私は女の子らしい物をそれほど持っていない。化粧品にはあまり詳しくないし、アクセサリーだってよく分からない。そんな私が香り付きのリップクリームを買ったのは、コンビニで一番最初に目についたからというなんとも適当な理由だった。
普段は無香料の薬用リップクリームを塗っているから、キャップを開けたときに鼻に入ってくる香りが新鮮だ。すん、と香りを嗅いでから、乾いた唇に塗る。教室内で塗っているので、塗る時にアホ面を晒さないように手で口元を隠した。
塗り終わってぱちんと音をさせながらキャップを閉めると、何となく女子力が上がったような気がする。香水を付けることも滅多にないため、自分から甘い匂いがするのは少し慣れない。
カバンから小さな鏡を取り出して、唇からリップクリームがはみ出ていないか確認する。それなら鏡を見ながらリップクリームを塗れば良かったかもと思わなくもなかったが、そうするとアホな顔をしながら塗っているのを見られてしまうという結論にすぐ結びついた。

「あれ?」

近くで、そして上の方から声がする。誰だろうかとふと見上げると、私の想像していたよりかなり高い場所にその声の主の顔はあった。

「葦木場くんだ」

思い当たる名前を呟くと、彼はふわふわとした表情で「そうだよー」と言う。そして私の席の近くを見回しながら、首を傾げてみせた。

「みょうじさん、お菓子食べた?」
「ううん、なんで?」
「珍しくみょうじさんから甘い匂いがしたから」
「珍しいんだ」

そう言うと葦木場くんはうん、と頷く。

「他の女の子達はさ、たまに香水とかしてたりするから。でもみょうじさんはそういうのしないでしょ?だから珍しいよ」
「よく気が付くね葦木場くん、意外と」
「意外なんだ」

さっきの私と同じような感じで葦木場くんはきょとんとしたので、さっきの葦木場くんと同じような感じで私もうん、と頷いた。
葦木場くんはそんな私のリアクションに納得していないようだったけれど、先ほどまでの疑問を思い出したのかすんすんと鼻で息をしてから口を開いた。

「お菓子じゃないなら、この匂いなんだろ?」
「ん?……あ、たぶんこれ」

私はポケットにしまい込んだリップクリームをもう一度取り出した。それを見て、葦木場くんは女子よりも可愛らしく頭にクエスチョンマークを浮かべる。

「何これ?」
「リップクリームだよ」
「こういうタイプの新世代なキャンディーとかじゃなくて?」
「なんか私達が幼稚園くらいの頃にあったねそういうキャンディー。でもこれは普通のリップだよ」

かぱっとキャップを開くと、またもやふわりと甘い香りがする。さっき使った時はあまり気にしていなかったが、この香りはどうやらイチゴらしい。すんすんと鼻を鳴らすと、イチゴそのものではなくイチゴ味のお菓子に似た香りがした。よく考えるとパッケージもピンク色をしているし、小さな字でストロベリーなんとかかんとか、と書いてある。

「こういうのって匂い付きなのあるんだねー」

葦木場くんに香りの元であるリップクリームを差し出すと、彼は真面目な顔をしながらリップクリームをしげしげと見つめる。そうだよと告げると、「でもみょうじさんは普通のやつ使ってるよね」と彼は言った。

「あれ、知ってるの?」
「使ってるの何回も見たことあるし、みょうじさんが使ってたやつはコンビニとかスーパーとかどこでも見るし。購買でも見るよ」
「どーも、ありがちな物ばかり使うみょうじです」
「あはは」

自虐的に言うと、葦木場くんはふわふわと笑う。言葉だけ聞くと煽っているように聞こえなくもない笑い声だけど、葦木場くんが言うと純粋に笑っているようで嫌な気はしなかった。

「葦木場くんはリップクリームとか塗らないの?」

葦木場くんからリップクリームを返してもらい、何の気なしに私は聞く。私は一応女子だからリップクリームを頻繁に塗るけれど、男子はどうなのだろう。最近は身だしなみに気を遣う男子も少なくないらしいから、リップクリームを塗る男子も何人かはいるのでは、と思う。それでは、目の前にいる葦木場くんはどうだろう。柔和な感じのする男の子だけど、がっつり運動部だから仕草は男の子らしいものが多いのだろうか。あまり予想がつかない。
私がそんなことを考えていると、葦木場くんはそうだねー、と声を出す。

「塗らないよ。俺あんまり唇がかさかさしてるとか気にしないし」
「あー、確かに気にしなさそう」
「でしょー」

そうか、葦木場くんは塗らない派か。可愛らしいところもあるからもしかしたらと思ったのだが、身だしなみに気を遣うタイプには見えない。当然といえば当然か、と思うと同時に、「あ、でも」と言いながら葦木場くんは私の手の中にあるリップクリームを指差した。

「それは興味あるから塗ってみたい!」
「え、なんで?」
「すっごい良い匂いだから」

にこにこしながら、やはりどこか可愛らしい雰囲気のする葦木場くんは私に期待の視線を向ける。いいよと言いながらリップクリームを差し出すと、彼はあろうことか「みょうじさん俺に塗って。俺がやったら絶対はみ出るもん」と割りかしハードルの高いことを要求してきた。

「なにそれ、恥ずかしいよ」
「リップクリームはみ出る方が恥ずかしいよ!」
「葦木場くんの判断基準なんかおかしくない?」

私が拒否しても葦木場くんは全く折れそうになかったので、私は仕方なく片手で彼の頬を押さえてもう片方の手で唇からはみ出ないようにそっとリップクリームを塗った。そして一応鏡を手渡して葦木場くんに確認させると、彼は満足したように笑った。

「みょうじさんと同じ匂いがする!」

そう無邪気に言う葦木場くんは、私がコンビニで買ったイチゴのリップクリームなんかよりずっとずっと甘ったるい。

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