洗濯したばかりの大量のタオルを物干し竿にかけていく。これは爽やかな気分になれるものの、割と単調な作業なので退屈だ。半分ほど干したところで短く息を吐いて手を止めていると、後ろから「みょうじさァん」とねっとりとした声がした。はためくタオルの爽やかさとは正反対な声だなと思いながら振り返ると、予想した通り、我らが自転車競技部のエース様である御堂筋翔くんがタオルとボトルを持って三歩ほど離れたところに立っていた。

「御堂筋くん。練習は?」
「今はインターバルや」

私が聞くと、御堂筋くんは鼻を鳴らしながら答える。御堂筋くんは私より二つ年下の筈なのだが、私に対して敬語を使うことはない。なめられているのだろうと思うが、他の部員に対しても敬語を使わないので「これは注意しても直らないな」と思い、正そうとするのは諦めた。
御堂筋くんの答えにふぅんと適当に返事をして、タオルを干す作業に戻る。すると珍しく、御堂筋くんが私に話しかけてきた。

「みょうじさん、いつも全員分のタオル洗っとるん?」

それは興味本位で話しかけてきているというよりは、何かを確認しようとしている声音だった。しかしマネージャーの私がタオルを洗濯するのは当然だし、今だってタオルを干している真っ最中だ。なんでそんな当たり前のことを聞くのだろうと思いながら頷くと、御堂筋くんは手に持っていたタオルをずい、とこちらに差し出してくる。私の目の前に出されたタオルは白く、何処かのスポーツメーカーの名前が印刷されたものだ。

「これ、よう見てみ」

御堂筋くんがそう言うので、私は目を凝らして見てみることにした。御堂筋くんの言いたい事は何だろう、タオルに付いた頑固な汚れが落ちてなかったとかそういうことだろうか。でもそれはどちらかというと私の所為ではなくて洗濯機の所為だと思う。そう考えながら探しても、頑固な汚れのようなものはなかなか見つからない。ううん、と私が首を捻っているのが気に食わなかったのか、御堂筋くんは私を急かすように「色や」と短く言った。

「……色?」

御堂筋くんの言葉を復唱して、私はもう一度タオルをよく見る。じぃっと見てやっと、そのタオルは白というより、限りなく白に近い水色になっていることに気付いた。

「あれ、御堂筋くんのタオルてこんな微妙な色やっけ?」

私がそう言うと、御堂筋くんは思い切り私を蔑んだ顔をしながら「ハァ?」と威圧的に言う。

「ボクの持っとったタオルは白やで、みょうじさんアホちゃう?」
「でもそれ、微妙に水色やんね」
「そうや、水色や。水色になってしもたんや。頭のネジがゆるゆるなみょうじさァんの所為でや」
「え、私?」

きょとんとすると、またもや御堂筋くんはそれが気に障ったのか大きめの舌打ちをする。いくら後輩とはいえ、暴君の舌打ちを聞くとちょっと身構えてしまう。

「みょうじさん前の洗濯の時、なんや色移りするもんと一緒に洗濯したやろ」
「え、そんなことしたっけ……?」

威圧のオーラを垂れ流している御堂筋くんから若干目を逸らしながら、私は前回の洗濯を思い出す。確かあの時に洗ったタオルは白と黒と、あと赤なんかもあった気がする。赤が色移りするかもなぁと心配に思った記憶はあるけれど、あれは確か洗濯表示を見ても色移りに関する注意書きが無かったため大丈夫だろうと判断した筈だ。しかも御堂筋くんのタオルは薄い水色になってしまったため、色移りの原因は赤のタオルだとは思えない。かくんと首を傾けながら暫くぼんやりとタオルを見つめていると、ふとある事を思い出した。

「……あ」
「何や」

思い出して思わず声を上げると、御堂筋くんはそれに対して詰め寄ってくる。それはなかなかに恐怖心を煽る光景だった。私はその恐怖心を御堂筋くんに悟られないようにと努力しながら、思い出してしまったことを告げた。

「えーっと……確か、私の青いTシャツと一緒に洗っ……てしまいました」

その時の御堂筋くんの顔は、怖くて直視はしていないけれど、恐らくそれはそれは激しく私を蔑んでいる表情だったのではないか、と予測している。暫くの沈黙の後、御堂筋くんは大きくため息をつきながら「ありえへんわぁ」と流し目でこちらを見てきた。

「なんでちゃんと確認せんの?洗濯表示くらい小学生でも読めるわ」
「面目ない……です」
「それに自分の服くらい自分ちで洗濯せえや。そんくらい分からん?脳みそ詰まってないん?」
「部活中に着てたやつがあまりにも汗まみれになってしまったもんで……の、脳みそはあるよ」

御堂筋くんからの蔑みの言葉を全身に浴びながら、私は生まれたての子羊のようにプルプルしながら受け答えをした。私が先輩のはずなのにところどころ敬語になってしまっているけど、こればかりは仕方ないと思う。だって御堂筋くん、凄く怖い。

「それにみょうじさん、仕事遅いし脳みそゆる過ぎやろ。もうちょいきびきび動けん?ほんまキモいで」
「こ、心に刺さる」
「ほんまの事やん。あ、それとこれも言おうと思てたんやけど」

御堂筋くんからのお言葉がやっと終わったかと思ったのだが、どうやらまだまだお小言は続くらしい。わざわざインターバル中にこちらにやってきてまで罵らなくてもいいのにな、と心の中で愚痴を言う。実際に言ったらまた何かねちねち言われそうだから、とりあえず口は閉じておくことにした。
御堂筋くんはタオルを持っていた方の手とは反対側の手を上げる。その手には部活前に私がいつも用意しているドリンクのボトルが握られていた。

「みょうじさァん、ドリンク作る時の配分、最初に教えたよな?」
「……あっ」

御堂筋くんのそれだけの言葉で、私は次に来る言葉を理解した。そして怒られないうちに、私は「えーっと……ごめんなさい?」と疑問符付きで謝る。それでも御堂筋くんから浴びせられる視線は変わらず、彼はもう一度大きなため息を嫌味げについた。

「ボクが直々に教えたのになんで間違うん?みょうじさんは三歩歩いたら忘れる鳥頭なん?キモ」
「だって去年までと配分がいきなり変わったんやもん」
「一人前に言い訳するん?キモいわぁ、あんなん飲めたもんちゃうわ」
「そこまで言うか……」

ここまで言われると、なんだか逆に笑えてくる。私は御堂筋くんに怒られない程度に苦笑いをして、もう一度ごめんねと謝った。御堂筋くんはそれに対しては何も言わず、遠くに見える校舎の時計を見た。もうすぐインターバルが終わる時間帯なのかもしれない。
御堂筋くんは時計から目を離すと、いきなり手に持っていたボトルをぽいと私に投げつける。上手く受け取れれば良かったのだが、突然のことに咄嗟に反応出来ず、ボトルは私の額に当たってから腕の中に落ちる。いたた、と呟きながら額を押さえていると、御堂筋くんがお得意の嫌味げな顔をする。

「あと二分でボクのインターバルは終わりや。あと二分で正しい配分のドリンクを作れ」
「えー、私まだタオル干してんだけど……」
「ボクに口答えするん?」
「……やりますよ、やりますったら」

今度は私がはぁぁ、と大きなため息をつく番だった。御堂筋くんの暴君っぷりはいつまで経っても慣れないな。そう思いながらボトルを手にとって、私はある事に気がついた。

「……御堂筋くん」
「何や」

ドリンクを作るために部室に戻りながら、御堂筋くんに問いかける。御堂筋くんはいつもの通り、素っ気ない返事をしてみせる。私は手の中にあるボトルを軽々と持ち上げながら、そしてちょっと明るく言ってみた。

「飲めたもんちゃうって言ったくせに、ちゃんと全部飲んでるやん」

それに対して御堂筋くんは鼻を鳴らして、「いらんこと言う前にさっさと作れ」と刺々した言葉を吐いた。
けれど空っぽのボトルを見るとそれが照れ隠しに思えてしまって、私はドリンクを作り終えるまでの間、笑いを堪えるのに必死だった。

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