二限の授業が終わり携帯を確認すると、不在着信が三件入っていた。「携帯電話」といえど電話機能などほとんど使っていない私の携帯に着信があるということは、しかも三件もあるということは相当急ぎの用事だろう。バイト先からだろうか、それともサークルの連絡だろうか。少し不安に思いながら履歴を確認すると、そこには「尽八」という名前が三つ連なっていた。

「……巻島くんの気持ちが今なら分かる」

近くの席の友達に聞こえないように、ぼそりと呟く。
巻島くんというのは、尽八が高校時代によく電話をかけていた他校の友人である。実際に彼とは面識はないが、尽八がよく「巻ちゃんに電話したんだ!」「巻ちゃんが電話に出ない!」「巻ちゃんが最近電話を無視する!」と喚いていたのでその辺りのことはよく知っている。
講義ノートや筆記用具を片付けながら、私は再度画面に目を向ける。時刻を確認すると、かけてきた時間帯は三分前、十分前、十五分前だった。ここまで間隔を空けずに電話してきているとなると、何やら急ぎの用事でもあるのだろうか。けれど私と尽八は卒業式以来会っていないし、私は尽八が今どこで何をしているのか全く知らない。そんな間柄なのに、急ぎの用事なんてある気がしない。ただただ暇になり、幼馴染の私に暇潰しとしてかけてきているだけかもしれない。……というか、その可能性が高い。それならばわざわざこちらから掛け直す必要もない。こちらから掛けたら電話代もかかるし。
うん、と自分自身に確認するように小さく頷き、ノートやら何やらが入ったトートバッグを肩にかける。そして友達に挨拶をして講義室を出た。今日の授業は二限で終わりだから、あとは家に帰るだけだ。少し浮き足立つ気持ちを抑えることもしないままふんふんと他人に聞こえない程度の鼻歌を歌いながら歩いていると、左手に持ったままだった携帯がぶるぶると震え始めた。その振動に驚いて携帯を落としそうになりながら、そういえばマナーモードにしたままだったなと思い出す。そして画面を覗き込むと、ちょっとばかりため息のつきたくなるような文字が表示されていた。

『尽八』

やっぱりか、と思う。高校時代に聞いた尽八の話によると、確か尽八は巻ちゃんが電話に出るまで何回も掛け直していたらしい。二、三回どころではなく、五回以上掛け直した日も珍しくなさそうだった。そこから考えると、私に四回目の電話がかかってくることはとりあえずは予想出来ていた。まぁなんにせよ、こちらから掛け直さなくて正解だったな、と思う。
暫く会っていないのに(といっても二ヶ月程度だけれど)、一体何の用だろう。内容が予想出来なかったが、ここで電話を無視するのも良心が痛む。そう思って通話ボタンを押すと、久しぶりの快活な声が聞こえてきた。

『あぁ、やっと出たななまえ!久しぶりだな!』
「あー、ごめん授業中だった。久しぶり。用事何?」
『久しぶりというのにあっさりとした返事だな!他に言うことがあるだろう』
「あるね。電話かけてきすぎ」
『そうじゃなくて!今まで連絡無くて寂しかったー、とかあるだろう!』
「尽八ウザいよ」
『ウザくはないな!なまえはもう少し愛想良くするべきだ、せっかく可愛らしい顔をしているのに』

久しぶりに聞いた尽八の声は、卒業式に聞いた声と何一つ変わっていなかった。ついでに、独特のうざったいテンションも変わっていなかった。うっとおしいなぁと思うと同時に、少しだけ安心する。けれどその安心を表に出すと尽八はつけあがるので、ちょっぴり愛想を悪くしてしまう。これは幼い頃からの、尽八に対する癖だ。
建物から出て、門まで少しある距離を歩きながら、私は愛想の悪いまま尽八に問う。

「ウザいウザくないはまぁいいや。で、何?用事あるんじゃないの?」

そう言うと、尽八は『あるぞ!』と声高々に返事をした。それを聞いてちょっと意外に思う。なんだ、本当に用事があったのか。用事って何、と聞こうとすると、尽八の声がそれを遮った。

『なまえ、今大学内にいるか?』
「……何唐突に。いるよ、さっき授業終わったばっかだもん。あ、でもそろそろ門から出る」
『そうか、まだ出ていないなら良いのだ!確かなまえは箱学の近くの大学に進学したのだろう?』
「そだけど。……え、何で知ってんの?私は尽八の進路何にも知らないんだけど」
『なまえの母に聞いた!』
「そこで幼馴染の特権を使うな。……てか、え?何?もしかして……」
「そのもしかして、だ!」

門から半歩踏み出した時、その声は電話を押し当てている左耳と、電話を押し当てていない右耳から同時に聞こえた。
機械を通してではなく直接耳に入ってきた声の方を振り返ると、そこにはロードバイクに乗って、サイクルジャージを着て、男なのにカチューシャを付けた、他の誰とも見紛うことのできない男が立っていた。

「…………ありえない」
「ありえないことはないぞ!久しぶりだな、なまえ!」

ぽかんと口をあけたまま私が呟くと、尽八は綺麗な顔で笑う。
なんで尽八がここに。確か、進路は知らないけど少なくともこの大学に進学はしていなかったはず。そんな私の驚いた様子が伝わったのか、尽八は高らかに告げる。

「久しぶりになまえに会いたくなったんだ。それでやっと暇が出来たから、会いに来た」
「……行動力凄いね」
「だろう?昔から会おうと思えばいつでも会えたなまえになかなか会えなくなって、寂しかったんだ」

優しく笑いながら、尽八は言う。いつもはうっとおしく言う癖に、こういう事を言う時だけいかにも真剣に言うのは良いところなのか悪いところなのか。ずっと一緒にいたから感覚が分からなくなっている。たぶん、悪いところ。
私は携帯の通話停止ボタンを押して、トートバッグの中に仕舞い込む。そして観念したように、はぁ、と息をついてみせた。

「よくそんな恥ずかしいことさらっと言うね」
「恥ずかしいことではないぞ、思ったから言っただけだ!」
「まぁ仮にそうだとして……通ってない大学の門の前で、しかもサイクルジャージで待つってのも恥ずかしいよ」
「言われてみれば先ほどから周りの視線をよく感じるな」
「今気付いたのか……!」

軽く息をつくだけでは飽き足らず、深呼吸のような深いため息が漏れ出る。さすが山神と呼ばれた男なだけあって、なかなかに図太い。けれど美形だと称するくらいなら、周りの目もそこそこに気遣ってほしかった。そんな思いを閉じ込めたため息だ。しかし尽八はそんな私のため息に気付いたのか気付いていないのか、私ににこりと笑いかけた。

「これから何か、予定はあるか?」
「ないけど」
「そうか、じゃあここで会ったのも何かの縁だ。昼飯でも食べに行こう!」
「いや、縁も何も尽八が故意的に会いに来たんだよね?」
「細かいことは良いではないか!」

私が言い返しても、尽八はさらりとそれを躱す。それは幼い頃からいつもそうだった。それが悔しくて、悔しさを隠すために私は尽八に愛想悪くするようになったということも無くはない。けれど今でも、尽八の方が一枚上手なのは変わらないままだ。
今回もさらりと躱した尽八に向かって唇を突き出しながら、「せめて一回家帰ってサイクルジャージ以外の服に着替えて」と言うと尽八は分かった分かった、と下の兄弟をあやす兄のように返事をした。
大学生になった今でも、私は尽八にはかなわないらしい。

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