にいたのは、少し年上のご近所さんだった。

「なまえさんやないですか。どしたんです、こんな時間に一人で」

俺がなまえさんに言葉を投げかけると、彼女は俺のよりももふもふとしたマフラーを少し下げて口を出した。そして、レジ袋を持っている右手をひょい、と上げて俺に見せてくる。

「最近寒いやん?あったかいココアとか飲みたくなって、コンビニ行ってた」
「確かに最近めっちゃ寒いですよね」
「うん。で、光太郎くんはなんでこんな遅くに学校から帰ってるん?」

もしかしてフリョーってやつ、となまえさんが俺を見て茶化す。
そんなわけないやろ、とため口で冗談っぽく返してみると、なまえさんはつまらなさそうに口を尖らせてみせた。

「学校で受験勉強しとるんです、家より集中できるから」
「あれ、今年受験やっけ。どの高校受けるん?」
「いや大学受験ですって。なまえさんと三歳くらいしか歳変わらんやろ」
「あー、そうだっけ?」

あはは、と笑いながらなまえさんは歩き始める。
こうやってなまえさんは俺のことを子ども扱いする節が多い。なまえさんの方がよっぽど子供っぽいと昔から周りに言われているのにも関わらず、だ。今だって歩き始めたのは、早く家に帰ってココアが飲みたいから、といった子供っぽい理由からだと思う。

「子ども扱いせんといてくださいよ」
「えー、だって光太郎くん私より年下じゃん?」
「でもなまえさんの方が言動とか子供っぽいですよ」
「そんなことないもん」

ないもん、という言い方が既に子ども。けれどそれを指摘してもまた「でも光太郎くんの方が年下」とどうしようもない事実を繰り返しそうだったので、それについては黙っておいた。

「まぁ、とりあえず寒いし遅いから早よ帰りましょ」
「ココア飲みたいだけやろなまえさん」
「今日めっちゃつっかかってくるなぁ光太郎くん」

笑いながら、それでもやっぱり早く帰りたいのか早足になるなまえさん。
ちょこまかとした早足だから、足のリーチが長い俺が置いていかれることはない。それに対してふふ、とつい笑ってしまうと、笑った理由を察したのかなまえさんは「なんだよ、今日の光太郎くんいじわるやなぁ」と頬を膨らませた。

「でも私は光太郎くんよりお姉さんや」
「そうですけど子供っぽいですよ」
「ちょっとお口チャックや。……お姉さんな私は大人やから、お勉強を頑張る光太郎くんにちょっとしたご褒美をあげよう」

また俺を子ども扱いするなまえさん。よく飽きないなと思うのとほぼ同時に、頬に何か温かいものが触れた。そしてそれを手に取ると、手のひらくらいの大きさのペットボトルだった。オレンジ色のキャップで、ラベルには「濃厚!ミルクココア」と煽り文句がついている。

「ご褒美のミルクココアだよ」

ふふん、と大人の雰囲気を醸し出しそうで醸し出せていないなまえさんは言う。

「これなまえさんが飲むやつちゃうんですか?」
「んー、四つ買ったから一個くらいあげても問題ないない」
「そんなに買ってたんですか」

聞くと、ココア好きなんだから仕方ないじゃん、と笑う。
やっぱり子供っぽい。この子供っぽさに振り回されている感じがして、なんとなく負けた気になった。

「なんにせよ、ありがとうございます」
「礼には及ばないよ!……っと、もう家着いちゃった。そんじゃ私はこの辺で」

ひょい、となまえさんは片手を上げて俺に向かって軽く振った。
同じようにして返すと、彼女はまた満面の笑みを浮かべた。

「どの大学受けるんか知らないけど、頑張れ光太郎くん!」

なまえさんが家に入る直前、俺に投げかけた言葉。
それを頭の中でリピートしながら、もらったココアを握りしめながら歩く残り十数メートルの家路は、不思議とまったく寒くなかった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -