風邪をひいた。
朝起きたら鼻が完全に詰まっていて、喉もひりひりしていた。理由は分かる、昨日鳴子くんと雨に濡れながらダッシュで帰ってきた所為だろう。というかそれくらいしか心当たりがない。帰宅してすぐにお風呂に入って髪もきちんと乾かしたが、時既に遅し、だったらしい。頭ぐらぐらするなぁ、と思いながら、朝食を食べるためにリビングに向かった。

「おはよー」
「おはよう。あら、なまえ風邪引いたの?」
「そうっぽい。見ただけで分かるほど?」
「何となく風邪っぽいように見える程度ね。とりあえず熱測りなさい」

食卓について用意された朝ごはんを食べようとすると、母にそう言われる。体温計を受け取って、脇の下に挟んだ。もう片方の手を動かしてトーストを取り、もぐもぐと食べる。学校休むかなぁ、どうしようかなぁ。休んだら課題のプリントとか誰か持ってきてくれるかな。そう考えたところで、びび、と頭にある考えが浮かんだ。

(これは、漫画やゲームにありがちな……お見舞いイベント!)

牛乳をごくごくと飲みながら、私は想像を巡らす。
少女漫画というより乙女ゲームに多いお見舞いイベントが、発生するかもしれない。私はあまり乙女ゲームとかそういうのをやった事が無いが、中学時代に友達に貸してもらい、一つ二つやった事がある。それは体調を崩した主人公の元に、男性キャラクターがお見舞いにやってくるという定番の物なのだ。お見舞いに来る理由は千差万別。素直に「君の事が心配だったから……」だったり、ツンデレな感じで「べ、別にお前が心配とかじゃなくて、プリント頼まれただけだし!」だったり、隣に住む幼馴染の「お前の母さんに、お前が風邪ひいてるから様子見てきてくれって言われてさ」だったり。一口にお見舞いイベントと言えど、奥が深いのだ。上手く行けば、お粥を作ってくれたり、「はい、あーん」展開があったりする。本当に奥が深いのだ。……やりたい。お見舞いイベント、超やりたい。
ぴぴ、と体温計が鳴ったので取り出すと、37.3度だった。母もそれを覗き込み、そうねぇ、と言った。

「そのくらいなら、とりあえず学校行きなさい。しんどくなったら早退したら良いし」
「……え、行くの?」
「それになまえ、朝ごはん食べてたらなんか元気になってきた感じするし」

それは多分お見舞いイベントの妄想をしてテンションが上がった所為だろう。でもとてもそれを口には出せず、うん、じゃあ行く、と返事をしてトーストを貪った。
朝からフラグ折れた……。というか、フラグ立たなかった……!!



四時間目の授業中。がんがんと音が鳴り響いてるんじゃないかというくらい酷い頭痛が私を襲っていた。朝はだいぶましだった筈なのに、時間が経つと全体的に症状が重くなってきた気がする。ううう、と小さく唸ると、隣の席であり風邪の原因を作ったであろう鳴子くんが私の顔を覗き込んでくる。

「どしたんやみょうじさん?昨日の今日で風邪引いたんか?」
「ご名答ー……クソだるい」
「保健室行かへんの?」
「いや、なんかまだいける気がする……」

ワイの所為やな、と心配そうにしている鳴子くんに、大丈夫大丈夫とぱたぱた手を振る。確かに鳴子くんと雨の中走った所為で風邪をひいたのだが、最終的に走るのを選んだのは私だ。彼が気に病む事じゃない。それに今ここで保健室に行こうとすると、きっと鳴子くんが付き添いとして一緒に行ってくれるだろう。それはなんだか申し訳ないし、もっと申し訳ない事を言えばゲームに出てくるようなイケメンに付き添ってもらいたい。欲深いけれど。
そんな思いを胸に秘めつつ、最早根性で姿勢を保つ。黒板を見ると、熱の所為か普段から勉強をしていない所為か、チョークで書かれた意味の分からない数列が踊ってみせた。暫くそれを見つめて耐えていたが、限界が来たのだろう。ぐら、と視界が揺れる。だめだ耐えろ、耐えろ、少なくとも倒れるならイケメンの前で倒れるんだ、そしたらイケメンが保健室に連れてって……あ、うちのクラスイケメンいなかったわ。そう思うと同時に、私の頭は机に叩きつけられた。

「ちょ、みょうじさん!大丈夫か!?」

鳴子くんの声が頭に響く。他の皆も、鳴子くんの声で私の方を振り返る。ざわざわと空気が揺れるのが分かった。ぐぐ、と頭を上げて大丈夫と言おうとしたら、前の席の女の子が「うわなまえ、めっちゃ顔熱っぽいよ!保健室行った方がいいよ!」と言ってきた。もうそんなに目に見えるほど酷いのか。先生も、保健室行ってこい、と言ったので、私はそうします、と答えてよろよろと席を立った。すると鳴子くんも立ち上がって、はい!と、手をあげる。

「ワイ、みょうじさん保健室に連れていきますわ!」

普段おちゃらけている鳴子くんの発言だが、先生もその方が良いだろうと判断したのか、そうしてやってくれ、と鳴子くんに言う。鳴子くんははい、と頷くと今度は私に向かって「ほな、行こか」と言った。
廊下まで出ると、鳴子くんは私の腕を取り、自分の肩に回した。どうやら肩を貸してくれるらしい。

「みょうじさん、無理したらあかんで」
「うーん……なんかいける気がしたんだけど」
「それを無理って言うんやて。これからは気ぃつけや」

まぁ、ワイの所為やけど。
鳴子くんはまたそう言ったから、私はまた、鳴子くんの所為じゃないよと笑った。教室より少し涼しい廊下の空気が心地よい。鳴子くんって意外と優しいなぁ、と、半分ほど彼に自分の体重を預けながら思った。
ただ一つ言うなら、やっぱり漫画やゲームみたいに、お姫様抱っことかおんぶとかはしてくれないんだなぁ、現実って。

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