それに気付いたのは、一体いつ頃だっただろうか。

部活の外周を終えたあと、ふと目をやると物陰に隠れて何かをしている人物が目に入った。何だろうかと思い暫く見つめていると、その人物がやっていることが何となく分かる。どうやら一眼レフを構えて、しきりに何かを撮っているようだった。
その日は確か快晴で、大体の物は被写体としてよく映えていた。
恐らく風景写真でも撮っているのだろう。
自分の中でそう結論付けて、それ以上にその人物について考えることはせずに練習に戻った。

しかしその日を境に、一眼レフの人物を部活中に度々見つけるようになっていた。
学校に一眼レフを持ってきているということは写真部だろう。部活熱心だな、と最初は思っていたのだが、暫くして妙な事に気付いた。その人物はてっきり風景写真を撮っているのだとばかり思っていたが、見るたびに一眼レフの先にいるのは自転車競技部の部員だった。しかも、比較的女子の人気がある部員を頻繁に撮っているような気がする。

(……盗撮か?)

ふと、そんな思いが頭をよぎる。
その場合、自分が撮られている訳ではないし他の部員は気付いていないようだが、もしかしたら今後部活動に支障が出るかもしれない。
それならば、やめてもらうように伝えた方が良いだろう。
そう思って一眼レフのところまで歩いて行こうとしたが、丁度二年生の部員がこちらにやってきて顧問に呼ばれていますと言伝をしてくれたので、そちらを優先せざるを得なかった。



次の日の昼休み、同じクラスで写真部のみょうじに、例の一眼レフの人物について知っているか尋ねた。
今日の部活が始まるまでには話をつけておきたいと思っていたのだが、俺はあの一眼レフの人物が誰なのか分かっていなかった。だから、一応写真部の部員だろうと目星を付け、みょうじに聞いてみたのだ。

「写真部だと、部員はだいたい一眼レフ持ってるからねー。それだけだと誰かわかんないかな」

可愛らしい弁当箱の片付けをしながら、みょうじはそう言って首を傾げる。一眼レフを持っている写真部部員はいるか、と尋ねたのが悪かったらしい。もっと選択肢を絞るために、俺は質問を重ねた。

「じゃあ、昨日自転車競技部の写真を撮っていた人物がいるはずだ。それなら絞れるか」
「あ、それは私」

間髪入れずに、しかも紙パックジュースを飲みながら事もなげにみょうじは暴露した。
さすがに突然の事に驚き、少しの間会話が消える。みょうじの紙パックジュースの残りが無くなり、今度は持参したらしいコアラの形をしたお菓子をつまみ始めた時、ようやく声が出る。

「お前か」
「うん、私」

昨日、自転車競技部、でしょ?と確認してきたみょうじは、全く悪びれもせずにお菓子を噛み砕く。
みょうじというのは、見た感じはごく普通の、活発と大人しいの丁度中間に位置する人間だった。成績も全体の中間で、制服を着崩したりはしていないがスカート丈は少し折っている。声もソプラノのアルトの間の高さであり、女子の友人も男子の友人もだいたい同じ人数らしかった。顔は少し可愛らしいが、それが映えるような化粧や装飾はなされていない。
そんな「普通」を体現しているみょうじが、「普通じゃない」盗撮をしていることが俄かには信じられず、俺は言葉を失った。その間にも、みょうじは五個目のコアラを口に放り込む。そしてもごもごと口を動かしながら、気付いてたんだね、と言った。

「自然体を撮りたいからさ、気付かれないように撮ってるつもりだったんだけど」
「……なるほど」

あくまでも写真部として、というような口ぶりに、俺は頷いた。
自然体の被写体を撮るというのは、恐らく写真を撮る者として体験しておきたい事なのだろう。みょうじに悪意は無かったのだと少し安心しながら、けれど部活に支障が出てはいけないのでやめるよう伝えるために、俺は口を開く。

「みょうじの考え方は分かった。けれどあれでは、気付かれた時に部員の気が散る。やめてくれないか」

俺はみょうじの席の前に立ちながら、みょうじは席に座った状態で話している。そして俺の表情は崩れない。もしかしたら威圧感を与えているかもしれないと少々不安になったが、みょうじは全く気にしていないような素振りで「食べる?」とコアラ型のお菓子を一つ差し出してきた。話を聞いているのか、と言いたくなったが、それを飲み込んで、受け取る。かなり久しぶりに食べたそれは、思っていたよりも甘ったるかった。

「やめるとね、困るんだよ」

咀嚼していると、みょうじがお菓子の箱を覗き込みながらそう言った。

「何がだ」
「自転車競技部は東堂くんとか新開くんとかいるじゃん。その二人の売れ行き結構良いから、やめると利潤が減るんだよねー」
「何の話だ」

急に饒舌になったみょうじは、何やらよく分からない話をし始めた。たまらず遮ると、「え、だから写真の話」と返された。

「さっき、自然体の被写体を撮りたいだけと言っていなかったか」

確認のため、目を逸らさずに聞く。みょうじはそれでも臆していないようで、ううん、と呟きながら、恐らく最後の一つであろうコアラを口に入れた。そして箱を分解して崩し、ビニール袋に入れて片付ける。

「それもあるけど、だけ、とは言ってないよ」
「どういう事だ」

畳み掛けるように聞くと、みょうじはさばさばとした口調で話す。

「自然体を撮るために隠れて撮ってるってのはマジ。写真の腕上げたいし。んでまぁ、その写真を被写体のファンの子に安値で売ってんの。自転車競技部だけじゃなくて、サッカー部とかバスケ部とか、文化部だって撮ってる」
「……盗撮で儲けているのか」
「単純に言えばそういうこと」

お金欲しいし、とみょうじは付け加える。
今まで特別な感情を抱いていた訳ではなかったが、自分の中にあったみょうじのイメージが崩れていくのを感じた。失望した目で見ると、みょうじはそれすらも気にしていないように笑う。

「……盗撮は犯罪だ」

ようやく絞り出した言葉は、みょうじの行為を完全否定するものだった。そう、盗撮は犯罪である。そんな当たり前の事を、わざわざ口に出して確認した。そこまで言って、やっとみょうじは笑顔を消した。だが怒ったり泣いたりするでもなく、ただ淡々と声を出した。ソプラノとアルトの中間、ごく普通と形容される声で。

「私の場合、風景写真に偶然人が入り込んだだけだって言い訳出来るから、まだ犯罪じゃないよ」

その言葉を聞いて、俺はみょうじを責める言葉を言いそうになる。
だが何を言おうか思いつかないうちに、みょうじは続けた。

「まぁでも、犯罪者予備軍ってところかな。普通そうに見える人も、立派な人も、皆犯罪者予備軍なんだって私は思ってるよ」

満員電車で魔が差して痴漢するだとか、正当防衛のつもりが過剰防衛だって判断されたりとか、ちょっとした過失が傷害罪だって訴えられたりとか。
息継ぎをせずに、滑らかに言葉を紡ぐみょうじ。
圧倒されていると、それに気付いたのか急に言葉を止め、にこりと微笑んだ。

「だからさ、福富くん。気にしないで練習に集中して」

立ち上がりながら俺の肩をぽん、と叩く。そして教室のドアの方へ向かっていったかと思うと、するりと教室から出ていった。
俺は何か言うことも追いかけることも出来ず、ただただみょうじの消えた先を呆然と見つめていることしか出来なかった。

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