あれ以来、部活中に一眼レフを構えたみょうじを見ることは無くなった。恐らく盗撮をやめたのではなく、俺にも気付かれないような場所を探して撮るようになったのだろう。けれど気付いて気が散るなんてことはなかったので、まぁとりあえずは良いか、と妥協した。

そしてインターハイが終わり、秋が来る。
部を引退した俺達がするのは勉強くらいで、刺激のあまり無い生活が待っていた。カリカリとシャーペンがノートの上を滑っていくのを見るのは、知識の観点から考えれば有意義なのだろうが、自分自身の興味関心の観点から考えれば退屈なものだった。
それでもノートと向かい合い、勉強を進める。暫くそうしていると、シャーペンの芯が無くなっている事に気付いた。筆箱に入っているはずのシャー芯ケースを探すと、ケース自体は見つかったが、中に芯が入っていない。
いつの間に全部使い切っていたんだ。そして何故それに気付かなかったんだ。
そう思いつつため息をつきそうになるのをぐっとこらえ、立ち上がって時計を見る。寮の門限まで充分時間があるのを確認して、最寄りのコンビニに行くために財布を手に取った。



コンビニに着くと、時間帯が微妙な所為かほとんど客はいなかった。
文具コーナーを見つけてシャー芯を手に取り、ついでにもうすぐインクが切れそうな蛍光ペンも一つ買うことにする。
他にも何か買うものはあっただろうかと店内を回っていると、雑誌コーナーで立ち読みしている客が目に入った。割と見覚えのある後ろ姿だなと思い近づいていくと、そのコーナーが成人向け雑誌コーナーだということに気付き、少し固まった。そんな俺に物音で気づいたのか、くるりとその客は振り返る。
その客は、あの盗撮の件以来話していないみょうじだった。

「あ、福富くん」

にへら、と笑って挨拶してくるみょうじは無邪気だったが、読んでいる雑誌の丁度開いているページは結構過激な女性の写真が掲載されていた。
それを閉じろと言うと、みょうじはえー、と言ったが、ぱたんと軽い音を響かせながら閉じた。けれど表紙も表紙で過激だったので、棚に戻せと言うとまたみょうじはえー、と言う。そしてやはり大人しく、雑誌を棚に戻した。

「なんか買いに来たの?」

あくまで何事も無かったかのように振る舞うみょうじに多少の呆れを感じながらも、この質問を遮ってまで説教する気にはなれず、小さく頷いた。

「シャー芯が切れたから買いに来た」
「なるほどー」

受験生だもんね、勉強してるよねとみょうじは俺の手の中にあるシャー芯を見ながら言う。お前もそうだろうと言おうとしたが、雑誌の立ち読みをしていたということは長時間コンビニにいたのだろう。少なくとも今は勉強する気がないのだろうな、と思い、そう言うのはやめた。代わりに、先ほど喉の奥に押しとどめた説教が口をついて出た。

「ところでみょうじ、お前は何を読んでいた」
「何をって……これだよ」

棚に戻した雑誌をもう一度手に取り、ひらりと俺の前にかざす。それと視線を合わせないようにしながら、そうじゃない、と低い声で言った。

「そうじゃなくて、何故お前がこんなものを読んでいるんだと聞いている。未成年だろう」

成人向け雑誌コーナーにあったのだから未成年が読むべきものではないのは一目瞭然だが、みょうじの手にしている雑誌はその中でも特に過激な写真が載っているものだった。何故わざわざそれをチョイスしたんだ、と思いつつ、口には出さない。
俺がそう思っている間にも、みょうじはいつもの飄々とした感じで笑う。みょうじは笑って流す事が多い。

「制服じゃないから未成年ってばれないよ」
「そうじゃない。ばれるばれないの問題ではない」
「まー分かってるけど」

ちょっと不満げな声を出しながら、成人向け雑誌をもう一度棚に戻す。
そしてお菓子コーナーの方に歩いていったので、流れで俺もそちらについていく。みょうじは色んな商品を物色して、結局以前食べているのを見た事があるコアラの形のお菓子を手に取った。

「ほら、ヌード撮る人っていんじゃん。ああいうのもやりたいなって」

ぼそ、と言ったから一瞬何のことか分からなかった。一瞬おいて、さっきの成人向け雑誌の事なのだと気付く。
みょうじの方を見ると、意外にもいつもと違う真面目な顔をしていた。

「グラビアが撮りたいとかではないんだけどね。なんつーの、裸婦画みたいな芸術性があるのが撮りたいの」
「じゃあ画集でも見れば良いじゃないか」
「画集は家にあるやつは全部見た。姉が美大に行ってるから、そこそこあるの」

全部見ちゃったから他にも勉強したくてあれ読んでた、と言いながら、コアラのお菓子をレジに持っていく。レジは二つあったが片方は店員がいなかったので、俺はみょうじの後ろに並んで順番を待った。
自分よりかなり小さなみょうじを後ろから見つめながら、思う。こいつも傍目に見れば少しおかしい事をしているが、写真に対する想いは真剣なものなのだろう、と。
お互い買うものが少なかったので、会計はすぐ終わる。袋に入れられずテープだけ貼られたお菓子や文具を持ちつつ、みょうじと俺はコンビニを出る。みょうじは自宅生らしく、「じゃあ私こっちだから」と寮とは反対の方向を指差した。

「そうか。じゃあな」
「うん、ばいばい。……あ」

お互い立ち去ろうとすると、みょうじが声を出す。何だろうか、と思って振り返ると、無邪気に笑った顔が見えた。そして高くも低くもない声で、軽口を叩くように彼女は言う。

「ヌード撮るなら、福富くんのが良いなー。撮り甲斐のある体してる」
「……俺は遠慮する」
「だと思った」

特に気分を害するでもなく、ふふーんとみょうじは笑う。
それじゃばいばい、と仕切り直して、彼女は駆けていった。
残された俺はその後ろ姿をぼんやりと眺めながら、掴めない奴だな、と改めて思った。

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