今日のホームルームで、学校付近に不審者が出るという話があった。通り魔の類ではなく、若い女性に執拗に話しかけたり触れたり、追いかけてきたりするような不審者らしい。女生徒は特に気を付けるようにと忠告されていたなぁと思いながら、俺は俺はついさっき視界に入ってきた不審な動きをしている男を見た。

(忠告された日に出くわすとか、ついてねぇ……)

はぁ、とため息をつきながら前方にいる男を見る。俺は男なので、不審な動きをしている男にちょっかいをかれられている訳ではない。俺の少し前に、俺に背を向けている不審者がいるという状況だ。そしてその不審者は、さらに前方にいる高校生くらいの女子に熱烈な視線を投げかけているようだ。
あーあ、ターゲットにされてんぞ。こんな暗い時間帯に不用心に外なんか出るから。
そう思いながら、自転車の速度を少し上げる。俺が後ろから来ている事実を知れば、不審者が身を引くかもしれないと考えてのことだった。速度を上げると、先ほどよりも速く不審者との距離が詰まっていく。自転車のタイヤの音が聞こえたのか、不審者はちらりとこちらを振り返って縮こまった。それを通り過ぎて今度は女子との距離を詰めていく。すると、次第にその女子の後ろ姿がはっきりと見えてきた。
少し頼りなげな背中、両手に大きな買い物袋を下げてよろよろと歩く様。あれなら不審者にとって絶好のカモだよな、と彼女を狙った不審者の考えに共感しながら、その後ろ姿に既視感を覚える。ペダルを何回か踏むと、更にその後ろ姿が近くなる。こいつ、どこかで見たような。近づいた背を見つめてぼんやりと脳の中の引き出しを漁っていると、ある一人の女生徒の名前が不意に思い出された。

「みょうじ」

近づいた背中にそう呼びかけると、びくりとその肩が震える。そして怖々振り向いたその顔は、やっぱり脳の引き出しの奥の方にあった「みょうじなまえ」だった。確か、去年同じクラスだった女子だ。気弱で男子とあまり話す方ではなく、それほど仲良くはない。だから俺が話しかけたことによりこんなにびくびくしながら対応しているのは、当たり前の事なのだ。

「く、ろだくん。こ、こんばんは」

何故話しかけられたのか分からないとでも言うように、みょうじは震える声で俺に挨拶をした。仲良くないとはいえ知り合いだし、不審者除けになってやろうかと考えた上での行動なのだが、こうもビビられているとこっちが不審者になったみたいな気分だ。それだとなんだか、きまりが悪い。
俺はちらりと後ろを振り返る。ホームルームで聞いたとおり不審者は執拗らしく、俺がみょうじの隣にいるというのにまだみょうじを追うのを諦めていないようだった。もしかしたら、俺がみょうじから離れたらまた近づいてくるかもしれない。かもしれない、というよりか、それは確実であるような気もした。
みょうじの方に向き直り、親指で後ろを指差しながら言う。

「お前さ、尾けられてんぞ」
「え……え?」
「不審者に。みょうじのクラスでは話とか無かったか?」
「うっ……そ、えっ、怖い……。あ、そういえば話あった……」

言うと、みょうじはがたがたと震え出す。前から気が弱そうだとは思っていたが、こんなにビビりだとは思っていなかった。いや、女子はこういう話を聞くと怖いと思うのが普通だろうか。自分の身に降りかかっているとなると、特に。

「だ、から、黒田くんが声かけてきてくれた……んですか」
「まぁそういうことだな。つーかなんで敬語」
「い、色々とびっくりしすぎて」

両手に買い物袋を下げてやじろべえのようによたよた歩くみょうじは、納得したように、そしてほっとしたように息を吐いた。やっぱり俺が声をかけた事に、少なからず恐れをなしていたんだろう。もう少し仲が良ければリアクションも違っただろうと思ったが、それは後の祭りというやつだ。

「で、えっと……ま、まだ付いてきてる……?」

自分の目で確認するのが怖いようで、みょうじは怖々と人差し指で後ろを差しながら聞いてくる。それに頷くと、うわあぁぁ……と声にならない声を出していた。なんだか危なっかしすぎて、みょうじは安全に家に帰れるのだろうかと疑問に思ってしまう。買い物袋を下げているから、もし何かあったとしても即座に逃げることは出来なさそうだ。

「……みょうじさ、親御さんとか迎えに来てもらえねえの?帰り道あぶねーぞ」

そう提案すると、みょうじは渋い顔をしながらふるふると首を振った。

「えっと、今日、親の帰り遅いの。……んでご飯自分で用意しなきゃいけなくて、買い物行ってて……」
「だから買い物袋持ってんのか。カップ麺とか家にあれば良かったのにな」
「あ、あった……」
「じゃあそれ食えよ、もう遅い時間なんだからよ」
「ごっ、ごめんなさい……!」

少し強い口調で言ってしまうと、みょうじはより震えた声で謝る。多少気の強い俺と気の弱いみょうじの組み合わせを改めて見て、今まで仲良くなれなかったのも無理ないかと息をついた。
そんな事を言っている間にも、不審者は少し離れた場所からこちらの様子を伺っている。どんだけ執拗なんだよ、いつまで待つつもりだよ。あー、と言いながら頭をがしがしと掻くと、みょうじはまたぶるりと身震いをした。
みょうじとは親しくなれていないけど、このまま放って帰るわけにはいかない。だからといって、自転車から降りてちまちま歩いて送っていくのは会話や空気がもたない。暫く頭を掻きながら考えて、そうして思いついた解決策に苦笑した。
俺はみょうじの方に手を伸ばす。

「それ貸せ」
「えっ?」
「買い物袋」

どういう脈絡でそう言ったのかは分からなかっただろうが、すぐに動かなければ怒られると思ったのか、みょうじはさっと両手の買い物袋を差し出す。みょうじが不安そうに見ている横で、俺は自転車の前カゴに買い物袋を突っ込んだ。
良かったな、今乗ってるのがロードバイクじゃなくて通学用のママチャリで。
そしてロードバイクには付いていない後ろの荷台を指差しながら、みょうじに言う。

「乗れ」
「……え、でも」
「良いから。それとも置いてって不審者に尾けられる方が良いか?」
「……の、乗りますっ」

ちょっと嫌らしい笑みを浮かべながら脅してみると、みょうじは焦ったように荷台に跨る。
先ほどまでより重くなった車体に眉を顰めたが、ペダルを踏むと案外すんなり前に進んだ。荷台に座るみょうじは、ふと後ろを振り返ったらしい。「ほ、ほんとだ、いる……」とまるでオバケでも見たかのように荷台の上で震えながら呟いた。

「震えてたら落っこちるぞ。俺の腹でも掴んどけ」
「は、はい……!」

がし、と割と遠慮なく俺の腹を掴んできたみょうじの手はやはりぶるぶると震えていた。みょうじの家に着く頃には震えがおさまっていたらいいなと思いながら、夜の道でペダルを踏んだ。

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