ぴぴぴ、とアラーム音が鳴り響く。
毎朝毎朝聞こえるその音に飽き飽きしながら、ベッドのすぐ近くに置いてある目覚まし時計を布団に包まったまま手探りで探す。それらしい物を見つけて勢いよく叩くと、ぴた、とその音は止まった。
昨晩は友達に借りた漫画を読むために遅くまで起きていたから、寝不足で頭がちょっと重い。
だるいなぁ、と思いつつも体を動かして時計を見ると、針は午前八時十分を差していた。

「…………ん」

頭をぽりぽり掻きながら、首を傾げる。
確か、いつもアラームをセットしているのは七時半だったはず。45分かけてのろのろと支度をして、15分早歩きで八時半の始業ベルにぎりぎり間に合う。うん、いつもはそんなタイムスケジュールだ。
私は改めて、時計の針を確認する。
長針は2の辺り、短針は8の辺り。八時十分。八時、十分。

「…………やばいじゃん!!」

一気に目が冴えていく。
がばり、と寝起きとは思えないスピードで飛び起きて、部屋を出て階段を駆け下りて、洗面所へ向かう。

「あらなまえ、今起きたの?」
「今!起きた!」

廊下で母とすれ違い、叫ぶように返事した。起こしてくれれば良かったのにと言いたかったけれど、気付いていなかったのなら仕方ない。気付いていないのも、正直どうかと思うけれど。
洗面所で急いで顔を洗い、歯を磨く。
ちゃんと時計で計っているわけじゃないけど、この時点で恐らく三分は経っている。
そこで化粧水と乳液を付けると、また時間がかかる。手早くそれらを肌に塗り込みながら、階段を駆け上がって自分の部屋へ。
ハンガーに掛けているワイシャツを掴んで袖を通し、スカートを履いてリボンを付けて、その上にブレザーを羽織った。
着替えだけで、だいたい五分。
時間割を合わせておいた昨日の自分に感謝しながら、カバンを掴んでもう一度階段を駆け下りる。

「朝ごはん食べないのー?」
「もう22分じゃん、そんな時間無いって!!」

玄関で靴を履いていると、後ろから母の呑気そうな声が聞こえてきた。
それに少し声を荒げて返事をしながら、スニーカーの爪先でとんとんと地面を蹴る。
行ってきます、と言いつつ玄関を開けると、後ろから肩を軽く叩かれた。

「だから、急いでんだっ……んぐ」

憎まれ口を叩こうとすると、言葉の途中で何かで口を塞がれた。
なんだろうと思いつつ口を塞いだものを見てみると、白くて四角ばった、柔らかいものだった。突然の事に上手くリアクションが出来ないでいると、母が首を傾けて、話しかけてくる。

「さすがに何か食べないと駄目よ。食パン持って行きなさい」

遅刻間際、走る女の子、口に咥えた食パン。フラグ通り越して、もう使い古され過ぎて最近の漫画では見なくなった展開のやつだ。
ため息をついたけれど、その息は全て食パンに吸収されていった。



母からの食パン攻撃のすぐ後、私はなりふり構わず走り出した。
食パンについて色々言及したいところではあったけれど、そんなことをしていたら遅刻確定だ。
時間ももうぎりぎりだからか、道には高校生はほとんどいない。たまに自転車通学の生徒が立ち漕ぎしながら私を通り過ぎて行くくらいだ。
徒歩通学の生徒は、家を出てから一人も見ていない。
徒歩というか、今日ばかりはもう走っているけれど。
時折食パンを齧って、エネルギー補給をする。だが、ずっと走り続けているため食パンを食べている間には上手く呼吸をすることが出来ないので、なんとなく走るスピードが遅くなっていく気がした。
それでもなんとか足を動かして、学校までの道を行く。
そしてやっと、ここを曲がれば正門まで続く緩やかな上り坂が見えるというところまで来た。
よし、と小声で呟く。
腕時計を見ると、始業ベルが鳴るまであと三分。ぎりぎり間に合うか間に合わないか、と言ったところだろうか。残り半分ほどになった食パンを咥えて、私は曲がり角に向かって走り出した。

「ってうわあああああっ!!」
「ちょっ、うおおおおっ!!」

走り出した、ところまでは良かった。
曲がり角を曲がった瞬間、別方向から猛スピードで走ってきた自転車と危うく接触しそうになったのだ。
反射的に間一髪で躱し、反射的に大声で叫ぶ。ちなみや叫んだ時に口から零れ出た食パンは、なんとか右手でキャッチすることができた。
脳内回路は相手も同じだったようで、私と同じように、驚いて叫んだ。そしてその自転車を運転していた相手は、少し私を通り過ぎてから止まり、自転車から下りてこちらに駆け寄ってきた。

「大丈夫か、どっかぶつけたりしとらんか!?」

てっきり「いきなり飛び出して来るなよ」という類の言葉を言われると思っていた私は、不意にかけられた優しい言葉に思わず顔を上げる。
「大丈夫です」と答えようとして「だ」の口の形を作り、そして相手の顔を見る。
そして「だ」の口の形のまま、「な、」と予定とは違う声を出した。

「な、鳴子くんだ」
「みょうじさんやん」

お互い、ぽかんとした顔をする。しばらくその顔で向かい合っていると、急にブフッと鳴子くんが吹き出した。

「しょ、食パン咥えながら走るとか、どんなベタやねんみょうじさん……!!」

フラグフラグ言うてるけどさすがにそれは末期やで、と、かなり失礼な事を鳴子くんは言ってのけた。
確かに自分でもベタだと思ってるし、しかも曲がり角で男の子にぶつかる(正確にはぶつかりそうになる)のはフラグ回収の完成度高いなぁと一瞬思わなくもなかったけれど、これは私がやりたくてやったことではない。
遅刻ぎりぎりなのも食パンを咥えていたのも曲がり角でぶつかりかけたのも、全ては言うなれば不可抗力というやつだ。
鳴子くんにそれを説明してみたのだけれど、普段ならフラグがどうとか回収がどうとか言っているためか、あまり分かってくれなかった。
今ならオオカミ少年の気持ちが分からないでもない。

そんな会話をしていると遠くで始業ベルの音が聞こえてきたが、もう私には走る気力はなかった。
鳴子くんは気力はあるようだったけれど、食パンにツボって暫く笑っていた。

結果的に二人仲良く遅刻をしてしまったし鳴子くんには笑われるしで、散々な朝だった。

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