ざあざあと降り注ぐ雨を見て、私は軽く絶望する。
朝の天気予報では、確か降水確率20%と言っていた。普通ならば傘を持って行こうと思うはずなのだが、今朝の私は朝ごはんに好きな食べ物が入っていて無駄にテンションが高かった所為もあってか、「20%って事は5回に1回しか降らないって事じゃん!なんだか今日は残りの4回に入る気がする!」と断言して傘を持たずに学校にやってきたのだった。
その結果これである。靴箱から取り出したローファーを履きながら、自分の発想の浅はかさを本気で呪った。なんだよ私、お調子者すぎるじゃないか。
友達の傘に入れてもらえば良いのかもしれないが、生憎友達は皆もう帰ってしまっている。先ほどまで私は今日中に出さなければいけない提出物をせっせとまとめていたのだ。ちなみにその提出物、友達は皆一週間ほど前に提出物し終わっていたらしい。すぐ終わるだろうと余裕ぶっこいていた私は、友の裏切りに悲しみを覚えながら、ひいひいと教室に一人残って作業していた。
……なんだか、今日の惨劇(と呼ぶには程遠いもの)は全部私の所為じゃないか。私ってつくづくアホだなぁ、と思いながら、どんより曇った空を見上げる。
雨は当分、止みそうにない。

「……いや、プラスに考えるんだ。止まない雨、傘を忘れた少女……少女漫画でありがちなシーンじゃん!」

暗い気持ちを振り切ろうと、私は昔読んだ少女漫画を思い出す。
天気予報を見忘れて傘を忘れた少女が、ざざ降りの雨を見て困ったように立ち尽くす……。
うん、まさに今の私と一緒だ。傘を持ってきていない理由がちょっぴり違うが、それに目をつぶれば今の私は少女漫画の主人公さながらだ。
そして少女漫画ではその後に、傘を持ったクラスのイケメンくんもしくは主人公が好きな男の子もしくは名前も知らない紳士な先輩が現れる。そして主人公に傘手渡すか相合傘をするか、そのどちらかに帰結するのだ。
この論理で行けば私は、あとちょっとここで待っていたらクラスのイケメンか好きな男の子か知らない紳士な先輩の優しさに触れる事ができるのだ。
凄い私!30ページくらいの胸きゅんストーリー一本書けるよ!私は書かないけど!誰か書いて!!



と、一人で盛り上がっていたのは30分前のこと。私は未だに靴箱辺りで立ち尽くしていた。

なんで誰も来ないんだ。

今まで何冊も少女漫画を見てきたが、「誰も来ない」という展開は初めてだ。
こんなパターン私知らない。何故だ。いたいけな少女がこんな事になっているというのに何故誰もフラグ回収してくれないんだ。私が少女漫画の主人公みたいな「顔は平凡だけど内面の魅力で男の子を惹きつけるよ☆」タイプじゃないからか。そうか。顔は平凡だけど内面の魅力が無いわ私。あれ、なんか急に切なくなってきたぞ。
そんな私の心境を理解しているかのように、雨はざあざあと降る。
分かってくれるのはお前だけだよ母なる大空よ。空が味方だと思うとちょっと元気出てきた。ありがとう母なる大空よ。でも雨は止んでほしい。
そんな事を考えていると、後ろからばたばたと足音が聞こえてくる。
私の待ち望んでいた展開がやっと実現したらしい。半ば諦めてはいたものの嬉しくなって、私は音がした方を振り返る。
足音は段々大きくなり、視界の端に、見慣れた赤髪が見えた。赤髪は私の姿を確認すると笑顔になって、矢継ぎ早に喋った。

「あ!!良かったみょうじさん!!今帰り!?傘持ってへん!?」
「……ちょっと持ってないッスね」

フラグは完全に折れた。ぽっきぽき。
クラスのイケメンでも私の好きな人でも知らない紳士な先輩でも無い。そして傘もない。少女漫画に出てきたら絶対ヒロインの恋人にはなれずに一番仲良しな友達ポジションに収まるであろう、鳴子くんが現れた。
鳴子くんは私が傘を持ってない事を知ると、えええ、と叫び声を上げた。

「えええ、持ってへんの!?今日の降水確率20%て言うてたで!!」
「持ってないもんは持ってないの!私だって傘を持つ誰かが来るのをひたすら待ってたんだから!!いたいけな感じ醸し出して!!」
「何がいたいけやっちゅーねん!!」

鳴子くんとは同じクラスで、比較的よく話す。だからか知らないけど、こんな風に私になり振り構わずツッコミを入れてくる。
少女漫画って言うよりこれ、ギャグ漫画に近い。
はぁ、とため息をつく。

「なぁみょうじさん、これ止むと思うか?」
「なんか夜まで降りそうな感じ……くそう、提出物さっさと終わらせて早くに帰れば良かった……」
「あれ、みょうじさんも提出物で居残りやったんや!ワイと一緒やー」
「まじか。確かに鳴子くん提出物の期限守りそうなイメージないわ」

話を聞くと、あまりに提出物が溜まっていたようで、見兼ねた先生に職員室に引きずりこまれ、そこでずっと提出物を片付けていたらしい。良かった、私鳴子くんほど末期じゃない。
そんな話をしていても雨は止まず、どんどん雲行きが怪しくなっていく。
鳴子くんがいるから一人より心強いが、早く家に帰りたい、と思い始めた。
フラグはもう完全に折れているし、これ以上何か待っても仕方ない。
そんな私の様子に気付いたのか、鳴子くんは「しゃあないな。腹括るか」と呟いた。

「みょうじさん、もうこれ以上ここにおってもしゃあない」
「そだね。……じゃあ、どうするの?」
「決まっとるやろ、」

鳴子くんは息を吸い込む。そして勢いよく、私の手を掴んだ。

「強行突破や!!!!」
「ええええ!!ってちょっと、冷たっ、雨冷たっ、さむっ!!」
「我慢しいや!!屋根あるとこまで走るで!!」
「まじかよ!!」

ぐいぐい私の手を引っ張りながら、鳴子くんは声を荒げて走る。私も足をもつれさせながら、走る。
屋根があるとこまで走ると言っても、靴箱から30メートルほどのところまで走っただけで、全身びしょ濡れだ。屋根があるとこに着いたとしても、もう意味は無いだろう。
それでも私は、鳴子くんが笑いながら走るのを見て、まぁ楽しいしこれでも良いか、と思った。
よくよく考えると、私のクラスには特にイケメンがいない。そして私には特に好きな人がいない。どのみち少女漫画みたいな展開は望めなかったのだ。
それなら、鳴子くんとこうやって走る少し少年漫画っぽい雰囲気の方が良いかもな、と、誰にも気付かれないように笑った。

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